第45話 不穏な気配

 梢の隙間から差し込む朝日が眩しいこと。

 すっくとその場で立ち上がり、二度三度深呼吸を繰り返す。森特有の澄んだ空気が体に残った眠気を残さず吹き飛ばしてくれた。


 懸念していた体の倦怠感だったが、睡眠を取ったことにより前日の疲れは持ち越していないようだ。

 おかげで清々しい朝を迎えることができていた。

 ゆっくり休ませてくれた幼女たち、特にセイには感謝しないとな。


「みんな、朝だぞ」


 というわけで、俺からは目覚ましのお礼だ。

 眠っている幼女を一人ずつ起こし、近くの小川で顔を洗わせた。ひやり冷たい水が意識を引き締めること請け合いだ。

 洗顔から戻ってくるなりみんな続けて体ほぐしのストレッチを行う。

 ここがダンジョンの中でなければ、実に健康的な光景だ。


 モンスターが活動を始めるのは大抵朝方を過ぎてからなので、なるべく早く朝食を済ませて少しでも安全な内に行動を開始したい。

 そんな事情もあり朝食は携帯食料でまかなうことにしたのだが、その際スティングベルは俺の手料理が食べたいと嬉しいことを言ってくれた。

 けれどもゆっくり調理に時間を割いている暇はないため近いうちにまた腕によりをかけた手料理を振る舞うことを約束し、なんとか彼女を説得することに成功した俺たちはこの場所を後にした。


 今日もまた地図の空白を埋めながら周囲を探索。

 目下(もっか)森の奥地へと続く道を探している最中だが、進展はない。

 せっかく新しい道を見つけたと思ったらいつの間にかさっき通ったところに戻ってきていたり、かと思えば見逃していた脇道を見つけたりと、一進一退を繰り返していた。

 お手製の地図がなければ完全に迷っていたことは想像に難くない。


 そうそう、ふと気づいたのだが、昨日との探索で変わったことがある。


 一つは、幼女たちがこちらの意見にも素直に耳を傾けるようになったこと。

 それ以前は俺の意見は無視するかケチをつけるかだったのに、今はみんな普通に聞き入れてくれる。

 それは戦闘時でも同じで、前衛のセイたち三人もそうだがなにより後衛に控えるアーリアとパストが積極的に俺に指示を仰ぐようになった。 

 おかげで昨日みたいな魔力切れに陥るということは今のところない。


 また幼女たちの俺に対する態度もずいぶんと軟化した。

 ようやく自分のことをパーティーメンバーの一員として認めてくれたのだろう、最初の頃はそれこそ邪魔者扱いだったというのに、現在ではそれが嘘であったかのように心を開いてくれていた。

 今回の冒険を経て、幼女たちの輪にずいぶん溶け込めたと思う。吊り橋効果というわけではないが、やはり冒険者と信頼を深めるには一緒にダンジョン探索におもむくのが一番だと実感した。


「おいハゲ、あれはなんだ?」


 などと思考に耽っていると、俺の前を歩いていたスティングベルが太い樹にぶら下がっている茶色の木の実を指差した。

 やっぱり盗賊だな、視野が広い。

 それとも彼女が食いしん坊だから食べられそうな物に自然と目が行くのだろうか。どちらでもいいが後者だったら面白い。


「あれはナムの実といってな、殻をつぶせば中から良質の油が採れるんだ」

「へー、お兄ちゃん物知りだね!」

「まあこれぐらいはな。そうだ、料理にも使えるし、いくつか採取しておくか」

「わたしも手伝う!」

「めしにやくだつならスティもてつだうぞ」


 幼女二人と協力して、力強く実っているナムの実を六個ほどもぎ取る。

 一個がちょうど手のひらに収まるサイズなので、荷物を逼迫することもない。余らせて店で売却してもそこそこの値がつくし、実に優秀な木の実だ。

 ただ難点として、ナムの実は衝撃にいささか弱いので取り扱いには注意しないといけない。

 誤って荷物を油まみれにされても困るしな。

 一通り採取を終えると、少し先の方で待ってくれていたセイたちにすぐに追いつく。


「みんな、この先は道が狭いから気をつけるのよ」

「へいきだぞ。スティはエヴァみたいによこはばをとらないからな」

「わ、わたくしが横幅を取るのは単に騎士の重装備のせいですわよ!」

「わぷ、蜘蛛の巣……」

「うええっ、なんかみょーにやわっこいの踏んだし! これモンスターのフンじゃないよね!?」 


 セイの忠告通り森の奥地に進むにつれてだんだんと道幅が狭まっていき、嫌でも獣道を歩かなければならない状況が多々あった。ぬかるんだ泥地に足を取られ、必要以上に疲弊させられたりもした。

 普段町中にばかりにいるせいで、どうしてもこういった悪路に慣れる機会がない。しかもこのような道が連続して続き、せっかく水浴びで落とした泥や汗汚れが再度付着する不快感につい仲間内の誰かが不満をもらしかけた時だ。


「ああああああ……」


 突如として前方の節くれ立った木々の隙間から人間の悲鳴が聞こえた。

 間髪置かずに何者かの唸り声も響いてくる。


「今のって……」


 俺の幻聴かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 すぐ近くの幼女たちもはたと足をとめ、耳を凝らしていた。どうやら悲鳴の出所を探っているみたいだ。一般的に聴力とは十代前半を境に年々劣化していくそうなので、魔力を使わずとも俺より幼女たちの方が音を聞き取る能力は高い。


「あちらの方から声が聞こえてきましたわよ。どうしますか?」

「もしかしたら誰か襲われてるのかも。とりあえず行ってみるわよ!」


 そう言ってセイは大剣の柄に手をかけたまま率先して走り出す。とめる暇もなかった。


「くそっ……」


 頭上すれすれの垂れ枝と、地面にのたくった木の根にけつまずかないように注意しながら駆ける。

 木々の向こう側に近づくにつれ、空気中に濃い血の臭いが混じっていることに気がついた。

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