指輪を求めて

にわかには信じられないが、今目の前で伊達政宗と名乗った男は、嘘を吐いている様子も、冗談を言っている様子もない。


「伊達政宗…、ならここは…米沢城?」


「ん?知ってんじゃねぇか」


(あり得ない…こんなのドッキリか何かだわ…、異世界トリップなんて…)


考え込んだり頭を振ったり、青ざめたり興奮したりする柚月の姿は面白いらしく、政宗は頬杖を付きながら柚月を眺めている。


それに気付いた柚月が、胡散臭そうに政宗を見返すと、政宗はようやく口を開いた。


「ん?百面相は終わったかい?」


「…私は今、自分の身に起きた出来事を直視出来ないの」


「そうだよなー。捨てられたなんざ、誰だって直視出来ねぇよなー、うんうん」


「違うっつーの!!」


捨てられたと言う言葉に反応した柚月が大声を上げると、政宗は哀れんだ目を柚月に向けた。


「認めたくねぇ気持ちは分かるさ。…まぁ、しばらくは此処にいろよ」


私はこ世界の人間じゃない。


異世界から来たんだと説明したい衝動に駈られるが、言っても信じてもらえない事は火を見るより明らかで、柚月は溜め息を吐きながら俯いた。


「…帰りたい…いや、帰らなきゃ…」


ぶつぶつと口の中で呟いた言葉は、政宗には聞こえなかった様で、政宗は再び腰を上げた。


「指輪…そうだ、指輪を探せば…!!政宗!!」


露店商の男が言っていた言葉を思い出し、柚月は焦った様に立ち上がった。


部屋を出て行こうとする政宗の着物の背を掴むと前に回る。


「おい…、仮にも一国一城いっこくいちじょうの主を呼び捨て…」


「そんな事より!!」


何かを言い掛けた政宗を無視して言葉を被せると、政宗は呆れた様に首を振った。


「…そんな事より…何だよ?」


「指輪を見なかった!?イミテーションの宝石が付いた…!」


両手で政宗の両腕をしっかりと掴み、詰め寄る。


「いみて…?」


「偽物の宝石の事よ!!見る角度で色が変わる不思議な石の付いた指輪…!」


必死な様子の柚月に気付いた政宗は、真面目に記憶の網を手繰り寄せるが、見覚えはないらしく、黙って首を横に振った。


「…悪い、見た記憶はねぇな」


「そ…う…、そうだよね…」


やはりあの森の中だろうか。

見付けられるかは分からないが、こうしていても始まらない。


柚月は布団から立ち上がると、キョロキョロと辺りを見回した。


「私の服は…?」


「服?あの奇抜な着物の事か?」


「そう、どこにあるの?」


今着ている寝間着の様な着物では動きにくい。


着なれた制服に着替えようと室内を探すが、柚月の着てきた制服は見当たらない。


「政宗…私の服は…?」


「あー、あの着物なら洗ってるんじゃねぇか?」


「洗ってる!?」


「だいぶ汚れてたからな、アンタを着替えさせた女中が持って行ったっきりだ」


「…洗って貰えるのは有り難いけど、ちゃんとしたクリーニングに出さないと型崩れしちゃう…」


困った様に顔をしかめ、柚月は改めて自身を見下ろした。


(…って、今はそれ所じゃない!着物でなんか動き回れないよ…)


「じゃあ…じゃあ!!何か動きやすい服はない?」


「動きやすい…服?」


「そう!着物よ、着物!走ったり飛んだりできる着物!」


そう言って跳ねて見せると、政宗は溜め息混じりに微笑んだ。


「…随分と元気だな」


「それ所じゃないの!」


尚も詰め寄る柚月に、落ち着けと手を振ると、政宗は自分から柚月を引き剥がす。


「あの森に探し物をしに行くのなら無駄だぜ」


「…え?」


「あの森は野盗が多い。普通なら誰も近寄らねぇ場所だ」


「野盗…?盗賊?」


「あァ。もしあの森に落とし物をしたなら、まず見付かる事はねぇだろうな」


「そんな…、じゃあ私…元の世界に帰れない…の?」


へなへなと力なく畳にしゃがみ込むと、柚月は途方に暮れた様に自分の手を見つめた。


(あの時…指輪を外さなければ…)


そうすれば、今も指輪はこの指にあっただろう。


だが、悔やんでも後の祭り。

既に賽は投げられている。


心底落ち込んだ様な柚月を見た政宗は、慰める様に大きな手で柚月の頭を優しく叩いた。


「諦めんのは早いぜ」


「…!!何々!?見付ける方法があるの!?」


どん底に落ち込んでいた柚月が打って変わった様に明るくなり、顔を上げると、政宗はにやりと笑う。


「あの辺りを拠点にしてる野盗は、手に入れたお宝を町に売りに出す」


「町…?」


「そうだ。もしアンタが落としたモンを見付けていたら、売りに出されるかもな」


天はまだ柚月を見捨てていなかった。


元気を取り戻した柚月が町に連れて行ってくれと頼むと、政宗は首を横に振る。


「気が早いって。今すぐ行っても、それこそ無駄足だ」


「じゃあ、…いつなら良いの?」


柚月ふて腐れた様に頬を膨らますと、政宗は笑って再び柚月の頭を叩いた。


「奴等はある程度のお宝が集まってからじゃなきゃ、町に姿を現さねぇからな。時期が来たら必ず連れて行ってやるから、少し待ってろよ」


面倒な相手を黙らせる常套句じょうとうくにも聞こえるが、何故だかこの人は信用出来る…と柚月は感じる。

それに乙女ゲームの攻略キャラクターだ。悪い人間のはずがないし、何より柚月に向ける視線は優しいものだ。


政宗が連れて行ってくれると言ったのだから、必ず連れて行ってくれる。


そう感じた柚月は、ゆっくりと頷いた。


「良い子だ」


微笑みながら柚月の頭を撫でると、政宗は思い出した様に口を開く。


「とにかく、風呂に入って腹ごしらえでもしろ」


「…うん、分かった」


しばらくはこの城で過ごす事になるだろう。


こうなると、順応性の高い柚月は好奇心を抑えきれずに再び政宗に詰め寄った。


「政宗!!私、お城の中を見てみたい!!」


「あ?…構わねぇが…迷子になるぞ?っつーか、風呂!入ってこいよ!いくら身体を拭いたって言っても、泥だらけだったんだぞ!」


「分かってるわよ、お風呂に入った後なら良いわよね?」


わくわくした様に話す柚月に困った様に頭を掻いた政宗は、渋々と言った様子で頷いた。


女中じょちゅう達の邪魔をするなよ?」


「もちろん!」


色々考えたい事もあるが、考えたところで納得出来る答えはないだろう。

ならば、今のこの世界を楽しもう。


「よし、なら構わないぜ。だが勝手に城を抜け出すなよな?次に森で迷子になっても探しに行かねぇからな」


「分かってるよ!」


結局、城主である政宗から了承を得た柚月は、逸る気持ちを抑えながら、部屋を飛び出した。


その様子を一人残された政宗は溜め息混じりに眺め、賑やかな奴が来たな…と、これからの日常に、諦めにも似た思いを馳せるのだった。

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