美しい男

返事をせず、無言でまばたきを繰り返していると、男は呆れた様に溜め息を吐いた。


「…こんな夜更けに何をしているのですか。間者かんじゃと勘違いされてこの場で斬り殺されても文句は言えませんよ?」


相変わらずの暗闇で表情は見えないが、聞き覚えのある声だ。


必死に記憶の網を手繰り寄せるが、あと少しという所で思い出せない。


「現に今、斬ろうと思っていました」


「…!あ、あの…私…」


男が背にしている刀を見て、怪しい人物と間違えられた事に気付いた柚月は、慌てて手を挙げる。


「あ…怪しくありません!私は…」


「黙りなさい。全く迷惑な…貴女のせいでここまで確認に来る事になったんです。これ以上手間を掛けさせないで下さい」


機嫌が悪いのか、吐き捨てる様に言われると、柚月はそれ以上何も言えなくなり、すごすごと天守を後にする。


部屋に向かう途中、何度か背後を振り返るが、何の視線も気配も感じる事はなかった。








翌朝、起きてすぐに政宗に呼び出された柚月は、女中の案内で政宗の執務室へとやって来ていた。


「起きたばかりか?眠そうな顔してるな」


呆れた様に肩を竦めた政宗の言う通り、既に日は高く登っており、かなり寝すぎた様である。


寝すぎた原因は、勿論あの気配や視線の事だ。


昨夜ねやに入った後からずっと考えていたが、今まで感じていた視線や気配は、もしかしたらあの男なのかも知れない。


本人も後をつけて来たと言っていた。


現実的に考えれば、それしか考えられない。


だが実際男と話した時、冷たい態度ながらも、得体の知れない気配を感じた時の恐ろしさはなかった。


違うのかも知れない。

いや、それしか考えられない。


その答えの出ない自問自答で、気が付けば寝すぎていたのだ。


「…まぁ、ちょっと考え事があって…」


「ほぅ、能天気そうに見えて悩みか?」


「失礼ね」


馬鹿にした様な言葉に唇を尖らせると、政宗は肩を揺すって笑う。


「それより、昨日の夜遅くに天守に上ったらしいな」


「…へ?あ…あぁ…うん、誰から聞いたの?」


「小十郎だよ、会ったろ?」


「こじゅ…?」


天守で会ったあの男の名前だろうか。


誰の事だか分からないと言う表情で首を傾げると、政宗は合点がてんがいった様に頷いた。


「そういや、ちゃんと会わせてなかったっけか。後で会わせ…ん?」


小さく呟いた政宗は、襖を挟んだ廊下に人の気配を感じて言葉を止める。

すると、廊下から天守で聞いた声が響いた。


「政宗様」


「小十郎か?ちょうど良い」


そう廊下へ声を掛けた政宗は、柚月を見るとあごで襖を示す。


「噂をすればだ」


そう呟いた政宗から襖へ視線を移動させると、開いた襖の向こうで美しい女が正座をしている。


(あれ?男の人の声だったけど…、って言うか、なにこの美女!!!)


切れ長で伏目がちな目に、長いまつ毛が掛かっており、くちびるは薄くとも形が良い。

腰まで届く長い銀色の髪は、後ろで一つにまとめている。

さらに色は白く、手足は長く、ロシアかどこかのモデルのようだ。


あまりの美しさに、柚月は思わず目を見張った。


「あ…」


よく見ると、着ている服は男の物だ。


(男の人…、そうか。この人も異世界戦国恋歌の攻略キャラクターなんだ)


見たことのない男だが、こんな美形が乙女ゲームで脇役なはずがない。


「失礼します」


一礼して室内に入ると、男は再び室内で正座をして襖を閉めた。


(この人が小十郎…、片倉小十郎だっけ。歴史上有名だし、名前だけは知ってるけど…)


おろせば長いであろう前髪を、後髪と一緒に綺麗に結んだその顔には、穏やかな微笑ほほえみが浮かんでいる。


ついまじまじと顔を見つめていると、視線を感じたのか、小十郎は柚月を振り返った。


「…おや、貴女もいたんですか」


不信そうな目で柚月を見ると、小十郎は何かを言いたそうに口を開き掛ける。


だが結局何も言わず、柚月から政宗に向き直った。


「…政宗様、民からの上奏じょうそうはお読みになりましたか?」


「あぁ、読んだ。いまちまたで噂の話だろ?」


「はい、毎晩一人ずつ若い娘が姿を消すそうで。神隠し…だそうです」


「神隠しねぇ…?大方、近隣の盗賊共の仕業しわざだろ?」


「恐らくは…それにここ最近、近くの港に停泊してる船も気になります。海賊と手を組んでる可能性もあるかと」


「…さらって売る気か」


「話を聞いてから、村近辺に兵を配置してますが、なかなか姿を見せません」


「…まぁ、普通に考えて女を拐う時しか現れねぇだろ」


「政宗様。この際、村の娘をおとりにして、とっとと片付けましょう。私に一任いちにんして頂けるならば、近日中きんじつちゅうに片を付けてご覧に入れます」


「お前に任せると、行方不明者数が増えそうだから却下だ」


心外しんがいです」


「あのな…、村の娘を危険な目に遭わせる訳にはいかねぇって話し合ったろ?」


「しかし…」


どうすれば犠牲なく盗賊を捕らえ、拐われた女達を無事に取り戻す事が出来るのか。


二人が顔を付き合わせたまま黙り込むと、場違いな柚月の声が響いた。


「…目の前にいる若い娘を、当然の様に除外してるのが気に入らないんですが」


真剣な話の内容のせいで、ずっと口を挟む機会を逃していた柚月だったが、いい加減無視されている事に嫌気が差し、会話に入り込むと二人の顔を見比べる。


「若い娘ならここにいるじゃない」


ドーン!と効果音が鳴りそうな勢いで自分の胸を叩くと、柚月はえっへん!と胸を張った。


「あー、うん。柚月。悪ぃな、いるの忘れてた。ちょっと待ってろ、いま大事な話をしてるんだ」


口を挟むなと言いたげに片手を上げると、政宗は片膝を立てていた胡座を掻き直す。


「話を戻すぞ、囮の…」


「囮なら私がやるってば」


柚月は話を戻そうと小十郎に顔を戻した政宗の前に出る。


「…うんうん、良かったな。とりあえずお前は黙っ…、…え?なんて言った?」


「私が囮になるって言ってるの」


聞き間違いかと聞き直す政宗に、さも当然の様に答える柚月を見た小十郎は、感動した様に立ち上がった。


「素晴らしい!その勇気!感動致しました!!なんと有難いお話でしょうか。どうやら貴女はきちんと、身の程をわきまえているようだ」


「阿呆か小十郎!駄目に決まってるだろう!」


政宗がそう言うと、小十郎はしれっと横を向いた。柚月は小十郎の何か引っ掛かる物言いにムカッとしながらも、政宗に詰め寄った。


「分かってるよ、でも村の女の子は使えないんでしょ?私しかいないじゃない」


「確かに小十郎の言う通り有難い話だが、その案を飲む訳にはいかねぇな」


「どうして?」


「確かにお前は村の女じゃねぇけど…、かと言って犠牲にして良いってのは違うだろ。危険と分かりきった真似をさせる訳にはいかねぇよ」


「…政宗…」


予想もしなかった言葉に、柚月は思わず目を見開いて政宗を見つめた。


得体の知れない自分すらも守ろうとする政宗に、胸が熱くなる。


こうして城に住まわせて貰ってはいるが、そもそも本来、政宗が柚月の世話をする義理はない。


奉公ほうこうとぎを強要する訳でもなく、行く宛のなかった柚月に、ただ同然で衣食住を与えてくれているのだ。


(優しい人…、でも…だからこそ力になりたいな)


普通に提案を受け入れられるよりも、断然やる気の出た柚月だったが、言い返す事はせずに押し黙る。


「…とにかく、柚月…お前は下がれ。気持ちだけ貰っとく、ありがとな。ほら、夕餉までどっかで適当に遊んでな」


普段の柚月なら、ここで意地を通す所だが、言っても無駄だと政宗の様子で良く分かる。


「…分かった」


本心を悟られない様に素直に頷くと、柚月は執務室を後にした。


廊下に出ると、中から再び話を始めた二人の声が断片的に聞こえてくる。


(…政宗は駄目って言ってたけど…、素直に言う事を聞く私ではないのだよ)


部屋の前を立ち去り、自室に戻る途中に会った女中に、噂の村の大まかな位置を聞くと、意外にも目と鼻の先の様だ。


今から出ても夕刻には帰れそうである。


(囮の案は却下されちゃったけど…。様子を見に行って戻るくらいなら、私一人でも出来るよね)


目立つのは承知の上だったが、柚月は敢えて動きやすい制服に着替えると、こっそりと城を脱け出した。


見慣れぬ服装をした自分に、盗賊が目を付けて拐ってくれたなら、盗賊の隠れ家も分かり、政宗も喜んでくれるに違いない。


なんとも世の中を知らぬ、浅はかな娘の考えだが、足の速かった柚月は、捕まっても逃げられるだろうと言う根拠のない自信があったのだ。

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