第4話 推しに手料理を振る舞った。

 俺は学校から帰宅した。

 今日は二学期の始業式だけで終わったので、まだ昼前だ。

 この時間だと、父さんと母さんは仕事に行っている。

 よって、家にいるのは姉さんだけだ。


「ただいま」

「おかえりー」


 玄関で挨拶をしたら、リビングの方から返事があった。

 その事実に俺は、軽い感動を覚える。

 今まではいつも、父さんは夜遅い時間に帰宅していたので、俺はいつも出迎える側だった。

 物心ついて以来、誰かに出迎えられるのはほぼ初めてかもしれない。


「おつかれー」


 リビングに行くと、姉さんはだらしない格好でリビングのソファに寝そべっていた。

 一応パジャマからは着替えているようだけど、薄手のタンクトップにハーフパンツという、目のやり場に困る部屋着に身を包んでいる。


「……リビングで何をしてたの?」

「昼寝してた」

「だらしないな……」


 これが姉さん……ニノンの素なのか。

 まあ、解釈一致ではあるけどな。

 VTuberのニノンは、生活力皆無の少しだらしないキャラとして知られている。

 けどそれは、どうやらキャラ付けじゃなかったみたいだ。


「いや、さっきまで新居を探索してたんだよ? お風呂広いなーとか、前の家とは家具の配置が全然違うなーとか、色々ね」

「なるほど……」


 俺にとっては生まれてからずっと過ごしてきた家だけど、姉さんにとっては何もかもが新鮮なんだろう。


「あ、ちなみに弟くんの部屋に勝手に入ってえっちな本がないか探そうか迷ったんだけど……」

「まさか勝手に入ったの?」


 正直なところ、姉さんに見られたら困る本も、俺の部屋にはあったりする。

 ただのエロ本とかならまだマシだが、それより悪い。

 ニノンにだけは見られてはいけない品だ。


「さすがにやめておいたよ。出会ったばかりの弟くんに嫌われたくないからね」

「それは大正解だ」


 ……あとでちゃんと隠しておこう。


「ふふ。お姉ちゃんは、その辺の配慮ができる人だからね」

「それで……配慮ができる姉さんは、一通り家を探索した後は疲れてここで寝てたってこと?」

「うっ……」


 どうやらこの反応は図星らしい。


「仕方ないでしょ。普段から配信漬けで昼夜逆転の不規則な生活を送っているから、早起きには慣れてなかったんだよ……」


 言われてみれば確かに、ニノンの活動時間はいつも夜から次の日の朝にかけてである場合が多い。

 寝る前に配信を少し見て、朝起きたらまだやっていた、なんてこともよくある。


「なんで今日は早起きしたの?」

「新しい家族で過ごす初めての朝だったから、そんな日くらいはみんなで朝ごはんを食べたかったんだよ。お母さんたちもそうしたいと思ってただろうし」

「……意外とまともな理由だった」

 

 などと、少し意地の悪い返事をしてみる俺だったけど。


(こうやって、普段はおちゃらけてるのにたまにエモいことを言うギャップが、ニノン推したくなる理由の一つなんだよな)


 内心ではそんなことを考えていた。


「うーん? 弟くん、家族思いなお姉ちゃんのセリフに感動しちゃった?」

「たった今からかわれて、台無しになったけどね」

「へへー、感動したことは否定しないんだー」


 俺の反応を見て、姉さんはやたら嬉しそうだった。

 ……眩しすぎる、この笑顔。

 やっぱりこの人ってとんでもない美人だな……と思っていたその時。

 「ぐぅ」と姉さんのお腹が鳴った。


「……なんというか、締まらないな」

「しょうがないでしょ、私だって人間だからお腹空いたりもするよ」

「まあ昼時だし、それはそうか」


 俺もちょうど、学校から帰ってきて腹が減ってきたところだ。


「俺は自分の昼ごはんを作ろうと思うけど……姉さんもいる?」

「いる!」


 即答された。

 ニノンの配信で垣間見える食生活は、正直割と終わっている。

 だから案の定、という反応ではあった。



 二人分の昼食が出来上がった。

 今日のお昼はレタスチャーハンだ。

 リビングの食卓に座って、二人で食べる。


「おいしー! 弟くん、料理うまいんだね」

「うまい……とは思わないけど、姉さんが気に入ってくれたなら良かったかな」


 いつもは一人分しか作っていないので、自分の作った料理を誰かに食べてもらうのは初めてだけど、こういうのも悪くないな。


「弟くんはいつも自炊してるの?」

「ここ数年はそうだね。その他の家事も一応俺がやってた」

「へえ、弟くんはすごいねー」


 何やら尊敬の眼差しを向けられた。 


「姉さんはこの感じだと、ニノンが配信で語っていた通りの生活をしていそうだね」

「恥ずかしいけど……ご飯は基本的に出前かカップ麺なんだー。昨日みたいにお母さんが仕事じゃない日は作ってもらってたけど」

「いくら配信で稼いでるって言っても、それは不健全かもね」

「そうなんだよねー……この生活を続けていたら、どんどん太っちゃいそうだし」


 姉さんは憂鬱そうにため息をついた。


「だったら、これからも俺がご飯を作ろうか? 学校に行っている時間は無理だから、用意できるのは夕飯だけになることが多いと思うけど」

「え、良いの?」

「まあ、どうせ普段から自分自身の分は作ってるわけだし。一人分増えるくらいなら大丈夫」

「嬉しいけど……ただ弟くんに作ってもらうだけなのは申し訳ない気がする」

「そこは気にしなくていいって。俺たち、家族なんだし」

「いやいや、家族だからこそ気にするべきだよ!」


 少しかっこいいことを言ってみたつもりだったけど、姉さんは真面目な顔で否定してきた。


「そういうことなら、これからもニノンとして元気に配信してくれることが俺にとっての見返りだよ」

「む……そんなに優しい条件だと、私甘えちゃうよ?」


 姉さんの心が揺らいでいるのが、見て取れた。


「だったら、何か思いついた時に見返りをくれたらそれで良い。あまり期待しすぎないで待っておくから」

「そういうことなら、何か考えておくね! へへ、これから幸せな食生活が待っていそうだ」


 結局姉さんは俺の提案を受け入れて、今後の食生活に思いを馳せていた。

 確かに側から見たら、甘すぎる条件なのかもしれない。

 だけど推しに甘えられるとか、正直大歓迎だ。

 さすがにそんなことは、直接言えないけど。


「それにしても、弟くんが私に歩み寄ってくれて嬉しいよ」

「歩み寄るって、大げさな」

「私も今より積極的にならないとね!」

「今よりまだ上があるのか……」

「うん……?」


 どうやら姉さんには、自分が積極的なコミュニケーションを取っている自覚はなかったらしい。


「今までの接し方が、姉さんの通常運転ってことか」

「弟くんが何を言っているのかよく分からないけど……とにかく、私はもっと弟くんのことを知りたいと思ってるよ!」

「俺のことか……何か話した方がいいことでもある?」 


 俺がそう聞くと、姉さんは首を横に振った。


「話すよりも手っ取り早い方法があるよ」

「手っ取り早い方法って?」

「一緒に遊ぶことだよ!」

「なるほど」

「だから二人でゲームしよう! 弟くん、得意なんでしょ?」

「まあ、そうだね」


 そんなわけで、俺は推しとゲームをすることになった。




◇◇◇◇◇


今回は推しの胃袋を管理する話になってしまいました。

推しとコラボ配信するところまでたどり着けませんでしたが、次こそはニノンと配信でゲームをする回になります。

弟くんがちょっとツンツンした調子で姉と接している理由も次回明らかに……?

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