高校時代は楽しかったな 上野君

 高校二年の冬くらいだったか。


 短い期間だったけれど、同級生の上野君と昼飯をいっしょに食べる日がしばらく続いた。


 上野君はバンカラ風というか、大柄で野生児っぽい風貌。見た目ちょっと怖い感じだった。

 一方、私といえばひょろひょろの眼鏡小僧。


 妙な組み合わせの二人だったと思う。


 知り合ったきっかけをまったく覚えてない。

 いつのまにか講堂前(屋外)でいっしょに昼飯を食べていたのだ。

 それも毎日だった。


 上野君本人から聞いた話では、持病で食事が制限されているとのことだった。パン以外は家族が作ったものしか食べないらしい。


 食事の中身をあまり知られたくないから、一人で食べることが多いと言っていた。

 確かに体育の授業を見学していた。激しい運動が禁止されていたようだ。


 そういえば私も一時期だけ体育授業を見学してたな。転倒して足首にギプスをしていた時期に、体育見学で仲良くなったのかもしれない。


 彼の食事はほぼ毎日グラタンだった。

 そのほかに総菜パンも少し食べていたが、基本はグラタン。


 いっしょに食べ始めた初日にキャンプ用のミニコンロを取り出して得意そうに笑っていた。

 

「なにそれ?」

「いいでしょ? 携帯コンロ。キャンプで使うやつ」


 青白い固形燃料を入れて点火、グラタンを温めながらかき混ぜる。

 するとなんともいい香りがしてくる。


「おいしそうだね」

「うまいけど毎日だとやっぱりダメかな」


 最近まで冷えたグラタンを我慢して食べていたらしい。

 変化を求めてコンロで温め始めたそうだ。


 でもコンロで美味しく食べられたのは数回で、すぐに飽きてしまったそうだ。

 それでも冷たいよりはいいので毎回温めていた。

 

 食べ終わるのはあっという間だったな。

 お腹が十分膨れるとやることがない。休み時間はたっぷりある。



 そのあと。

 これまたどうしてそうなったのか。

 まったく覚えていないのだが……。


 食事をしていた場所のすぐ背後に講堂があった。


 昼休みの講堂は誰もいなかった。風通しのために大扉はいつも開いていた。

 覗き込むと畳が無造作に置いてあったりする。


 二階の一角に五,六台の卓球台がいつでも使える状態で設置されていた。

 本当はもっと多かったかもしれないけれど。


 その卓球台を見て。

 どちらかともなく、いつのまにか。


 我々はマイ・ラケットを持参していた!


 そして昼休み卓球大会(二人だけ)が開かれた!


 「激しい運動は禁止じゃなかったの?」

 「卓球くらい平気、体育の授業が異常なんだよ」


 そうだった。

 うちの高校の体育授業は毎回ラグビーの試合ばかりさせられた。

 ラグビー好き体育教師のせいで、ルールとか用語とか興味もないのに覚えさせられたよ。

「ノッコンだ、ノッコン!」と笛を吹いて叫ぶ教師の姿が目に浮かぶ。


 そんなラグビーの試合と比べれば、素人卓球は楽である。

 激しさの単位が違うよな。

 体育ラグビーを10ハゲとすると、素人卓球はせいぜい1ハゲの運動量だ。

 (注)ハゲ:激しさの単位


 最初のころは卓球というよりピンポンをしている感じだった。

 球を下からすくうように叩いて相手に返す感じ。


 やがて、普通に打ち合うようになった。

 若いと遊びの進化も早い。


「ドライブだと? いつのまに!」

「カットマンを舐めるなよ!」


 いつしかカンカンと打ち合って応酬ができるようになっていく。


 やがて慣れてきたら交代でスマッシュを打って爽快な気分を味わうという「スマッシュ合戦」を始めた。名前は今付けたが当時も似たような名前を付けていた気がする。

 

 開始直後は普通に軽く打ち返しているが、スマッシャー役が好きなタイミングで「始めるよ」みたいな合図を出してスマッシュを打ち込み始めるというもの。


 スマッシュ自体は全身を使って思い切り叩きつける感じだ。

 ドライブをかけてもいいが、上野君は大柄だったので上から叩き付ける姿が迫力満点だった。


 受け手は山なりの軌道で返す。


 打球の回転や勢いがほぼ無くなってから返すので、ポーンと打ち返す感じになる。

 スマッシャーがさらに全力で叩き込み始め、レシーバーは卓球台からどんどん離れて、上手く卓球台の相手ゾーンに落とすよう打ち返す。


 これがミスするまで延々と続く。ミスで交代だ。

 やってみるとわかるが、なかなか爽快な遊びだった。


 結構な運動になった。

 スマッシュ卓球は3ハゲくらいはあったんじゃないか?


 交代でスマッシュを叩き込んでいるとき、上野君の表情がすごく楽しそうだったので、こちらも楽しくなったな。

 




 そうしてその冬いっぱい奇妙な昼休みを上野君と過ごした。

 今から思うと楽しい時間だった。



 やがて春が来て三年になった。

 クラス替えがあり、上野君とは別のクラスになった。互いの教室がかなり離れてしまった。私が2組、上野君が6組だったかな。


 自然と一緒に行動する機会が減る。


 誘いに行くこともなくなり、半年くらい続いていた奇妙な昼休みは突然に終わってしまったのである。

 受験などもあって忙しくなり、そのまま卒業まで話をすることもなかったように思う。



 大学受験に失敗して浪人していたある日、高校時代の知人が連絡をくれた。


「上野君って覚えてる? 先日亡くなったみたい。病気だったって」


 


 そうか。

 亡くなったのか。

 

 言葉が出なかった。


 病気のことは何も話してくれなかったな。

 言いたくないんだと思って聞かないでいた。

 ちょっと運動が制限されてる友達みたいな感じで接していた。


 


 グラタンを温めるコンロの炎を見つめながら馬鹿話をした光景。


 薄暗い講堂で交互にスマッシュ合戦をして卓球を楽しんだ時間。

 

 強面なんだけど口元はいつも微笑んでいたな。


 そんなことを思い出した。



 還暦を迎えた今日まで十年おきくらいに、不意に彼のことを思い出すことがある。


 そのたびに奇妙な昼休みの時間を「楽しかったなあ。ありがとう」と感謝して手を合わせている。


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2023/10/14 補記

 文中に出てくる講堂について。

 現在は取り壊されて存在しません。跡地にはきれいなカフェテリア風の食堂が立ってました。当時のまま残っている2号館の外階段を降りた付近が元講堂があった前になり、広い通り道みたいな地面にカセットコンロを広げて調理してました。

 上野君のことは本当に住所とか詳しいことが分かってなくて、そっとご冥福をお祈りしています。

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