第2章(その1)

 わたしは艦隊勤務服を脱ぎ、ランドリーシュートに入れる。アンダーウェアのモックネックの襟に収容された薄いスカルキャップを引き出してショートカットのブルネットの髪を覆う。次に袖口に収容されている手袋をはめる。これで普段は露出している手首から先、首から上も含めて顔面以外のわたしの全身がアンダーウェアに覆われた。手慣れたものだ。何回行ったか覚えていないくらい繰り返した手順だ。

 エイミー・レイニー大尉とわたしの名前がステンシルされた待機姿勢の小型艦艇搭乗員用WAP(Ware in Action Protector:戦闘時着用防護服)にアンダーウェアだけをまとった状態で体を滑り込ませる。WAPのプロテクターが膨らみ、体を固定。わたしの体形にパーソナライズされているので違和感はない。アンダーウェアの回路がWAPとコンタクト。コンタクトを確認したWAPが閉鎖。WAPの生命維持システムがアンダーウェア経由で長時間の作戦行動に際して必要となる体へのアクセスを行う。同時にWAPのバイザーにシンカーの起動プロセス、わたしのフィジカルコンディション、アンダーウェア、WAPのステータスに問題がないことが表示される。

「発艦指揮所。エイミー・レイニー大尉、コンディショングリーン。搭乗を開始する」

「発艦指揮所了解」

 わたしはゆっくりと体を起こし、搭乗準備を完了させる。移動用アームがWAPの両肩のコネクタに接続。床の耐爆ハッチがスライド。準備室の下のフロアに並んだコックピットカプセルの所定の位置にリクライニングした姿勢で設置。コックピットカプセルがWAPをロック。移動用アームが準備室へ戻り、準備室との間の耐爆ハッチが閉まる。

 WAPがコックピットカプセルに接続。ステータスを確認。問題なし。コックピットカプセルを閉鎖。このコックピットカプセルは最小限の機能を持った脱出カプセルを兼ねている。被弾時に爆散せず脱出できればこれが最後の命綱となる。

 コックピットカプセル下の耐爆ハッチがスライド。コックピットカプセルがガイドレールに沿って沈み、戦闘艇の所定の位置に固定された。

 コックピットカプセルが戦闘艇のシステムと接続。戦闘艇のステータスが表示される。火器管制、索敵を含む戦術システム、推進システム、生命維持システムの各シンカーのステータスに問題なし。推進剤搭載量、武装は対艦戦闘装備の規定通り。戦術システムが戦術リンクに接続。広域索敵情報が表示される。これで発進の準備は完了。続いて指揮下のD(デルタ)中隊全16艇のステータスを確認。問題なし。

「発艦指揮所、デルタリーダー。デルタ中隊発艦準備完了」

 もちろんすでに戦術システムが発艦指揮所に状況は連携している。だが、人が口頭で連絡することにも意味があるのだとわたしは思う。人が戦っているのだから。

「発艦指揮所了解。待機せよ」

 発進はA(アルファ)中隊からだ。デルタ中隊の発進まで少し待機時間がある。


 「急いで待て」はいつものことだが。今日は正直、待ちたくはないと思う。ブリーフィングを思い出してしまうからだ。

 

 緊急招集されたブリーフィング。現状で判明している範囲で攻勢に出た敵艦隊の勢力、進路とこれに対応する友軍の情報が正面のディスプレイに表示されている。ディスプレイの表示は初めて見た人は「今どきこれはない」と唖然とするのではないかと思うほど簡素な表示だ。伝えたいことが伝わればよいし、凝った表示は誤認の元になるという経験則からあえて簡素な表示になっている。敵戦力は戦艦戦隊10個を含む300隻以上の艦隊か。

 壇上に542戦隊群司令が上がる。

「敵艦隊は依然として侵攻中である。推定攻撃目標はアザンクール星域。本0320時、第五軍管区司令部は状況B2(被限定侵攻)を宣言し、緊急対処作戦計画の発動を指令した。現状では艦隊の展開が遅れているため軍管区司令部は5422、5427戦闘艇戦隊を含む各戦闘艇戦隊、機動艇戦隊を遅滞作戦に投入することを決定した。…具体的なプランは…作戦士官?」

 血の気が引く。主力艦隊が展開するまでの時間を稼がいないといけないのは判るが、機動艇や戦闘艇を戦隊単位とはいえ投入してどれほどの遅滞効果があるのか。

 戦隊群司令に代わって陰気な顔をした女性士官が壇上に上がる。

「司令からもあったように軍管区司令部の命令により、緊急対処作戦計画に従いアザンクール星域近傍の戦闘艇戦隊、機動艇戦隊はそれぞれ、時間差をもって敵艦隊を攻撃し、敵艦隊の侵攻を遅滞させることとなった」

  画面が切り替わる。遅滞戦闘にあたる機動艇戦隊、戦闘艇母艦とその護衛艦隊の構成と泊地から進出予定エリアまでの概略針路。進出予定エリアから会敵予想エリアまでの概略針路などが表示された。

 驚いた。侵攻中の艦隊を恒星間宇宙で捕捉しようというのか。

「我が第542戦隊群の会敵エリアは宙域50110内と想定されるが現時点では特定できない」

 まあそうだろう。最大5光年の距離を転移する艦隊を恒星間宇宙で捕捉するのは難しいというのは軍事的常識だ。一体、どれだけのリソースを突っ込むつもりだろう。

「哨戒艇隊12個隊が動員されて無人哨戒機、プローブを展開、発見、捕捉に努めている」

 なるほど、出し惜しみはしないというわけか。余計なことを。

「得られた索敵情報は随時、戦術リンクに反映される。5422戦隊は戦闘艇母艦「CV5422」に搭載、5427戦闘艇戦隊は戦闘艇母艦「CV5427」に搭載。索敵情報に基づき宙域戦闘管制の指示するエリアに進出。速やかに対艦戦闘装備で発進。会敵予想エリアまで巡航する。5422戦闘艇戦隊のコールサインはクルセイダー、宙域戦闘管制はズールー01。5427戦闘艇戦隊はセンチュリオン、宙域戦闘管制はタンゴ01だ」

 まあ、300隻規模の艦隊ともなれば艦種ごとに艦隊を分割しても転移機構の同調に相応の時間がかかる。襲撃できれば確かに同調作業の妨害をして遅滞はできそうか。


 わたしは実は哨戒艇隊の索敵が空振りにおわることを期待していたのだが、見事に発見してくれた。こんな時だけは有能な友軍が恨めしい。

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