幽霊の正体見たり枯れ尾花
夕餉が終わり、与えられた部屋へ戻る頃には戌刻を過ぎていた。
既に夜の帳は落ちきっており、柚月は
月明かりすら無い漆黒の闇の中、暖かな炎が室内を薄く照らし、柚月はほっとして寝やすい
(薄暗いなー、もう少し行灯欲しいかも…)
布団に
(雰囲気あるなー、戦国時代か…)
戦国が舞台とはいえ、柚月が飛ばされてきた世界はあくまでも乙女ゲーム。
とりあえず、今のところ戦はない様で、その点だけは安心していた。
これなら落ち着いて指輪を探していられる。
(それにしても…)
城内を探検していた時に感じた気配や視線が気になる。
はっきりと感じた訳ではないし、柚月自身そんなに敏感な方でも、霊感がある訳でもない。
それでも確かに視線を感じたと確信できるのは、あの背筋が凍る様な感覚のせいだ。
冷たい指で背中に触れられた様な悪寒。
そして、身の毛がよだつ様なあの天守閣付近の空気。
(…政宗が来てくれなければ…)
ぼんやりと政宗の姿を思い出すと、柚月は何故か胸が高鳴るのを感じ、ガバッと飛び起きた。
「な…何ドキドキしてんの私!!」
頭の中から政宗の姿を消そうと首を振るが、ますます抱き付いてしまった時の胸の温もりや、自分を抱きしめる力強さを思い出してしまう。
(ね…眠れない…!このままじゃ眠れない!!)
あの時は恐怖のせいで思わず抱き付いてしまったが、冷静に考えてみると、一国一城の主に抱き付くなど、無礼極まりない。
(怒ってる…かな?いや…)
天守閣から戻って以来、会っていないが、会ったばかりだと言うのに、政宗はあれくらいで怒る男ではないと何故か分かる。
「伊達…政宗…か」
倒れ込む様に再び横になると、柚月は政宗の低くて心地好い声を思い出す。
(一目惚れ…?いや、元の世界に戻れば二度と会えない人だし…有り得ない)
そう思いながらも、政宗の事が頭から離れず、柚月はゆっくりと目を閉じる。
目を閉じている内に睡魔が襲い掛かり、柚月はいつしか眠りに落ちていた。
眠りに着いてからどれ程の時間が経ったのか。
雪が降りそうな寒さにも関わらず、柚月はひどい寝汗に寝苦しさを覚えて目を開けた。
「さっむッ…!…って、うわ…?このクソ寒いのに身体が汗でびっしょり…」
上半身を起こして身体を見下ろすと、眠る直前に着替えたばかりの襦袢が汗で濡れている。
(着替えなきゃ…それにすごく喉が渇いた…)
布団から這い出て布団を確認すると、布団自体は湿っておらず、襦袢だけ着替えれば済みそうだ。
眠い目を擦りながら新しい襦袢に着替えると、柚月はそっと部屋の襖を開けてみる。
(水が欲しいけど…、どっちかなぁ)
(いやいや!幽霊なんていない!大丈夫!)
そう自分で自分を納得させると、枕元にあった行灯から持ち運びが可能な
細心の注意を払いながら廊下に出ると、柚月は左右を見渡し、結局左に向かって歩き出した。
だが部屋を出て突き当たりの角を曲がった時、柚月は自分以外の気配を感じて足を止めた。
「……」
持っている蝋燭を恐る恐る前後左右にかざしてみるが誰もおらず、暗い廊下が続いているだけである。
(…幽霊の話なんか聞いたから、いつもより臆病になってるだけだわ。幽霊なんかいる訳ない…)
そう自分を奮い立たせるが、今まで暮らしてきた現代と違い、怪談に出て来そうな日本独特の古びた雰囲気が、柚月を萎縮させてしまう。
(うぅ…和風ホラーの世界に入り込んだみたい…)
水は諦めて部屋に戻ろうかとも思うが、怖いもの見たさなのか、恐怖を感じつつも戻るよりも気配の正体の方が気になる。
(天守閣の幽霊か…)
思えば幽霊が出ると言いながらも、あの年老いた女中は怖がる様子もなく天守へ向かって行った。
(もしかしたら、他の理由があって天守に近付けさせない様にしてるだけかも知れない…)
そう考えると、急に怖がっていたのが馬鹿馬鹿しくなる。
(天守閣に行ってみれば良いんだ。それで何も無ければ、きっと安心する)
このまま毎晩びくびくしながら過ごすのは
ありったけの勇気を振り絞ると、柚月は微かな光を灯す蝋燭一本を手に、薄暗い廊下を歩き出した。
昼間と違い、左右も分からない真っ暗な城内を歩き続ける事数刻。
何度か嫌な気配や視線を感じたものの、気のせいだと自分を納得させながら天守閣に続く廊下に到着する頃には、時刻は丑刻を回っていた。
俗に言う丑三つ時である。
「来ちゃった…」
天守への階段を見上げると、底知れぬ地獄へと誘う様な闇が広がっている。
階段付近へと近付き、蝋燭をかかげてみるが、何も見えず、柚月は生唾を飲み込むと、ゆっくりとした足取りで上がって行った。
長く何処までも続いているかの様に思えた階段だが、意外にもすぐに頂上が見える。
閉め切られた扉を開けると、据えた埃の臭いが鼻をつき、柚月は口元を押さえて顔を歪ませる。
(埃っぽい…)
蝋燭を高く持ち上げ、中を照らすと、埃を被った古い農機具や使えなさそうな小型の大砲、砲弾や火縄などが
どうやら実質上の物置と化している様だ。
(…見たところ普通の物置だけど)
埃が舞わない様に注意しながら中を見回っていた柚月は、背筋が凍りそうな視線を感じ、足を止めた。
(また視線…)
何処からなのかは分からない。
だが今までと違い、はっきりと人の気配を感じる。
(幽霊…じゃない、人の気配だ!誰かいる!!)
とっさに蝋燭の火を消し、大砲の影に隠れると、柚月は入り口付近に視線を向けた。
すると、ギシギシと階段を上がって来る足音が聞こえ、次第に距離が狭まって来る。
(やっぱり誰か…来る…)
政宗かとも思うが、仮にも城主である政宗が、こんな夜中に天守へとやって来るだろうか。
緊張で再び生唾を飲み込むと、水を打った様な静けさの中に喉の音が響いた気がし、柚月は身体を震わせる。
既に足音は入り口の前まで来ており、閉められた扉の向こうでこちらの様子を窺っている様だ。
永遠に続くかと思われた時間の中、扉が低い音をたてながら開き、一人の男の姿が現れた。
灯りを持たずにいるせいで顔は分からないが、背格好から政宗ではない事が分かる。
(誰…?)
政宗も背は高い方だが、その政宗よりも幾分か背が高く、逆に体格は細身だ。
男は辺りを見回しながら室内へ足を踏み入れると、偶然なのか柚月へと近付いて来る。
(見つかる…!どうしよう!!)
本能的に逃げ出そうとした柚月は、動揺のせいか、足元にあった砲弾に気付かず、
「…ッ!?」
蹴られた砲弾はころころと男の近くまで転がって行ってしまい、柚月は怯えた様に息を飲む。
男は転がって来た砲弾に気付くと、柚月の隠れている方向へと顔を向けた。
「そこに隠れているのは誰です?」
「…!!」
出入口は男の後ろであり逃げ場はなく、柚月は諦めた様に立ち上がる。
「あの…私…」
特に出入りを禁止されていた訳ではなかったが、何故か悪い事をしてしまった様な罪悪感を覚えた柚月は、謝ろうとおずおずと男を見上げる。
だがそんな柚月を見た男は、拍子抜けした様に息を吐いた。
「おや、貴女は…確か柚月さん、とおっしゃいましたか」
「え?」
何故名前を知っているのか。
男の顔を見ようと目を凝らすが、月明かりすらない暗闇のせいで男の顔は見えない。
(誰…?)
幽霊が出ると言われた天守閣と、不穏な気配。
そしてその天守閣に現れた自分の名前を知る男。
柚月は返事をする事すら忘れ、目の前の男を見つめていた。
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