第22話 お姉ちゃんは弟くんを甘やかしたい

 弟くんと出かけて、その友達と遭遇した日の夜。

 私……黒川くろかわ丹音にのんは、自分の部屋のベッドで寝転んでいた。


「あの子……瑠衣花るいかちゃんって、絶対に弟くんのことが好きだよね」


 私はスマホに新しく追加された連絡先を眺めながら、独り言を呟く。

 大人しそうな印象だったけど、かわいい女の子だったな……。

 あと、私が弟くんの隣にいることに対してどこか不満そうだったし、視線がやたらと弟くんのことを追っていた気がするし。

 前髪で顔が少し隠れているのがもったいないけど……あの子は多分美少女だ。

 これでも仲の良いVTuberから相談を受けるくらいにはファッションには詳しいから、見れば分かる。

 瑠衣花ちゃんは磨けば光るタイプだ……!

 そんな子が弟くんの幼馴染で、同じ趣味を持っていて、それが高じて一緒にチームを組んで同じ目標に向かって頑張っている。


(……弟くん、やっぱりモテるんだなー)


 新たなライバル出現かな。

 ……って、いやいや。

 私と弟くんはきょうだいだ。

 少なくとも、弟くんはそう認識しているはず。

 だから仮に、瑠衣花ちゃんが今より積極的になって弟くんにアプローチをするようなことがあったとしても。

 その間に、私が「我こそは」と名乗りを上げて割って入ったり、弟くんに私の本音を伝えるような真似は、たぶんできない。

 そういう意味で私は、あの子のライバルにはなれない。


「幼馴染かー……羨ましいな」


 じゃあ、弟くんが誰かと付き合うことになったとして。

 私が弟くんの近くにいることを諦めるのかって言ったら、別の話だ。 

 私にだって、できることはある……と思う。

 お姉ちゃんとしてでも……いや、お姉ちゃんだからこそ、自然に弟くんの近くにいられる。


「それなら、私なりにできることをしてみようかな」


 お姉ちゃんとして、私が弟くんにできること。

 それは。

 姉として思いっきり弟くんを甘やかすこと。

 そう決意した私は、VTuberのニノンとしての配信予定も忘れて「弟くんを甘やかす方法」について色々と模索するのだった!




 翌日、昼。

 今日は日曜日なので、お母さんとお父さんは二人でデートに出かけている。

 子供がある程度成長してからの再婚とはいえ、二人はまだまだ新婚さんだ。

 つい先日新婚旅行に行ったばかりなのに今日もデートするあたり、二人の関係は良好みたいだ。


 とにかく、お母さんが不在ということは、代わりに誰かが昼ごはんを用意する必要がある。

 四人家族になった黒川家では、基本的にその役割は弟くんが率先してやっているけど。


「弟くん、今日のお昼は私が作ってもいいかな」

「姉さんが……?」 

 

 弟くんがキッチンに入ろうとした時、声をかけてみたら怪訝そうな目で見られた。

 想定していた反応ではあるけど……ちょっと悔しいかもしれない。


「……なんだか、疑いの目を向けられている気がするなー」

「ニノンが生活力皆無なのは配信でも有名だし、家事は出来ないって姉さんが自分で言ってたから」

「そこはほら、何事も挑戦っていうか。私も弟くんに甘やかされてばかりじゃ良くないからねー」


 そう主張する私に対して、弟くんは相変わらず不思議そうにしていたけど。


「まあ、姉さんがやりたいなら止めはしないよ」


 最終的には、そう言ってくれた。

 そんなわけでキッチンに立った私は、事前に調べておいたレシピサイトをスマホで開いた。

 そう。

 私が弟くんを甘やかす方法として思いついたのは。

 弟くんに手料理を振る舞うことだ。

 日頃は弟くんの作ったごはんをご馳走になって甘やかされているけど、今日はいつものお姉ちゃんと一味違うところを見せつけよう!

 お母さんのエプロンを借り、装いにも気合を入れていざ、オムライス作りに挑んでみた結果。

 

「うー……まさか火加減を間違えた状態で少し目を離した間に、卵とケチャップライスがただの炭になっているなんて……」


 私は大失敗し、リビングのテーブルでうなだれていた。

 料理中に、ついスマホに気を取られたのがよくなかった。

 仲の良いVTuberであるネリネちゃんが新衣装お披露目配信をするという告知がプッシュ通知に表示されて、完全にそっちに気を取られた。

 おかげで料理が悲惨なことに……。

 結局、お昼ごはんはカップ麺に変更となり、現在はお湯を注いで待機中だ。


「姉さんは……今後、料理をしないほうがいいかもね。俺が気づいてコンロを止めなかったら、危ないことになっていたかも」

「……ごめんなさい。今後はそうするよ」


 弟くんから手厳しい言葉をもらって、私は反省するしかない。


「まあ、責めているわけじゃないけど……姉さんはどうして急に料理をしようと思ったの? 家事なんて無理だって諦めていたのに」

「それは……お姉ちゃんとして、弟くんを甘やかしたいと思って」

「……!? な、なるほど。でも甘やかすっていうなら、他にやり方がある気もするけど」


 弟くんが一瞬、動揺したような気がした。


「だって、私が一番『弟くんに甘やかされてる』って実感するのはごはんを作ってもらう時だから。同じことをしてみたいなー……って思うのは、おかしなことじゃないでしょ?」

「まあ……うん。気持ちだけでもありがたいよ」


 弟くんは小さく笑ってそう言ってくれた。

 ……私の弟くんが優しい。

 だからこそ、心が痛い。

 せっかく弟くんに何かしてあげたいと思ったのに、失敗してしまった上に……これだと結局、甘やかされているのは私の側な気がする。

 このままで終わるのは、お姉ちゃんとしてどうなんだ、私……!


「仕方ない、ここは私も本気を出すよ!」

「本気って……今度は何を」

「私は弟くんにとってお姉ちゃんだけど、推しでもあるからね。人気VTuberならではの方法で弟くんの夢を手助けしようと思うよ!」


 そう。

 こんなこともあろうかと、私は弟くんを甘やかすための策をもう一つ用意していたのだ!




◇◇◇◇◇



次回、常時暴走気味なニノンの次の策がお披露目されます。

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