いつもと違う君の姿
僕らの日常がようやく落ち着いて、穏やかになってきた秋。そんな時期に、蒼さんは部屋で何かいそいそと準備をしていた。一体何をしているのかはまったくわからないし、その間は僕も仕事や勉強をしていたものだから、特に気に掛けることもしなかった。
「ねえ、紅也さん」
蒼さんがひょっこりと顔を出し、僕がいる横にちょこんと座った。
「どうしたんだい?」
「んー……。言うべき――いいえ、招待すべきか、というのかしら……」
うんうんと唸らせて、蒼さんは手に持っている細長い紙2枚を僕に手渡した。紙に書かれているものを見ると、そこには蒼さんが通う高校の名前と――横には『文化祭 招待チケット』と書かれていた。
「これって文化祭の招待?」
「ええ。生徒に一律2枚配布されるのよこれ。もしよかったら、紅也さんと――それと緑都さんにどうかしらと思って」
僕だけでなく、まさかの緑都まで。少し驚いたけれど、蒼さんの高校の文化祭は少しだけ興味をそそられるものがある。だがそれ以前に――
「文化祭、か……」
思い出されるのは高校1年の時の文化祭。写真部の部長に土下座され、僕の女装姿を撮影したいという話となり、うっかり承諾してしまった苦い思い出がよみがえってくる。
「貴方が苦い顔をしているのは、あの事だろうとなんとなく察しているのだわ……」
「ははは……。蒼さんが思っていることその通りだよ……」
それはともかくとして、蒼さんは何かクラスの出し物を出すのだろうか。それとなく聞いてみると、思いがけない出し物で僕は驚きを隠せなかった。
「ええっ!?コスプレ喫茶!?」
「そうなのよ。各々好きな衣装を着て、喫茶店をやるの。もちろん私も着て接客をするのだわ」
何故か自信満々にそう語る蒼さん。僕は不安しかないのだが。
「と、ところで蒼さんは何を着るの……?」
「え?それは……秘密にしておきましょうか」
ふふっと含みを持たせた笑みがどこか悪魔的に見えた。まさかとは思い、露出が過度な衣装じゃないよねと尋ねたけれど、蒼さんからはそれ以上の回答を得ることはできなかった。
「その日、紅也さんもお休みでしょう?行ってみてからのお楽しみということで」
「わ、わあ……」
その日から僕の心はざわつくようになり、早く当日にならないかと祈るばかりであった……。
――文化祭当日。
「で、お前んとこの嫁に呼ばれたから来てやったが?」
「
僕は友人の緑都と一緒に、招待チケットを持って蒼さんの高校へとやってきた。校門からすでに人の賑わいさを感じられるくらい、盛り上がっていた。
「はー。高校の文化祭かー。俺、紅也が女装した記憶しかねえゾ」
「その話は辞めてくれないか……」
蒼さんも知っているこの事実。正直、打ち明けた後も恥ずかしさはあるし、それに蒼さんの手元には緑都提供の僕の女装写真を所持している。これがこの世に存在している事実には、頭を抱えてしまうが。
入口に立っている案内係の生徒さんに招待チケットを渡し、代わりに手首に巻くリストバンドをもらい、それを手首に巻き付けた。
「そーいや、あの暴力女もいるんだよな?」
「
蒼さんの友人――墨音さんと桃花さん。二人は一緒のクラスメイトであり、それと蒼さんと僕との関係も二人は既に知っている。緑都に至っては、墨音さんの実家の洋菓子店の常連でもある。
案内図を見ながら、僕と緑都は学校内に入っていった。道中、女子生徒が僕をちらちらと見ながらひそひそと喋っている光景を見たが、以前蒼さん関連で呼び出しを喰らった際に見たそれと一緒だった。多分、僕の存在を気にしているのだろう。
「……お前の横にいると視線を感じるナー」
「ごめん」
「謝るなヨ。まったく色男はー。嫁に言いつけてやるゾ」
言うなよ、と緑都を睨みつけて言うと緑都は「怖いナー」と口笛吹いて目線を逸らした。やれやれと思いつつ、蒼さんたちの教室に着いた。聞いていた情報通り、コスプレ喫茶と大きく書かれた看板が教室の外に飾ってあった。
「ここか、お嬢サマが言っていた」
「うん……。僕はどんな衣装を着ているか不安で仕方ないんだけど」
「心配性もほどほどにしろヨ。身が持たねーゾ……」
ため息をつきつつも、教室の中へと入っていった。
「いらっしゃいませ!……ってあれ?先生?」
「あ。桃花さん」
最初に目にしたのは、ピンク色が基調のメイド服に身を包んだ桃花さんの姿だった。
「もしかして、蒼ちゃんから招待を?」
「うん、そうなんだよね。ついでに緑都も誘って」
「ついでとはなんだついでとは。お嬢サマにわざわざご招待いただいたから来たんだゾ!」
入り口で喋っていると、奥から執事服に身を包んだ短髪の女性が出て来て――
「よお、眼鏡。お前も来てるのかよ」
「げえ!?暴力女かヨ!?」
僕とほぼ同じ身長を持つ墨音さんは、黒い執事服を身に纏い、女性というよりかは男性感あふれる雰囲気となっていた。
「あれ、髪の毛切ったの?」
「ああ?これ?ウイッグ。クラスの奴らがなー、短髪の方がかっこいいからとか言いやがって……」
蒸れるから正直嫌だったと、嫌々ながら墨音さんは話していた。
「おーい、蒼。先生ら来てるぞ」
墨音さんはバックヤードの方に叫んで、蒼さんを呼んでいた。ついに蒼さんの衣装を見る時が来たのだ――
「まあ、緑都さんまで来ていたのね。ようこそ――いえ、いらっしゃいませ、かしら?」
出てきた姿は、メイド服を基調としつつも、頭に何か耳がついたカチューシャに、胸や腰には蒼さんの大好きなマスコットキャラクターであるミミンがあしらわれていた。
「蒼さん、これは何の衣装……?」
「聞いて!ミミンイメージの衣装なのだわ!!」
「……へ?」
喜々としながら、蒼さんは目を輝かせて僕に言った。だから色んな所にミミンがあるんだな、とそれを聞いて知った。カチューシャにある耳も恐らくミミンの耳だろう。
「おーい、蒼。入口塞いじまうから二人を案内しろ」
「そうだったのだわ。お二人とも、こちらへどうぞ」
蒼さんに案内され、僕たちは窓際の席へ案内された。席に座ると、蒼さんがメニューを渡してくれた。メニューにはケーキや軽食、飲物類が書いてあった。
「ちなみにスイーツは墨音さんの所直送なのだわ」
「マジか。じゃあ俺、チョコケーキとりんごジュースがいい」
オーダーを聞いて、蒼さんはミミンのぬいぐるみポーチから筆記用具を取り出し、緑都のオーダーをメモ紙に書いた。
「それじゃあ僕はショートケーキとコーヒーで」
「ふふっ、わかったのだわ」
オーダー取りを終えると、蒼さんは裏の方へと戻って行った。後ろ姿を見ると、ミミンのしっぽが衣装についていて、それが少し可愛らしく見えてしまった。
「――で、嫁の可愛い姿を見た感想は?」
「それ、ここで僕に言わせる?」
僕はやっと大きなため息をつくことができた。正直にいうと、直視し難いものがあったからだ。
「照れてるナー」
「ち、違う!……いや、そうかも……」
いつもだったら見る事ができない、蒼さんの可愛らしい姿。フリルがあしらわれたウエイトレス姿はそれはもう、可愛いと思った。
「ああー……でもなんかそれを認めたくない気持ちがあって~……」
「お前、どんだけ正直になれないんだヨ……」
思い悩んでいるうちに、ケーキと飲物が蒼さんの手によって運ばれてきた。
「はい、お待たせしました。……って、紅也さんどうしてそんなに思い詰めた顔をしているのかしら?」
「色々あるんだ……色々……」
蒼さんはそんな僕を横目に、頼んでいたものを机の上に置いていく。
「ところで、紅也さん。私のこの姿に関して、何も聞いていないのだけれど?」
「今ここでいう!?」
その発言を聞いて、目の前にいる緑都が笑い堪えていた。
「で、どうなの?」
「……それは、家でいう。ここでは言いたくない。でも誤解されないように言うけれど、似合ってるのは確実だから」
そう、といって蒼さんはその場から静かに立ち去っていった。
「お前、恋愛ゲームやらせたら下手とか言われなかったか?」
「やったこともないし言われたことはないけれど、緑都が言いたい事はよくわかった」
運ばれてきたケーキと飲物を楽しみつつ、僕と緑都は最近の事を語った。最近は会う回数がめっきり減ったから、互いに話をしたいことが沢山あったくらい。
「……なんか学生時代が懐かしく感じるね」
「そうだなー。でもお前の学生時代、暗いイメージしかねえ。あと女装」
「女装は離れてくれないか?」
まだ蒼さんには語っていない部分もある、僕の学生時代。知られるのが怖いという気持ちがあるからかもしれない。彼女がそれを知ったら、きっと僕への印象が変わる気がして。
「でもよ、今のお前は明るくなったよナ。これは嫁効果か?」
にやにやとした表情を浮かべて、緑都は僕を見ていた。それはそうかもしれないな、と答えた。蒼さんとの出会いで色んな見方が――考え方が変わったのは違いないから。
「おい、先生」
「えっ?墨音さん?」
突然、墨音さんが僕らのところへやってきた。
「蒼が昼休憩入るからよ、先生一緒に行ってこい。このクソ眼鏡の面倒はこっちで預かるからよ」
「クソ眼鏡とはなんだヨ!この暴力女!!」
緑都と墨音さんがいがみあっていて、僕は落ち着いてと二人を宥める。
「それ、蒼さんには言ってあるの?」
「ん?ああ、言った。そしたらいいって言ってたから伝えに来た。……蒼の奴、拗ねてるから気をつけろ」
墨音さんはそう言い残して、その場から立ち去っていった。主に最後に言っていた事がメインだろうな、と感づく。
「お嬢サマのご機嫌取り、しっかりしろよナ」
「ああ、うん。わかってる」
僕は立ち上がって、蒼さんが待っている教室の入り口へと向かった。……変に拗ねてなければいいけれど、と思いながら。
入口に行くと、蒼さんはあの衣装を着たまま立っていた。
「ごめんね、待たせた?」
「別にそんなに待っていないから大丈夫よ」
一見普通そうに見えるけれど、どこか冷たさを感じられる対応で微妙に拗ねていることが確認できた。やれやれ、と思うけれどはっきり言わなかった僕にも非があるので、少し離れた場所で蒼さんの衣装の感想を言えたらと思っている。
「お昼ご飯食べに行こうか。色んな出店もあるし」
「そうね……」
蒼さんはきょろきょろと周りを見た。あれが食べたいと指したお店は焼きそばだった。この間、お昼ご飯に作ってあげたら美味しいと言っていたのを思い出す。
「じゃあ、僕が買ってくるよ」
蒼さんを近くにあった休憩スペースに座らせて、僕は焼きそばと飲物を買うために屋台へ向かう。まだ混んでいなかったので、スムーズに買えたのが救いだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
向かい合って座って、蒼さんは受け取った焼きそばを静かに食べていた。美味しい?と聞くと、こくんと頷いた。食べ終わった後、蒼さんはお茶を飲んで一息をつく。
「……ねえ。まだ聞いていないのだけれど」
「なっ、何が?」
「この服の感想」
ツンとした物言いで聞いてきたので、ちょっとだけ怒っているんだなと察する。あの場で言いたかったけれど、周りの人が聞いてしまったら気まずいと思ってあえてあの場では言わなかっただけであって。
「……可愛いと思うよ」
「曖昧すぎる」
「可愛いし、似合ってる」
「ふーん」
ぷいっとそっぽを向く蒼さんだったが、頬は少し赤くなっている。
「でもこの衣装すごいね。ミミンの特徴が反映されているし」
「そうなのよ!クラスの方で、裁縫というか衣装を作るのが好きって方がいて、手作りの衣装なのよ」
手作りの衣装の話、そして試着の時の話を僕にしてくれた。その時の蒼さんは笑顔でそれらを語ってくれていて、聞いているこっちもなんだか笑顔になってしまう。
「さて、そろそろ戻らなきゃなのだわ」
お昼休憩の時間が終わろうとしているようで、僕も置いていった緑都を迎えにいかなければならない。
「それじゃあ戻ろうか」
「ええ」
席から立ち上がると、休憩スペースにいた男子たちが蒼さんを見てひそひそと何か喋っている。僕は少しだけ耳を澄ませてそれを聞いてみると――
――なあ、あの子すごい可愛くね?
――本当だ。可愛い~!ああいう子と付き合いたいな……
聞こえてきた会話は、全て蒼さんに対しての感想だった。僕はそれを聞いて、胸に少しだけちりっと痛みが走った気がした。
「……渡したくないな」
「え?」
うっかり心の声が漏れてしまった。あんな会話を聞いてしまったら、蒼さんをこのまま離したくないという気持ちが湧いてしまっていたようだ。
「なんでもないよ」
蒼さんのクラスの出し物がある教室へと改めて戻ろうとしたら――
「大丈夫よ、あんな人達に浮気なんてしないもの。貴方が一番なのだから」
僕の手を握って、蒼さんはにっこりと微笑んだ。ここ、学校だけれど大丈夫だろうかという心配が過ったけれど、蒼さんは戻るまでに僕の手をずっと握っていた。
なんだか恥ずかしい気持ちにもなったけれど、今はお祭りの中。それくらい大丈夫だろうと思い、僕もその手を握り返した。
END
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