第5話 推しと突発コラボ配信

『と言うわけで、今日は弟くんと突発コラボをしていきます!』


 VTuberニノンの配信は、そんな一声から始まった。

 俺は推しであり姉でもあるニノンの配信を、自室のパソコンで眺めている。


 姉さんから、一緒にゲームをしようと誘われてから少しして。

 せいぜいオフラインで軽くゲームを触るだけだと思っていたら、オンラインのゲームだった上に、なぜかニノンの配信が始まっていた。

 プレイするゲームは、俺がいつもやり込んでいるバトロワゲーの「Predators」だ。


「どうしてこうなった……」


 姉さんは隣の部屋で、VTuberのニノンとして5分前に配信を開始した。

 俺に断りを入れることなく、突然に。

 既に俺は姉さんとボイスチャットツールで通話を繋いでいる。

 その状態でゲームを始める準備をしていた時、姉さん……ニノンはいきなり配信を始めたのだ。

 俺はニノンのチャンネルを登録していたので、配信開始の通知がスマホに飛んできた。

 まさかと思いながら配信を開いたら「弟とコラボする」と宣言するニノンの姿があった。


(女性VTuberが男と一緒に配信って大丈夫なのか……?)


 ニノンは他の女の子VTuberとコラボすることはたまにあるけど、男とコラボしていた記憶はない。

 もちろん、弟の存在を配信中で言及したことなんて今まで一度もない。

 何せ、ついこの前まで弟なんていなかったからな。


『ニノンって弟いたんだ』

『今まで弟の話なんてしてたっけ』


 配信のコメント欄を見ると、案の定リスナーたちは困惑している様子だった。


『私の弟? うん、実はいたんだー。今まで話題には出さなかったけどね』


 ニノンはコメントに対してそんな反応を見せていた。

 ……さすがに、昨日できたばかりの弟だとは言わない程度の分別はあって良かった。

 余計な詮索をされたり、ニノンの正体を特定することに繋がりかねない情報だからな。


(それにしても、まさか俺がニノンの配信に出ることになるなんて……)


 突発的に始まった、普段はあまり活動していない昼間の配信にもかかわらず、既に千人近い視聴者が集まっている。

 今まではその視聴者の中の一人だった俺がコラボ相手として配信に登場する。

 ……ものすごく、緊張するな。


『弟くーん。フレンド申請したから、承認してパーティーに入ってきてね』


 俺のゲーム内IDは事前に教えてあったので、ニノンからフレンド申請が来た。

 うおお……!

 本物のニノンのアカウントだ。

 まさか一番やり込んでいるゲームで推しとフレンドになれるなんて。

 数日前までなら考えられなかったことだ。


「……分かった」


 俺は平静を装いながらフレンド申請を受け入れて、ニノンと同じパーティーに入った。

 興奮を表に出したら、ニノンのリスナーから反感を買うからな。

 さすがにその辺りは、俺も弁えている。


『お、きたきた。じゃあ早速やっていこうか。弟くんの初登場だし、せっかくならランクじゃなくてまったりデュオで遊ぼう!』


 ニノンはそう言って、ゲームのマッチング開始ボタンを押した。

 「Predators」は三人一組でプレイするバトルロイヤル形式のゲームだが、デュオは二人でパーティーを組むモードだ。

 メインコンテンツであるランクマッチよりカジュアルなモードなので、多少は気楽にできるだろう。

 俺はそんなことを考えつつ、ゲームが始まるまでの待ち時間中に、コメント欄の反応を窺う。


『ニノンっていつも突拍子のないことをするよね』

『よく分からんけど、ニノンが楽しそうならいいや』

『こういうのがニノンらしさではある』


 いつも天真爛漫で破天荒なニノンのキャラのおかげか、弟である俺と一緒にゲームするこの奇妙な状況は、意外にもあっさり受け入れられていた。

 他のVTtuberも男兄弟のことを配信中に言及したりすることがあるし、それと同じようなことだと思われているんだろうか。

 ともあれ、そうしてニノンとの突発コラボが始まった。




『わ、いきなり他のパーティーと被ってる。しかも銃が落ちてないし……あー、やられちゃった。弟くん、こっちに敵が二人いるよー』


 開始早々、マップに落ちている銃を拾う間もなく、ニノンが敵にダウンを奪われてしまった。

 俺は銃を拾って、敵の方へと向かう。


「今行くよ……よし、倒した」

『え? もう倒したの?』


 俺はスキルを使いながらうまく立ち回ると、一対一の戦闘を素早く二回行って、ニノンを攻撃したパーティーを倒した。

 ダウンした状態で遮蔽物の裏に隠れていたニノンの方に向かって、蘇生する。


「はいこれ、回復渡しておくね」

『ありがとー! 弟くん、もしかしてこのゲームうまい?』

「まあ、結構やってるから」

『へー、そうなんだ。みんな、弟くんってどれくらい強いの?』


 俺に蘇生されたニノンは、回復をしながらリスナーに話しかけていた。


『この弟、多分最高ランクのプレデターだよ……って本当?』

「まあ一応、毎シーズンプレデターを維持してはいるよ」

『へー! 弟くんってすごい人だったんだ!』

「……別に、それ程でもないと思うけど」


 配信中に多くの人が見ている中で推しに真っ向から褒められると、さすがに照れる。

 けど、これ以上のんびりと雑談をしている余裕はなかった。

 耳を覆うヘッドセットから、ゲーム内の足音が聞こえてきたからだ。  


「姉さん、違う敵が来たよ」

『おー、切り替えが早い! さすがプレデターだ』


 ……なんだか、調子が狂うな。

 いつもは固定の面子と一緒に本気でランクマッチを回して、適度な緊張感を持ってプレイしているけど、今日はそれがない。

 どうにも和やかな雰囲気だ。

 同じゲームなのに、一緒にプレイする人が違うとこんなにも変わるのか。

 そんなことを思いながら軽快な銃声を鳴らし、新たに接近してきたパーティーを処理していると。


『お、私もダウンさせたよ!』


 ニノンが敵の一人を倒した。


『うまい!』

『つよ』

『ニノン最強! ニノン最強!』


 ニノンが活躍した途端、コメント欄が彼女を称賛する言葉で溢れ返った。

 リスナーたちはニノンを全肯定するような人たちがほとんどだ。

 コメント欄の治安がいいのも、ニノンが多くの人に慕われている証拠だろう。


『みんなありがとー! 弟くんも褒めて褒めてー』

「……まだまだ敵は残ってるから、油断するのは早いよ」


 ニノンからお褒めの言葉を要求されたけど、俺の口から出てきたのはそんな言葉だった。




 なんだかんだでその後も敵を倒し続け、この試合の1位……チャンピオンを獲得した。


『ふー。初戦でチャンピオンはいい感じだね! 弟くん、キャリーしてくれてありがとう!』 

「お疲れ。まあ、姉さんもそこそこ良かったと思うよ」


 手放しで喜ぶニノンに対し、俺はつい素っ気ない対応をしてしまう。

 別にニノンに反発したいわけじゃないのに、さっきからどうしてこんな言い方になってしまうんだ、俺。 


『そう? それなら良かった! 弟くんに褒めてもらえて何よりだよー』 


 素っ気ない態度の俺を相手にしても、ニノンは変わらず嬉しそうだった。

 そのせいで俺は、余計に申し訳ない気持ちになる。

 ニノンに対してこんな態度を取って、リスナーたちは怒っていないだろうか……。

 俺は恐る恐る、ニノンの配信のコメント欄を確認する。


『きょうだいの掛け合い、なんか面白い』

『弟くんの塩対応いいね』


 俺の懸念に反して、肯定的なコメントが目立った。

 そのコメントに、ニノンも気づいたらしい。


『弟くんの塩対応いいね……って、私としては素直な方が嬉しいんだけどなー。でも、そう言えばなどうしてツンツンしてるの、弟くん』


 ニノンから、そんな疑問を投げかけられた。


「別に、何か意図があるわけじゃないけど……つい?」

『つい……って。みんなー、弟くんがいじわるだー』


 リスナーに向かって冗談めかしてそんなことを言うニノンを見ながら、俺はふと思う。

 そう言えば、小さな男の子が好きな女の子に対して素直になれずに意地悪するなんて話は、よく聞くよな。


(……いやいや、俺は子供じゃない)


 何より、相手は姉だ。

 断じて、そんなことはない……はず。

 



 その後もニノンの配信は続き、二人で何戦かプレイして毎試合チャンピオンを獲得し、そこそこ盛り上がりを見せながら終了した。

 この配信の後、天真爛漫な姉と塩対応の弟の組み合わせが絶妙に面白い、尊いなどと言われ、きょうだいでの配信がVTuber界隈で大きな話題を呼ぶのは、また別の話だ。




◇◇◇◇


次回はこの配信をきっかけに変化した日常の話です。


余談ですが、ゲームの内容とか配信のことについて作中でどの程度言及するか迷ってます。

あまり前提知識を要求したくはないと思いつつも、細かく説明しても冗長になるなと思ったり。

今の感じで過不足を感じている方がいたらコメントに書いてみてください。

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