父の記憶⑤ 世代

 記憶の断片。


 昭和一桁生まれ、七十二歳で鬼籍に入った父は、かなり個性的な考え方をしていた気がする。ただそれは、父の世代であればそれほど奇異なものではなかったかもしれない。


 私が大学生だった昭和六十年代の頃のこと。


 教育現場で「ゆとり教育」が始まり、学力の低下を懸念するニュース番組を見ていた父が、誰に聞かせるともなくこう言った。


「この調子で若者の頭が悪くなってくれればうちの息子たちは安心だ」


 このひと言は、つまりは息子の仕事が若者に奪われることなく年とっても働けて安泰だろうという意味なのだが、最近それだけの意味ではない気がしてきた。

 

 父世代は生き馬の目を抜くような生存競争を潜り抜けてきた世代だ。激動と言っていい日本の高度成長期を支えてきた自負があったはずである。その父が息子の老後の安泰だけを願う言葉を発したことに違和感がある。


 特に戦後天皇家に対しては父たちの世代には独特の思いがあると思う。突然進駐軍によって教科書を真っ黒に墨塗りさせられてしまった世代だ。価値観の大転換がどれほど衝撃的だったことか。


 そんな父が一面的な意見を口にしたことが腑に落ちない。


 息子の私が当時の父の年齢を超えて想像するに、おそらくは日本の支配層の人間はさすがに馬鹿にならないだろうから、大して出来の良くない息子たちでも競争社会を勝ち残って生活できて、日本社会もその時代の支配層が安定させているだろうと考えたのかもしれない。


 しかし今の日本は大人になれない子供のような支配層──私の知人が「ネクタイ締めた小学生」と評した人間たち──が権力を握っている。発想や思考回路が私みたいな二流社会人でもわかるほど軽くて浅はか、嘘と自己満足だけの政治家たちだ。口先だけで生きていく弁士という連中は詐欺師と同等かもしれない。


 私が二十代のころにはまだあちこちにいた、清濁併せ呑む骨のある年配の識者たちが今ははどこにもいない。いや、居たとしてもおそらく現在の支配層にその言葉は理解できないんじゃないか。


 そういえば父がこんなことを聞いてきたこともあった。


「天皇家はなぜあると思うか」


 確かこれ高校に入ったかそこらのころに聞かれた。


 教科書通りに「天皇は日本国の象徴だから」と答えたら深い溜息をつかれたのをはっきり覚えている。たぶんガッカリさせてしまったのだろう。


 「そういうことを聞いているのではない」と言ったあとは何も言わなかった。


 さすがに現在の私は自分の答えを持っているけれど、父の世代であれば高校生くらいでその程度のことに自分の考えをしっかり持っていると思ったのだろう。私の世代は父世代の同じ年ごろの考えと比べても幼稚化していたし、私より若年の世代はもっと幼稚化しているから、日本が国という形でいられるのはそう長くないんじゃないだろうか。


 もしかしたら父は日本が安定し続けていられなくこともなんとなく予見していたのかもしれない。そして息子が生きているうちはまだ、国が辛うじてなんとかなっていると思っていた気がする。


 そういえばこうも言ってたな。


「死んだ後のことは知らん。好きにやれ」


 そうします。

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