第2章(その3)

 ゆっくりと意識が覚醒していく。深い水底から水面に出るかのように。代謝抑制剤の効果が消えていく。代謝を上げるための薬剤が注入されたわたしは急速に知覚が明敏になっていく。

 目尻が濡れている。…わたしはまた夢を見ていたのか。

 それよりもパッシブセンサーが敵のセンサー波を捉えている。これの対応が先だ。

 戦術システムは宙域戦闘管制の索敵情報をもとにアクティブセンサーシステム、火器管制システムを待機状態から稼働状態に移行。直ちに全周索敵、電子戦を開始。

 すでに何度か友軍の襲撃を受けている敵艦隊は周囲にプローブを展開し、アクティブセンサーによる早期警戒。戦闘艇と攻撃型フリゲート艦の混成部隊による戦闘哨戒を行っている。

 やはり、ひどい事になりそうだ。

『ズールー01より、クルセイダー。敵艦隊より護衛群突出、接近しつつあり。0時30分の方向、上方10度』

 5422戦隊に割り当てられた宙域戦闘管制が敵艦隊の動向をコールしてきた。戦術リンク経由でセンサーディスプレイにこちらを迎撃すべく移動中の敵護衛艦を示す輝点が現われる。

 護衛艦の情報が更新される。攻撃型フリゲート2隻が戦闘艇一個小隊4艇を引き連れている。こんな戦闘哨戒グループがいくつも軌道を遷移させてこちらに向かってきている。連合の攻撃型フリゲートは『フリゲート』と称してはいるが、実質的には字義どおりの『駆逐』艦だった。確かに連合には『駆逐艦』という艦種は別にある。しかし、それはもはや本来の意味での『駆逐』艦ではなく、対艦ミサイルの発射プラットフォームでしかない。

 攻撃型フリゲートは違う。小型の船体に詰め込めるだけの武装を詰込み、しかも、下手な戦闘艇並みの運動性を持っている。やっかいな相手だ。

 戦術状況により戦術システムが適切と判断した粒子砲とレールガンがウォームアップ。できれば対艦ミサイルは護衛艦なんかには使いたくない。敵の主力艦に叩き込むために抱えてきたのだ。

「クルセイダーリーダーより全中隊、所定のフォーメーションに展開せよ、繰返す、所定のフォーメーションに展開せよ」

 戦隊は袋叩きに合わないように中隊単位に分離。各中隊長の判断で敵艦隊を攻撃することになる。

「デルタリーダーより、デルタ中隊、外部推進器を投棄、フォーメーション・ノヴェンバー」

 巡航用外部推進器の切り離しスイッチをオン。接合部の爆発ボルトと外部推進器のスラスターが作動。艇体に軽いショックが感じられた。これで、ランサーは本来のフォルムとフットワークを取り戻した。外部推進器は再加速。敵艦隊への突入コースに乗る。外部推進器にも簡易なものだがセンサーとシンカーが搭載されており、質量兵器として機能する。撃破されるだろうがそれまでの間、幾ばくかでも敵を引き付けてくれればいい。

 センサーが捉えた敵護衛艦の位置と戦術リンクが割り当てたターゲットコードをディスプレイに表示する。だが、まだどの目標も、有効射程外だ。

『ズールー01よりデルタリーダー、オメガ01との接触まで13分』

 戦術リンクを経由して宙域戦闘管制が敵艦の接近を警告する。二時方向から接近中のオメガ01以外にも何グループかの戦闘哨戒グループが接近しつつあった。わたしは各小隊に戦術リンクと音声で分離しての迎撃を指示。

「デルタリーダーよりデルタ02。オメガ01を阻止せよ」

『デルタ02、了解』

 デルタ中隊第2小隊の4艇のランサーが編隊を離れ接近中の敵艦の迎撃コースに遷移する。

「デルタリーダーより、デルタ03、オメガ02を阻止せよ」

「デルタリーダーより、デルタ04、オメガ03を阻止せよ」

「デルタ03、了解」

「デルタ04、了解」

 これで手元にあるのはデルタ中隊第1小隊の4艇だけだ。

 交戦距離に入った各小隊に、敵護衛艦隊に光が幾つも煌めき消えていった。戦術リンクのリンクが切れていく。あのうちの幾つかは部下が殺られた光なのだろう。あの光は、宇宙で戦うものが最後に咲かせる光の華。過去と、未来と、夢と、想いが、劫火の中で潰えていく。彼等には死を自覚する暇があったろうか……。それすら疑わしいものだ……。

 過去と、未来と、夢と、想い、か……。

 オメガ04のアイコンがオレンジから深紅に変わった。ランサー自体のセンサーが敵をとらえた。ターゲットシンボルにロックオンカーソルが重なっていく。

 わたしにもかつては夢があった。希望があった。

『オメガ041ロックオン、オメガ042ロックオン、オメガ043ロックオン…』

 戦術システムは連合の攻撃型フリゲートを高脅威目標と判定。デルタ中隊第1小隊の火力を集中することを提案。粒子砲とレールガンの同時発砲モードを選択。

 わたしは追加で各艇あたり対艦ミサイル1基の使用を選択。もったいないが、突破できなければ元も子もない。

 オメガ04と正対。敵艦との距離が急速に縮まる。粒子砲の有効射程まで5分。自動回避機動開始。Gが体を揺さぶる。しかし固定されたWAPの中のわたしは揺るがない。

 今のわたしには何がある?

 対艦ミサイル発射。急加速。弾頭分離前に2基が迎撃される。残り2基が最小爆散モードで徹甲弾頭を分離。敵艦が分離弾頭に対応している間にデルタ中隊第1小隊は敵艦に対して粒子砲とレールガンによる集中射撃。

 すれ違いざまの交戦で2隻の攻撃型フリゲートは大破し損傷した敵戦闘艇の残余は退避行動に入った。当面の脅威にはならないだろう。デルタ中隊第1小隊のランサーは2艇が爆散し光の華を咲かせ、1艇は中破。奇跡的にわたしのランサーは戦闘継続可能な程度の損傷だ。

「デルタ013、戦域を離脱せよ」

 戦術リンクで了解のメッセージが返ってくる。搭乗員の安否は不明だ。デルタ013はデコイ代わりと質量軽減のため搭載している対艦ミサイルの残弾7基を自律モードで発射。退避軌道に入った。戦域を抜けられるかどうかは判らないが。

 新たな敵艦を探知。連合の軽巡航艦。ターゲットコードはオメガ10。

『オメガ10、4時の方向、上方10度、距離25000』

 わたしはランサーの艇首を巡航艦に向ける。残っている対艦ミサイル7基と粒子砲を選択。

 ああ、そうか。もう一度。

 オメガ10は横腹を晒している。軽巡行艦の粒子砲塔が旋回。近接防御システムのレールガンとレーザーが発砲を開始。

 ランサーの戦術システムが自動回避機動を開始。

 あの巡航艦の乗員は何を考えているのだろう。

 どんな人達が乗っているのだろう。

 彼等にも親兄弟や配偶者や恋人がいるだろう。

 彼等にも未来があり、夢がある。

 いったい幾つの未来が戦闘のなかで潰えていったのだろう。

 被弾警報。被弾箇所が赤く染まるが致命箇所への被弾はなし。対艦ミサイル7基を発射。退避機動開始。

『機関部被弾、機関部被弾』

 致命部に被弾した。神経を逆撫でする警報。

 いやだ。

 生きて還るんだ! あの生家いえに。

『反応炉暴走、反応炉暴走、制御不能、制御不能。非常停止装置作動不能』

 なぜ。

 こんなところで。

 サイドスティックの横にあるベイルアウトボタンをカバーごと押し下げる。

『脱出せよ、脱出せよ』

 いやだ。いやだ。故郷へ還りたかったんだ。

「デルタ01、ベイルアウト!」

 コックピットカプセルのブースター点火。離脱を開始。

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