第43話 色気より食い気?

「いんやー、一時はどうなることかと思ったけど、アーたんが無事でよかったー」


 幼女たちがまたぞろ沐浴から戻ってきたのは俺とアーリアが仲良くなってから数分後のことだった。

 全身からぽたぽたと水滴を垂らし、各々下着姿のまま焚き火にあたる。冷えるとはいえ春の気候だ、すぐに体も乾くだろう。


「やーんもう、レイちーったら目がやらしすぎー」


 と、俺の視線に気がついたパストが両腕で自身の胸元をかき抱いて黄色い声を上げた。

 ついでに体もくねらせる。

 これはまたお約束だな……。


「いくらあーしたちが可愛いからって、エッチな目で見られると困るんですけどー?」

「いや、俺もそこまで落ちぶれてないから」

「なにをーっ!」


 これがもしヴィオレットさんの下着姿ならあまりの眼福に脳がつぶれる可能性があるが、いくらなんでも幼女相手じゃあな……。

 よくて「実に健康的な体だな」といった感想しか浮かんでこない。

 ましてロリコンでもないし、成熟しきっていない体に興奮なんてするわけがない。


「ほーらレイちー、セクシーなポーズだよー。……どう、鼻血出そう?」

「あーはいはい、せくしーだね、そうだねー」


 ドヤ顔で腕を組んだポーズのどこがセクシーなんだよ。

 腕か、腕の組み具合か?


「もうパストちゃんったら、お兄ちゃんが困ってるでしょ」

「あれ、アーたんがあれだけ怖がってたレイちーをかばった? それにお兄ちゃん呼びってどゆこと」

「うん、レイドさんって呼びにくいからお兄ちゃんって呼ぶことにしたの。ね、お兄ちゃん?」


 同意を求められたので頷くとパストは意味ありげにニヤついて、


「へぇー。まあ、仲良くなるのはいいことだし? けど意外だなー、まさかレイちーが妹萌えだなんてー」

「おい待て、別に俺が強要したわけじゃないからな?」


 変に誤解されるのも嫌なのですかさず訂正をしたものの、パストは『大丈夫、全部分かってるから』みたいな感じでグッと親指を立てた。

 駄目だ全然伝わっていない、なんにも大丈夫じゃないよ。


「妹が燃えたら大変じゃないの?」

「セイさん、言葉は似ていますがニュアンスが違いますわ。この場合の萌えとは、対象への深い愛情を表してますのよ。つまり平民は架空の妹をアーリアさんに演じさせることで、彼女を自身の汚い欲望のはけ口にする腹づもりなのですわ」

「うわっ、変態じゃないの!」

「ちょっとそこ! 好き勝手なこと言ってるんじゃない! ないからな? そんな腹づもりはないからな?」


 突っ込みが追いつかない。なんでこういう時だけ話に混じってくるんだこいつらは。


「そんなことはどうでもいいからハゲ、いいかげんめしをくわせろ。はらへった」


 一人この話題に乗っかってこなかったスティングベルが食事を催促してくる。

 空腹で気が立っているのだろう、人形めいた彼女の相貌が憤怒に彩られていた(とはいっても眉毛が少し逆立っている程度だが)。

 ちょうど話題を遮るチャンスでもあるし、彼女の怒りが爆発してしまう前にさっさと夕食にしてしまおう。


「そだねー、今日はいっぱい頑張ったからあーしもお腹ペコペコー」

「アーリアはもうご飯食べられるの?」

「うん、平気だよ。ちゃんと休んだら食欲出てきたから。心配してくれてありがとうセイちゃん」

「そういうわけですので平民、早めに食事の用意を頼みますわね」

「おうよ。待ってろ、すぐ済ませるから」


 といっても事前に下準備は終えていたので、後は簡単な調理をするだけだ。

 日中狩った獲物の中にヘアリーボアという猪型のモンスターがいたので、本日のメインディッシュはこいつを使った野性味あふれる肉料理だ。


「さてと……」


 さすがにすべての部位を持ち歩くにもいかず今日食い切れるだけの分しかカットしていなかったが、それでも十分な量はある。

 人数分に切り分けた猪の肉をそこらの枝を削って作った串に刺し、焚き火の周りに等間隔で配置していく。


 肉に火を通している間に時間がもったいないので次の料理へと取りかかる。

 小川から汲んでおいた水を鍋に入れると、それを円状に石を固めて作った簡易コンロの上に乗せて火にかける。

 沸騰までの間に、小川に生息していたヒミズウオという淡水魚を調理用ナイフで捌き、骨に付随する内臓ごとずるずると引き抜いた。

 この作業を怠ると臭みと苦味が残るし、なにより素材の風味が落ちる。

 

 引き抜いた骨は丁寧に洗い、残った内臓を余さず削ぎ落とす。

 綺麗になったのを確認すると、今度はそれを鍋の中に投入した。ヒミズウオの骨からは良質な出汁が取れるのだ。


 冒険者用鞄から岩塩の入った小瓶を取り出し、蓋を開けて三度ほど軽く小瓶を振る。

 下味はこれでいい。最初から味を濃くしすぎると、味付けに失敗する確率が高まるからな。

 ぷりぷりとしたヒミズウオの白身は、食べやすい一口サイズに切って脇に待機。

 早くから煮るとせっかくの食感が損なわれるので仕上げの時まで出番はなしだ。


 鍋の水が湯に変わりつつあったので道中で拾った野草を入れて数回かき回す。すると熱で色が抜け、鮮やかな緑になった。

 この野草は油でからっと揚げても美味いのだが、あいにくとそんな用意はない。

 機会があればそっちも幼女たちに振る舞ってやりたいな。きっとお気に召すだろう。


 おっと、そんなことを考えている間に水が完全に沸騰したようだ。火力調整をするために火種に水をかける。常に一定の勢いで燃えている火とは違い、不安定な火勢なので燃え広がることはない。

 ぶわっと蒸気が上がった鍋に香味料などを加えて味を整えていく。

 味が決まると、ここでようやく白身を投入。

 それから少し煮ればまずはヒミズウオのスープのできあがり。


 肉串のところに戻ると、ちょうどいい具合に肉が焼けていた。

 このままシンプルに岩塩を振って食ってもいいのだが、それじゃあ芸がない。

 料理人のプライドとしてあいつらにはより美味い物を味わってもらいたい。

 そこで登場するのが、このレイド特製の調味ダレである。

 

 こいつは酸味の効いた赤リンゴをベースに、実に十種類もの食材を煮詰めて瓶詰めした秘伝のタレだ。正に俺の珠玉の作品と言っても過言ではない。

 この極上のタレを肉串の上から垂らし、もう一度表面を軽く炙る。そうすることで肉に味が馴染み、さらなる深いコクが生まれるのだ。


「……おい、なんだこのうまそうなにおいは」


 なんだ、モンスター以外にもここに嗅覚の鋭い獣がいたか。

 香ばしい肉の香りにつられて、スティングベルがやって来る。

 彼女は待ちきれないのか、口の端からだらしなくよだれを垂らしている。普段は感情が読めない顔をしているが今は簡単に分かってしまう。

 すなわち、早く食わせろ、と。


「もうすぐできるから良い子にして待ってろよ」


 肉の加減を見極めつつ席に戻るよう促すと、彼女はこくりと頷き素直に去って行った。

 まあ、目の前で作ってるんだし席に戻れもなにもないのだが、一応な。


「……よし、完成だ」


 本日のディナーはヘアリーボアの焼き肉串とダシの効いたヒミズウオのスープだ。初の料理にしてはなかなか豪勢ではなかろうか。

 基本ダンジョン内での食事は自給自足が当たり前なのでこのように腹にたまる食事なんておいそれとできなかったりするのだが、そこが森のダンジョンなのが幸いした。


「さあみんな、食べよう」


 と俺が声をかけるよりも早く、幼女たちは食事に手を伸ばした。

 食前の挨拶をきちんと言えと説教すると、そんなのはもどかしいとばかりにぞんざいないただきますをしてから食事を開始する。

 よっぽどお腹が空いていたのだろう、幼女たちは脇目も振らずに口に食べ物を運んでいく。

 武器を握っていた手で今度は食べ物をかっ込んでいくが、見ていて実に気持ちのいい食べっぷりだ。


「ちょ、うま、なにこれ」

「……ふん、見た目は粗野ですが、味は悪くはありませんわね」

「なんか一日の疲れがどっかに行っちゃう感じね」

「お兄ちゃん、美味しいよ」


 ある程度食事を堪能したところで口々に料理への感想を漏らす。言うまでもないが絶賛の嵐だ。

 執事の格言の一つにパーティーメンバーの心を掴むにはまず胃袋からというのがあるが、このことに違いない。

 自慢だが、俺は料理の腕もプロ級なのだ。


「……おいハゲ、おかわりはないのか?」


 一人一心不乱に食べていたスティングベルが空になった皿を差し出しながらそう催促してくる。そのあまりの早さに苦笑しつつ、まだ余っているスープをよそってやる。

 彼女は俺の手から皿を引ったくると、母親の乳に吸い付く赤ん坊のようにそれを飲み始めた。

 そんなに急がなくても、誰も奪いやしないのに。

 たくさん食べてくれることは嬉しいが、もう少し落ち着いてほしい。


「……ふう。スティはハゲのめし、きにいったぞ。なかなかやるな、ハゲ」

「そりゃどうも。ハゲちゃいないけどな、俺」


 でもまあ、誰かに褒められて悪い気はしない。

 スティングベルは口数こそが少ないが空になった皿が代弁してくれていた。

 美味しい食事は人の心を朗らかにしてくれる。

 いつの日か俺の料理でこの子を笑顔にしてみたいものだ。

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