第2章(その2)
「デルタ中隊、発艦エリアに移動」
発艦指揮所からの声がわたしを物思いから引き戻す。同時に戦闘艇が動き出す。戦闘艇は耐爆ハッチを抜け、戦闘艇母艦の舷側に展開されたリニアカタパルトに移動。
「デルタリーダー、カタパルト進入」
デルタ中隊長であるわたしの戦闘艇がカタパルトにセットされる。続いて時間差を置いて射出される巡航用外部推進器がカタパルトにセットされる。
我々が搭乗している連邦軍戦闘艇DSTP-201「ランサー」は連邦の基本的なデザインである角柱型の主艇体の艇首に37センチ口径の粒子砲一門、下舷に7.7ミリ口径のレールガン一門を備え、左右両舷のバルジの上下面に2基ずつ計8基の対艦ミサイルを搭載している。粒子砲やレールガンは主に駆逐艦やフリゲート艦などの小型艦艇や非武装船艇を襲撃する際の主武装となる。巡航艦以上の大型艦に対しては8基の反応弾頭対艦ミサイルが頼りとなる。
とはいえ、戦闘艇や機動艇が対艦ミサイルで敵の大型艦艇にダメージを与えることができる可能性はあまり高くない。なぜなら護衛のフリゲート艦や戦闘艇を突破して対艦ミサイルを発射できたとしても、発射した対艦ミサイルが個艦近接防御システムの火網を突破できるかは別の問題だからだ。
対艦ミサイルの機動用スラスターの推進剤は限られており、回避機動には制限がある。多弾頭化されているので弾頭が分離すれば多少は可能性が上がると言った程度だ。
それでも戦闘艇や機動艇が対艦ミサイルを使用するのには理由がある。端的に言うと、搭載しているレベルの粒子砲やレールガンでは大型艦艇の装甲を貫徹できず、大型艦艇にダメージを与える可能性がある武装が対艦ミサイルしかないからだ。徹甲弾頭が防御火網を突破できさえすればダメージを与えられる。
「発艦指揮所より、デルタリーダー。デルタ中隊の射出を開始する。加速に備えよ」
「デルタリーダー了解」
加速に備えるも何もWAPごとコックピットカプセルに固定されたわたしにできることは身構える以外、何もない。
戦闘艇母艦のリニアカタパルトから戦闘艇が射出。射出のGが全身にかかる。Gが抜けて思わずほっとしたタイミングで続けて射出された巡航用外部推進器とのドッキングシークエンスが自動実行される。順次射出された中隊16艇すべて同様に外部推進器とドッキング。中隊各艇の航法システムと同調完了。巡航フォーメーションをとる。航法システムは外部推進器の反応炉に推進剤投入、巡航加速開始。
戦術リンク上の各艇の状態が更新される。デルタ中隊、全艇異常なし。緩やかな巡航用編隊を組み加速中。先に発進したアルファ、ブラボー、チャーリー各中隊も異常なし。5422戦隊全64艇が想定戦域へ向けて加速。
以降、脅威情報がなければ戦域近傍まで人間の出番はない。
代謝抑制剤の投与を開始するとメッセージが出る。
艇体のサイズと反応炉の出力の問題で転移機構を搭載できない戦闘艇ではこういう手段を使って巡航中に乗員の心身が消耗するのを抑えるしかない。
一般に巡航中の代謝抑制剤を投与された状態では夢を見たりしないとされている。だが、わたしはよく夢を見る。軍医に相談しカウンセリングや心理治療も受けたが一緒だった。しかも出撃時のフィジカルコンディションレコードにレム睡眠の記録がない。結局、睡眠導入時の一瞬に見ているのだとされた。実際、戦闘行動に支障がでている訳でもないし、軍としては問題と考える必要を感じないのだろう。
それでもわたしは見るはずのない夢をみるのだ。
「入れ」
ぶっきらぼうな口調で応えがある。
わたしは中隊長執務室のドアを開けると士官学校で叩き込まれた動作で敬礼を行い着任の申告を行った。
「レイニー少尉、本日付を以て第5422戦闘艇戦隊、ブラボー中隊に配属を命ぜられました」
デスクの上に行儀悪く足を投げ出して一人の男がディスプレイをいくつも周りに表示させながら事務作業を行っていた。よくあんな姿勢で作業できるものだ。
その男の階級章は大尉の物だった。では、この男がわたしの上司になるのだな。男は手を止め、わたしをギロリと睨み答礼。
「ブラボー中隊長のブラウン大尉だ。着任を認める」
敬礼していた手を下ろし、両手を腰の後ろで軽く合わせながら、足を肩幅に開く。
「サンキュー、サー」
士官学校の助教のベテラン下士官にだって文句をつけられない完璧な動作のはずだが、目の前の大尉は特に感銘を受けたふうでもない。
「配属小隊はマッケイ中尉に聞け。この時間なら士官クラブにいるだろう」
「イエス、サー」
「ああ、一つ言っておく」
一旦、言葉を切ると、さらにけだるげに、バカにしたような口調で続けた。
「少尉、士官学校で習ったことは忘れろ。ここは辺境の前線だ。ここにはここのやり方がある。お上品な中央星域の常識が通用するとは期待するなよ」
わたしは呆気にとられながらも体は士官学校で叩き込まれた対応をしていた。
「イエス・サー」
だが、彼はそれを不満の現れととったらしかった。
「不服か?」
わたしは慌てて応えた。
「ノウ・サー」
「なら、その人を馬鹿にしたような肩肘はった態度はやめろ。いいな、ここには、ここのやり方がある」
そうは言われても、士官学校で叩き込まれた習慣はそう簡単には抜けない。
「イエス……、OK、大尉」
大尉は面白くなさそうに鼻で笑った。
「…エイミー、おまえ、休暇、どうするんだ?」
シャワーから出てきたラムレイがバスローブにくるまりながら尋ねた。わたしは乱れたベッドに寝そべったままで応えた。
「ここには大して面白いところもないし、ダイブで故郷へ帰ってみようと思う」
ラムレイは髪の毛を拭いているタオルの隙間からじっとわたしを見つめながら言った。
「故郷へ帰る、か。やめた方が良いんじゃないか」
「なぜ?」
わたしはなぜ、彼がそんなことを言うのか判らなかった。
「おまえ、最近の自分がどういう状態か判ってないな」
わたしはベッドから身を起こしながら言った。
「どういうことよ」
彼は酒を注ぎながら言った。
「何をそんなに恐がってるのか知らないが、ピリピリし過ぎだ。そんなときは故郷へは行かない方がいいんだ」
「放っといてよ。わたしは故郷の景色をわすれたくないんだから」
ラムレイはそれを聞くと馬鹿にしたように言った。
「ふん、懐かしのわが家か」
風が吹いている。郊外の森に囲まれたわたしの
わたしの記憶のままの
「お帰り、エイミー」
「ただいま、サマンサ」
ドアが開く。
玄関ホールも記憶のままだ。
「サマンサ、ママは?」
「キッチンにいらっしゃいますよ」
わたしはキッチンへ足を進める。母はキッチンのスツールに座って今では珍しい紙の本を読んでいる。わたしの記憶のままの姿だ。
リビングにつながるドアが開きコーヒーカップを持った父が顔を出す。
「おかえり、エイミー」
ああ、わたしの記憶のままの
これは夢だ。
戦死した父と母が
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