私だけの貴方の香り

 ある日、家の中を掃除していた時のことだった。寝室兼紅也さんの身支度部屋の掃除をしつつ、ついでに紅也さんの服を物色……いいえ、把握をしようと見ていると小さな小瓶を見つけた。

「あら、香水」

 私が未だに持っていない香水が一つ、机の隅を置かれていた。長らく使っていなかったのか、少し埃をかぶっていた。瓶から微かに香ってくる香水の香り。ミント系なのか、香りだけでどこか涼し気に感じられる。でも、もう少しだけ香りを嗅ぐと、どこかとろんと甘い香りもあった。

「こんなに素敵な香りなのに、どうして使っていないのかしら?」

 答えはすぐにわかる。職場は病院だから、こういうのは付けることができないからだ。それに普段こういうものを付ける機会がないというのが現状なのかもしれないけれど。

「だったら、私と出かける時とかに付けるとかダメなのかしら……」

 私と出かける時、こういうものを付けていることは今のところない。私だから気を許しているのか、それとも。こっちとしては、精いっぱいオシャレして、貴方の隣にふさわしいようにしているというのに、だ。

「蒼さん、お掃除終わったの?」

「ぴゃっ」

 突然後ろから、聞き慣れた声が聞こえてきた。振り向くと、そこには紅也さんが立っていた。

「なんで僕の香水を?」

「あ、あの、これは……。そ、そうなのだわ、貴方にしてはこういうものを持っているの、珍しいなあ~って」

 ああ、と紅也さんは私の手にある香水をひょいっと取った。

「これね、人からもらったやつなんだよね」

「私以外の女かしら!?」

「蒼さん、言い方……」

 そうじゃないよと紅也さんは笑ってそう答えてくれた。

「同僚にね、いらないからーって言って使いかけのもらったんだよね。調べたらブランド物の香水だったんだけども」

「ま、まあ、そうだったのね……」

 私以外の女性からもらったかと思わず早とちりしてしまった自分が恥ずかしい。思わず俯いてしまった。

「でも本当に付ける機会がなくてね。病院で付けていくものじゃあないし……」

 だから付けたとしても、何かの集まりとかにしか付ける機会がなく、こうして埃が被ってしまうくらいには放置されていたという話だった。

「じゃあ何故、私とデートへ行く時は付けてくれないのかしら?」

 少しだけ意地悪な質問をすると、紅也さんはぎょっとして一歩後ろに引き下がる。

「えっとね……。蒼さんの好きそうな香りじゃなかったらって思って……」

「ふうん?さっき少しだけ嗅いでみたけれど、嫌いじゃないわ」

 私がそういうと、紅也さんは「そうなんだ」といって、香水をまた机に置いた。私の真意をまだわからないようなので、潔く私はそれを話してみた。

「蒼さんからしたら、僕はそう見えると……」

「別にかっこ悪いとかそういうの言いたいわけじゃないのよ。でも……」

 机に置かれた香水を手に取る。少し距離があっても、瓶からほのかに香ってくるこの香りは私にとって――

「この香り、好きだから次のデートの時にでも付けてちょうだい?」

「えっ?い、いいけど……?」

 それを聞いて私はにっこりと微笑んだ。その香水を付けたら、紅也さんからはどんな香りがするのだろうかと。そしてこの香水が今や付ける機会がないとすればこの香りは――

「……私だけの香りになるわね」

 その言葉の意味に、貴方は気づかないでしょうけれど。


END

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