006 剣も習ってみよう

 カンッ! カンッ! カンッ!


 木剣を打ち合う音が響く。

 ここはラピエル家の兵舎である。

 彼らの階級は、騎士ということになるらしいが、馬はわずか2頭しかいない。馬術クラブでももう少したくさん馬がいそうなものだが、なんでも馬は維持費がめちゃくちゃ高い――つまり、かなり金食い虫なのだとか。

 領主である父が乗っていったものが4頭いるはずだから、全部でたった7頭ということ。


 そんな我が領都が誇る騎士様だが、ムクツケキ中年男性が4人と、二十歳そこそこの青年騎士が3人。あとは、騎士未満の従騎士の少年が6人。

 これだけだ。残りの兵力は有事の際に村々からかき集めたり、傭兵や討伐者を雇ったりするのである。

 さすが平和の国。15年後にあっさり陥落するわけである。


 とにかく、この兵舎に詰めている人たちがラピエル家の戦力の柱であり、なにかあった歳には指揮官なり将軍なりになるというわけだ。

 その場合は、私の父が総大将となり先陣を駆けることとなる。

 なんというか、すごく原始的戦争だ。やっぱり三国志かな?


 そういう状況だから、兵力を集めるのにそもそも時間がかかる。

 15年後の侵攻はおそらく奇襲だったのだろう。ほとんど為す術もなく滅ぼされたと怨霊リディアは記憶している。


(かといって、兵力を常に置いておくのも無理……か)


 馬すらろくに維持できない貧乏領なのだ。

 あるいは、他のことに金をかけている可能性もあるが、いずれにせよ裕福というわけではないはず。それとも、単に平和ゆえに兵力を常備しておく必要がないってことなのかな。


 とにかく、兵力を常備できないのであれば、やはり15年後の侵攻への備えは別のアプローチが必要になる。

 こちらから攻めるか、そもそも攻められないようにするか。

 敵の正体すらイマイチよくわかっていない現状で何かを決めるのは不可能だが、いずれは考えなければならないこととして記憶に留めておく必要があるだろう。


(さしあたりは、私の問題のほうをなんとかしなきゃ)


 可及的速やかに怨霊モンスターアタックをなんとかしないと、待っているのは遠からぬ『死』である。


 騎士たちは、背中が丸出しバックオープンのセクシーな衣服を身につけている。

 もちろんこれは彼らの趣味というわけではなく、紋章が「表に出していないと発動しない」ためだ。紋章士は、全員、バックオープンの服を着る。

 ちなみに、紋章は力を通さない限りはその姿を現さないので、こうしているとただの背中丸出しの衣装を身に纏った人であり、なんとも言えない気分になる。


 私がギラギラした目で見ていたからか、騎士の一人が近寄ってきた。


「誰かと思えばリディアお嬢様じゃないですか。こんな場所に珍しいですね。見学ですか?」


 筆頭騎士のガルディンさんが無精髭をしごきながら、私の目の前にしゃがみ込んで言う。

 顔面にまで傷跡がある歴戦の勇士だ。元々は傭兵で魔族とも戦ったことがあるのだとか。

 年齢は40歳近いらしい。紋章は父と同じ「太陽紋」。


「ガルディン! 私にも剣を教えて下さい!」


 私は温めていたセリフを言った。

 というか、そのために兵舎を訪れたのだ。


「へぇ? お嬢様が剣を?」

「そうです。私は次期当主なので」

「ん~……まあいいですよ。お母上には……別に許可はいらねぇか」


 最後の呟きは独り言のようだった。

 所詮は5歳児の遊び。そう考えたのだろうし、実際、間違いなくそうなのだ。

 大人が幼児のチャンバラに付き合うのに、いちいち親の許可などいらない。


「じゃあ、ほれ。この木剣なら持てますかい? 普通より短ぇやつだが」

「大丈夫」

「そんじゃあ、私に斬りかかってきて下さい。一発でも当てられたら、お嬢様の勝ちってことでいいでしょう。もちろん、私は反撃はしませんが、剣を打ち払うくらいはしますから覚悟して下さい」


 うんうん。ガルディンさんはなかなか面倒見が良い性格のようだ。

 元々のリディアは怖がってほとんど話したこともなかったようだが、私は中身が大人だから平気である。


「やぁー!」


 私は剣を両手に持ち、振りかぶって打ちかかった。

 ガルディンは私の打ち込みを、身を半分だけ捻って躱した。

 それを追いかけるように、今度は剣を横に薙ぐ。


「おっ、なかなかやりますな。お嬢様」

「たぁー! とぉー! そりゃぁー!」


 筋骨隆々な大男相手なら、木でできた剣を思い切って打ち込むのも遠慮しなくていい。

 体格なんて子どもと大人どころか、クマかなにかを相手にしているようなものなのだ。

 私は剣の作法などなにもわからない。ただ思い切り振り回しているだけ。

 それでも、別にいいのだ。初日だし。

 大事なのは「やり始めること」。

 形を気にして、その一歩が踏み出せなかった前世と同じ轍は踏むまい。

「自分に無理」と最初から諦めてしまった前世と同じ轍は。


「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ! あ、当たらない~~~~~」

「そりゃあ、そんなへっぴり腰の剣を食らうようじゃ、私はクビになってしまいまさぁ」

「う~ん。どこが悪いですかね」

「ま、全部ですね。……と、言いたいところですが、お嬢様は子どもにしては視界が広い感じがしますな。戦いを俯瞰して見ているといいますか。案外、戦士の才能があるかもしれません」

「才能……! 私に……?」

「はっはっは。そうですよ、才能です。こうして、今日私と剣を交えた。その機会を得た、それそのものもあなたの才能であると言えるでしょう。普通は『自分が剣を振る人間になる』という可能性そのものをこんなに早く見つけることはできません。女性ならなおさら」

「そういうものですか」

「そういうものです」


 わかるようなわからないような話だが、なるほどこれは確かに私が「転生者」であるからこその事態であるのは確かだ。

 本来のリディアはその短い生涯で一度も剣を握ることがなかったのだから。


「さて、お嬢さまが意外と本気であることはわかりました。ならば、私も臣下として次期当主様へ本気で教えねばならないでしょう」

「お願いします」

「では、毎日剣を振りましょう。最低でも100回。100って数字はわかりますか? 10回が10個ですよ?」

「それくらいわかります。でも……それだけでいいんですか?」

「もちろん。ただし、一振り一振りを本気で振ってもらいますがね。私も部下にするのと同じように指導するようにします」


 ニヤリと笑うガルディンさん。

 5歳児相手でもバカにせず相手をしてくれるナイスガイだ。

 日本人の頃の私なら惚れていたかもしれない。


「じゃあ、もう一本いきますか? それとも、もう終わりにします?」

「まだやります! お願いします!」


 私は木剣を構えた。

 自分が5歳児になってわかったことだが、もの凄く身体が動く。

 パワーはないが、エネルギーが無尽蔵にあるような感覚だ。

 それに、剣術はやってみるとなかなか面白かった。

 娯楽なんてほとんどない世界だ、それを現代人でも部活なんかで自らやるようなことがやれるわけで、楽しくないわけがなかった。


 その日は、体力が尽きるまでガルディンさんに付き合ってもらった。

 結局、一本も取れなかったけど、悪くない。

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