第40話 保護者と一緒に野宿のお手伝い

 さきほどまでとは打って変わり広い土地に出た。

 すぐ脇には小川が流れている。ここならば十分に体を休めることができるだろう。

 周りを観察するとここ二、三日以内だと思われる焚き火の跡があった。もしかしたら他のパーティーもこの森を訪れているのかもしれない。


 ひとまず平坦な地面にアーリアを先に寝かせて(パストは一足先に体調が回復していた)、近くの水を汲みに行く。

 流れが穏やかで透き通った綺麗な水だ、これなら飲み水にも使えるだろう。貴重な水場なので、後で必ず地図にも記載しておかなくては。


 冒険者用鞄から水筒と医療用の乾布を取り出すと片方には水を補給し、もう片方はさっと湿らせた。

 それら二つを持って戻るとまずは汲んできた水をアーリアに一口飲ませ、それから額に濡らした布をかける。

 気休め程度だが、ないよりはマシだ。


「……ごめんね、みんな。わたしのせいで」

「そんなの気にしないでいいわよ」

「困った時はお互い様ですわ」

「むしろあーしこそごめんね。なんか先に元気よくなっちゃって」

「ふだんからちゃんとめしをくわないからだ」

「うん、そうだね……」


 アーリアからの返事は普段にも増して小声だが、青ざめていたさっきまでと比べるとずいぶん顔色もよくなってきている。

 一時はどうなることかとひやひやしたが、この分だと今のところは問題なさそうだ。

 だからといってぶり返されても困るので、ここは大事を取ってもう少しゆっくり休ませておく。

 どうせ俺たちにも休息は必要なのだから、これもいい機会だ。  


「魔法で消費した体力を回復するためにもちょっと仮眠を取った方がいい」


 そう促すと、アーリアはこくりとほんの少し首肯してから目を閉じた。

 よっぽど疲労が蓄積していたのだろう、すぐさま可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 そのまま彼女の寝顔をずっと眺めていたい衝動に襲われるが、頭を振ってその邪念を振り払う。

 危ない危ない。これだと本当にロリコンになってしまう。それだけは勘弁だ。だけどなぜか彼女にはそうしたくなるなにかがあるんだよなあ。


「ひとまず今日の探索はこれぐらいにして、ここで夜を明かそうと思うんだが、いいか?」


 アーリアを起こさないように意識して声のトーンを落とし、みんなにそう切り出す。


「そうねアーリアもこんな調子だし、これ以上無理をさせらんないわ」

「広い土地と水。一夜を過ごすには絶好のポイントですしね」

「あーしもくたくたー。動きたくなーい。汗臭いのもやだし、早く水浴びしたーい」

「スティもはらがへった。ひるのあれじゃぜんぜんたらん」

「決まりだな」


 四人の幼女から許可も下りたことだし、さっそく野営の準備に取りかかることにする。

 日が沈む前にここを発見できたのは僥倖だった。

 最悪夜間の探索も覚悟していたが、それも杞憂に終わったようでホッとする。夜目が利かない中での行群は危険きわまりないからな。


「まずは殺臭香を焚くから、香りが充満するまでは警戒を解かないでくれよ」


 殺臭香とはモンスター避けの一種である。

 セミロナ草から抽出された成分で作られた香で、これには獣が嫌がる臭いを発する効果がある。

 休憩中はどうしたって無防備になるので、臭いに敏感な獣型モンスターから身を守るのに欠かせないアイテムだ。

 欠点は持続性に欠けること。

 そのためダンジョン内で野宿をする場合、誰かが火の番をしながら香を焚き続ける必要があるのだ。


「……よし、みんな肩の力を抜いて平気だぞ」


 しばらく殺臭香の前で待っているとようやく効果が出てきたのか酸っぱいような苦いような、そんな独特な臭いが立ちこめてくる。

 つんと鼻が刺激され、鼻腔の奥がムズムズする。

 獣型モンスターの嗅覚は軽く人間の二倍から五倍ほどというし、なるほど確かにこれは鼻が利く奴にとってはツラいだろう。


「うげっ、やば、くさっ!」


 もっとも臭いに敏感そうなパストが鼻を摘まんでわめき散らし、口にこそ出さないがセイも同じく顔をしかめている。

 年頃の女子には耐えがたい臭いだろうがこれも身を守るためだ、なんとか我慢してもらうしかない。


「……そうですか? わたくしは特に気になる香りではございませんが」

「ゲロみたいなにおいがすきなんておかしなやつ」

「別に好きとも言ってませんわよ!」


 安心したのかエヴァンジールとスティングベルの口数も増えてきている。この二人もなんだかんだで仲がいいな。

 戦いから一歩離れればやっぱり幼い子供だ。


 すっかり弛緩した空気にようやっと心と体を落ち着ける。

 みんなの前では平静を装っているが実は俺も体力の限界なのだった。

 がくついた足を誰にも悟られないようにゆっくりと腰を下ろした。

 ふーやれやれ老体に長時間の歩行は堪えるわい、……なんてな。


 さてと、まだ明るい内に地図の作成できたところまで再確認しておこう。

 足下に地図を広げ、まずは俺たちが今いる地点を書き加えた。

 ぐねぐねと蛇行していた曲線を引き継ぎ、そこにびーっと直線を繋げた。

 すぐ脇に小川を示す青ラインを引いて、完了。


 さっそく書きあがったばかりの地図を眺める。

 今日だけで方眼紙の半分を埋めていた。

 このままのペースなら、ティールの森を踏破するのに数日とかからないだろう。

 初日からこれだけ攻略が進んだのもひとえに幼女たちの能力のおかげである。

 そんなことを考えていると、不意に背後から影が差す。


「なにしてんのレイちー?」

「ん、地図を整理してたんだ」

「ふーん、よく頑張ってるんだね。面倒くさがりなあーしには無理そう」

「それでいいんだよ。これは執事の仕事だからな」


 地図を丸めながら返事をする。

 どうでもいいがパストさん、さっきからなんだか俺の背中に柔らかい物が当たってるんですけど。

 といってもこの程度で取り乱すほど初心(うぶ)じゃないのであえて指摘はしないが。

 や、別に感触を堪能してるわけじゃないですよ? ホントっすよ?


「おい、めしのじかんはまだかハゲ」

「悪いがもう少し待っててくれるか。それと何度も言ってるが俺はハゲじゃないからな」


 「ハゲ」「ハゲじゃない」はスティングベルとのお決まりのやりとりとなっているが、しかしながら聞き流すことはできない。

 ハゲが事実ならまだしも彼女のは幼児特有の毒舌だからな。それに誤って人前で呼ばれても困るし、今の内に矯正しておかないと。

 俺にはちゃんとフサフサの髪の毛があるってな!


「めしがまずかったらしょうちしないぞ、ハゲ」


 ああもうさっそく無視かい。


「任せとけ。料理も執事の必須スキルの一つだからな。期待して待っててな」


 結局こっちが折れた。

 なんかもう好きに呼ばせることにする。

 だって事実無根だし……ってああん? 誰の毛が無根だって?


「……ねえ、アンタ」


 む、今度はセイか。

 さっきから入れ替わり立ち替わり誰かしら来るなあ。懺悔室で告解を聞き入れる神父様じゃあるまいし、なんだってまた。


「なんだ? お前もお腹すいたのか?」

「違うわ、いや違わないけどそうじゃなくて。ね、あたしにもなにかできることある?」

「……なんだいきなり。俺の見てないところで変な物でも食べたのか? 拾い食いは感心しないぞ」


 つい茶化してしまう。

 だってそうだろう、あれだけ俺を毛嫌いしていたくせに突然「あたしにもなにかできることある?」ときたもんだ。これがなんの冗談だって話だよ。


「やっぱりいいわ」


 俺の発言に腹が立ったのか、セイがそっぽ向いて戻ろうとしたので慌てて引き留める。


「いや悪い悪い、まさかお前の口からそんな殊勝な言葉が出てくるとは思ってなくてな。でもいきなりどうしたんだ?」

「別に……。ただ、アンタには貸しができたから」


 もしかして日中のことを言っているのだろうか。

 あれは見かねて勝手に指示を与えただけで、実際にスティングベルを助けたのはセイたちだ。いくら知識があろうとも俺だけではどうしようもなかったしな。

 だから貸し借りな土気にすることはないのだが、せっかくの申し出を無下に断るのもなんなのでここは一つ頼むことにする。


「分かった。ならこの辺りで暖に使えそうな枝とか集めてくれるか?」


 とはいってもセイも疲れているだろうから(表情にこそ出ないが)簡単な仕事だけど。


「はいはい、了解」

「はいは一回!」

「……いちいち細かい男よね。まったく、あたしの保護者かっての」


 ぶつくさ呟きながら、セイは去って行く。一応、保護者のつもりなんですけど。

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