第47話 これでクエスト達成です
ティールの森の探索を始めてから今日で三日目になる。
さすがに森で三日も過ごせば嫌でも体が順応するもので、悪路の歩き方もだいぶこなれてきたと実感する。
それは幼女たちも同じみたいで、初日と比べるとダンジョンにかなり慣れた様子だった。
しかし体とは反比例して心の方はそうでもない。
前日に遭遇した冒険者たちの死をまだ引きずっているのだろう、みんなのまとう雰囲気はどことなく重い。
ただまあ他人が言ってどうなる話でもないため、時間が解決してくれることを願うしかない。
「ねぇ、あれって」
そんな中、警戒しながら前方を歩いていたセイが突然立ち止まった。
どうやらなにかを発見したようだ。
その背中に追いつき、彼女が指差す方向を見る。
するとこれまでのうっそうと生い茂った木々から一転、まるで休憩場所のように開かれた広場が出現した。
モンスターがねぐらにでもしているのか、足下に根ざした多種多様な草花のどれもが踏みしめられている。
潰れた花から漂う甘い蜜の薫りに混じってひどい獣臭もしていた。
「……もしかして、ここがフォレストベアとやらの住処ですの?」
ちょうど俺も同じことを考えていたところだ。
もちろん推測ではなくれっきとした根拠がある。
というのもオダボイの樹は全長三十メートルを優に超える巨木なのだが、それの一部と思われる物がこの先から顔を覗かせている。
またフォレストベアの習性の一つに開けた場所で子育てをするというのがあり、ここはその条件とも符合する。
よってここが奴らの住処である可能性が高い。
そうでなくてもこれほどキツい獣臭を発する候補はそう多くない。
地図の埋まり具合からそろそろ着いてもおかしくないとは思っていたが、いざたどり着いてみると、感慨深さよりもやっとかといった気持ちの方が強かった。
もっといえば本当にフォレストベアはいないのかといった猜疑心が感想の八割を占めている。
いくら幼女たちが優秀とはいえ、奴が出てきたら是が非もなく逃走するしかないからな。
しかも無事に逃げ切れる可能性はすこぶる低い。フォレストベアの瞬発力と持久力はかなりのものと聞く。
本来なら敬愛するヴィオレットさんの言葉を疑うべくもないのになぜか嫌な予感がしてならない。
「みんな、気は抜くなよ」
なんにせよ、いつまでもここでもたもたしているわけにもいくまい。仮に奴らがいないとしても他のモンスターまで出てこないとは限らないからだ。
一昨日のセイの言葉を引用するわけではないが、さっさと用事を済ませてとっとと退散するに越したことはない。
「行こう、ただしくれぐれも周囲に注意を払うのを怠らないようにな」
幼女たちを促して慎重に歩を刻む。
フォレストベアの住処と思われる場所に足を踏み入れた瞬間、言いようのない不安に駆られた。
脳が勝手に悪い想像をしているのか、それとも俺の第六感が警鐘を鳴らしているのかは分からない。
分からないけれども、とりあえず頭の隅に留めておく。
右には熟れた果実を実らす樹木が、左には蟻塚のようにこんもり盛り上がった土だまりがある。
いずれも異様な雰囲気を醸し出しており、俺たちの不安を煽る。
結局何事もなく抜けられたが、それでもまだ安心はできなかった。
目標を前にして不運に見舞われることは、往々にしてよくあることだ。
だからこそできるだけ緊張は絶やさない。
今度は不気味なほど静かな一本道を慎重に進んでいく。
やがて目の前に太く猛々しい幹が見えてくる。
そこにあったのは、やはりオダボイの樹だった。
樹齢は何年だろうか、森の奥地にどっしりと根を張るその大樹は見上げるのが困難な高さからまるで森全域を見守るかのように鎮座している。
成人男性が十数人で輪を組んでも囲えないほどの幹周りの大きさ、肥沃な大地の栄養を十分に吸って成長したその様は、正に圧巻の一言だった。
これまでの緊張も忘れ、しばし見入ってしまう。
「……よし、さっそく樹液を採取しよう」
背負っていた冒険者用鞄を地面に下ろし、中から樹液採取用の小瓶と愛用のナイフを取り出す。
まずはオダボイの樹に近づき手に持ったナイフで二、三回その表面を深く削った。
しかし木の皮が厚く、なかなか内部を露出させることができない。
「やっぱり固いな、無理するとこっちの刃が折れてしまうなこりゃ」
「どいて」
そんな俺を見かねたセイが大剣を握り、樹の表面を抉るように振るう。直後、その一振りであっさり削られた箇所からじわりと黄金色の液体が滲み出てきたので彼女にお礼を述べつつそれを小瓶に詰めていく。
中身は半分くらいあれば問題ないだろう。
何度かこの工程を繰り返し、半分ほど貯まったのを確認したところで作業を終了する。
ここにたどり着くまであれだけ苦労したというのに、最後は驚くほどあっけなく終わってしまった。
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