003 紋章とドッペルゲンガー
「ドッペルゲンガー」
手をかざし呪文を唱える。
すると、私の目の前に私と全く同じ姿をした、もう1人の私が現れる。
服まで同じ物を身に付けた姿。
現在の私が使える唯一の能力。それがこのドッペルゲンガーだ。
使い方も、その能力も、記憶に刻まれているというか、教わったわけでもないのに不思議とすべてを知っていた。
・ドッペルゲンガーは魔力によって生み出されるもう1人の自分である。
・オリジナルはいつでも任意でドッペルゲンガーを消すことができる。
・ドッペルゲンガーはいつでも自分自身の意思で自らを消すことができる。
・ドッペルゲンガーは術者と同じ装備を身に付けた状態で生み出され、その装備は消滅時にいっしょに消える。
・ドッペルゲンガーが死亡しても死体は残らず、消滅する。
・ドッペルゲンガーの消滅時、その時点までの記憶がオリジナルへと送られる。
・ドッペルゲンガーを生み出す為には最低でもオリジナルの1割の魔力を消費する。
・ドッペルゲンガーはドッペルゲンガーとしての自己認識を持っている。
要するに分身の術である。
身代わりとかに使えそうな便利能力だ。
今のところは、お留守番要員くらいにしか使い道が思いつかないが。
「ねえ、あなたはドッペルゲンガーなの? それとも私?」
「私はあなたであり、ドッペルゲンガーでもあるわ。これからどうするの?」
目の前の私はそう訊ねてきた。
私は胸を張って答える。
「とりあえずは知識ね。あなたの記憶が私にも引き継がれるなら手っ取り早いわ」
とにかく怨霊の半端な知識ではどうにもならない。
幸い、ここは領主の館であり、父の書斎には多くはないが本がある。
まずは、そこからだ。
一歩ずついこう。
◇◆◆◆◇
こんにちは、ドッペル・リディアです。
いやあ、恐ろしいチートです、ドッペルゲンガー。
私は私個人としての認識を持っているにも関わらず、ドッペルゲンガーとしての認識もしっかり持っている。魂の根底に『オリジナルに尽くす』ことが刻まれているというか。
私が私の為に死ぬことを想像しても、まったく忌避感が生まれてこない。完全に、オリジナルのための私。なのにそれが心地良い。なかなか業の深い能力だと思う。
まあ、とにかく私は
ちなみに、ドッペル・リディアにも怨霊さんがしっかりくっ付いているので、そこは本当に「神、いいかげんにしろ」と言いたくなる。まあ、でも人間諦めが肝心ね。
「さてさて……
現在、オリジナルは家族総出でピクニックに出かけている。
記憶があるといえど5歳児のふりをするのはさぞ疲れるだろう。
私が、あっちの役目でなくて良かった。
ちなみに父親は不在。どうも一年の内の半分くらいは領内にある城やら街やらを点々としながら働いているらしい。さらに時々、王城に呼び出されることもあるらしいから、なかなか忙しい。
リディアの記憶では、なかなか優しい父親のようだ。
「右ヨシ、左ヨシ。広いお屋敷はいいけどセキュリティーとか全然考えられてないよね、これ」
無事、父の書斎へと侵入。
ピクニック組は昼過ぎまで帰って来ないはず。
警備兵がいるわけでもない。
入り口のカギを内側からかけてしまえば、残って居るメイドも入ってこられない。
父が施錠して出かけたと思うだけだろう。なにせ、本来なら私はここにいないのだから。
「さてさて。なにか有用な本があればいいけれど」
私が探しているのは、この世界の情報と、あとは単純に「強くなる方法」である。
原始的な世界では、個人の武力というのが物を言うというのは明白。三国志とかそうだし。
怨霊の記憶では、銃が発明されることもないし、そもそも火薬だってないのだ。
あるのは『紋章』という魔法を使えるようになる力。
そしてそれを使う為のエネルギーである『魔力』。
リディアの知識でも最低限のことはわかるが、本当に最低限だし、なにより裏付けが必要だろう。
まず、部屋には地図が貼られていた。
正しい地図なのかは不明だが、とりあえずは参考になりそうだ。
こうして見ると、ラピエル領はそこまで小さいわけではない。確か、両親が結婚した時に二つの封土が合体したとかなんとか。母親のカティアさんも元々は領主の血筋なんだよね。そう考えるとリディアはまあまあ良家の血筋というやつなのかも。
自分で言うのもなんだが、美人さんだからな……。
「それより、本……本……っと。あ、この本なら乗ってるかな」
見つけた本は、そのまんまシンプルな『紋章術』というタイトルだった。
革のゴツイ表紙。中身の紙も分厚い。ページ数は薄い。
超豪華な薄い本だ。
そして、なんと中身は手書き。
他の本も調べてみたが、すべて手書きだった。
やはり印刷技術はないということだろう。
中身をめくり読む。幸い、リディアにも読める言葉で書かれていた。
「ふむふむ……。『神の力を降ろす、力ある印』を肉体に刻むことで神の力を限定的に行使できるようになる……か。刺青みたいなものかな……? でも、怨霊の記憶だと――」
ページをめくっていくと、たった2つだが複雑な図案が載っているページになった。
「毛筆……? これって文字よね……?」
模様といえば模様だが、文字といえば文字だ。かなり崩しているようだが。
そしてこれらの図案は明らかに筆により描かれている。
「これなら私、書けるんじゃない?」
慣れない字だし練習は必要かもしれないが、これなら絶対に書ける。
ていうか、ちょっと書いてみたいな。
筆……筆はないか……。
書斎の引き出しなんかを開けまくって探すが、筆なんて影も形もない。
怨霊の記憶を探ると、『紋章』は神殿的な場所で厳かに描いてもらうものらしい。
つまり、一般人はこれを書いたりしないのか?
でも、こんな図案集があるのだし、書くでしょ。普通。
「ううむ……。仕方ないか。いざとなったら筆を自作するという手もある」
いったん諦めて本を読み進める。
「ふむふむ……。紋章は朱墨で描く。朱墨とは、魔物の眼球である魔結晶を砕いたものをにかわと練って作り……なるほどなるほど……。魔結晶とは魔物の血液であるとされ、鮮やかな赤であればあるほど良い……ふ~む……」
筆だけでなく、墨もかなり特殊なものが必要なようだ。
普通に街で売っているのだろうか? リディアの記憶を検索しても、そのあたりの情報はない。
一般人が気軽に書くものではないということなのだろうし、当然か。
「どうせ魔物退治はやってみるつもりだし、なんとかなるか……」
怨霊の記憶では、この国は魔物たちによって滅ぼされたようだし、怨霊を成仏させるためにも必要なこと。できるかどうかはわからないが、やらざるを得ない圧を怨霊から感じているからな……。
魔結晶とやらは、そのときにでも集めればいい。
「それにしても……紋章か。どれを入れるか慎重に考えなきゃね」
太陽紋と収納紋。
この本に載っているのはこの2つだけだ。
【太陽紋】は、身体強化。
魔力によって自らの肉体の能力を爆発的に増強できるシンプルな紋章。
【収納紋】は、便利な収納魔法。
収納魔法として一般には知れ渡っているが、それ以外の上級魔法は難易度が激高いとかで、使える人間は限られているのだとか。
2つだけだが、どっちもロマンだ。ビバ、異世界。こんな便利な力がある世界じゃ科学が発展しないものやむなしである。
この2つだけが載っていた理由は、おそらく一般人が取得するメリットが大きいからなのだろう。たぶん。
この本自体が、高級品でそうそう手に入らないものである可能性もある。
なんといっても、うちのパッパは領主様。世界全体で見ても、かなり裕福なほうには違いないのだろうし。
ちなみに、リディアも生前に何種類かの紋章を見たことがあるようで、記憶自体はあるのだが、どれも不鮮明であり私が書いて再現するのは不可能だろう。
中でも、最後の記憶……街を滅ぼした軍勢の先頭にいた男の紋章は異彩を放っていた。
赤く燃えるその紋章は、翼を広げた竜の様な紋様で、本の2つの紋章と比べてもより絵に近く、象形文字かなにかなのかもしれない。
男は年若く、その時のリディアとほぼ同い年くらいに見えた。つまり現時点の私と同年代ということになる。この世界のどこかに五歳くらいの彼がいるということになると思うと、なんだか不思議な気分だ。
頭に特徴的な頭飾り――中央に青い宝玉をあしらったサークレット――をしていたから、便宜上『勇者』と呼ぶことにする。実際には、ただの一兵卒だったのだろうが、そこはどうでもいいだろう。
とにかくあの紋章はカッコ良かった……なんて考えると怨霊が騒ぎ出してしまいそうだが、どうせ入れるならああいうのがいい。一度入れたら消せないわけだし。
本を読み進める。
紋章は、基本的に背中に入れることになる。
怨霊の記憶では、治癒魔法が使えるようになる『聖癒紋』というのもあるはずだが、どうやら出家しなければ知ることができないものらしい。
紋章は、描いてから魔力を通せば、身体に焼き付き、二度と消すことはできないとか。
そのへんは刺青と同じ感覚なのかも。
「魔力か……」
とりあえず紋章は置いておいて、次は魔力だ。
ゲームなんかだとMP(マジックポイント)とか言って、魔法を使うのに消費していたけれど、どうもこの世界でも同じような認識らしい。
魔力が豊富であるほど、強力な魔法をたくさん使えるとか。
なにより、紋章自体が、それなりに強大な魔力を持つものでなければ入れることができず、もし魔力が足りない者が無理に紋章を宿そうとすれば、その身を魔力に食いつくされて死ぬこともあるのだとか。
そして、元々のこの身体の持ち主であるリディアはというと……。
「魔力がほとんどなくて『
正式には【奇跡紋】というらしい。
リディアの場合、その結果が怨霊化なのだから、なんとも微妙すぎる紋章だが、そのおかげで私が第二の生を得られたとも言える。
とにかく、私は強くなるもなにも、この魔力の少なさをなんとかしなければどうにもならない。
そして魔力を強くする方法はといえば……。
「やっぱねぇ。そりゃそうよね」
その方法もちゃんと本に書かれていた。
魔法を使えば使うほど魔力は強くなる……と。
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