第39話 これからは大人の言うことはちゃんと聞きましょう

「セイ、エヴァンジール、二人ともよく聞くんだ、スライムは固まった衝撃に弱い! だからセイは剣の腹で、エヴァンジールは防御用の盾で思いっきりそいつらをぶっ飛ばせ! スティングベルを捕えている個体からの反撃は気にするな! 獲物の捕縛に集中するあまりまずなにもしてこない! そのまま力づくでスティングベルを引っ張り出すんだ!」

「わ、分かった、任せて!」


 声を張り上げ、端的に指示を伝えると前方の二人は素直に頷いた。

 もはやあまり時間がないことが分かっているからだろう、特に反発することもなく即座に行動を開始する。

 

「どっけぇ!」


 セイは駆け出しながら上半身を右に捻り、両手で握った大剣をフルスイングする。

 コアハートを移動し終わるより先に暴風のような一撃をその身に受け、スライムが四散する。

 あの手強かった敵がいとも簡単に息絶えたことに彼女は驚いた様子であったが、呆けている場合ではないとすぐさまスティングベルの元へと向かう。


「はああああああっ!」


 続けてエヴァンジールも正面に盾を構え吶喊。

 図らずも騎士の攻防一体技『シールドバッシュ』の形を取りつつ、さながら一本の槍と化した彼女がスライムと激突する。

 奴のゼリーじみた軟体ボディもその衝撃の前には一溜まりもなく、まるで水風船でも割れたみたいに辺り一面に残骸をまき散らす。


「今助けるからねスティ、だからあと少しだけ頑張って! 死んだりなんかしたら絶交よ!」


 ようやく追いすがったセイが躊躇なくスライムに手を突っ込んだ。

 粘膜の海でおぼれていた仲間の腕を掴むと強引に引き抜こうとする。

 しかしいくら力持ちの幼女であろうともなかなか上手くいかない。

 これがもし彼女一人だけだったら、救出はここで終わっていただろう。だけど彼女にはパーティーがある。もしもの時の仲間がいる。


「わたくしもお手伝いしますわセイさん! 二人でなら助けられますわ」


 少し遅れて駆けつけたエヴァンジールも加勢し、一緒になってセイの腰を引く。


「ふんぬぬぬぬぬ!」

「くあぁぁぁぁぁ!」


 パワフルな幼女二人がかりではさしものスライムも力負けた。

 綱引きの要領で一気に引くとすぽんとまるで野菜のようにスティングベルが抜け出てきた。

 そのまま三人仲よく後ろに倒れるが、その直後に素早く構えを取ったセイが不安定な態勢をものともせずに大剣の腹でスライムを叩いた。

 そうしてこれまでの鬱憤すべてを乗せた一撃は、見事オリジナル個体を打ち倒すことに成功した。


「げほっ、げほっ」


 肝心のスティングベルだが、苦しそうにえづいていたがなんとか生きていた。スライムの粘液で全身濡れているものの五体無事である。

 これがもしも洞窟ダンジョンに生息するスライムの亜種アシッドウーズだったら、今頃とっくに溶かされていたことだろう。正に不幸中の幸いだ。間に合って本当によかった。


「大丈夫スティ!? どこか痛いところはない!?」

「しんぱいするな。けど」

「けど?」

「ゼリーみたいなのはみためだけでぜんぜんうまくなかったぞ、あいつ」


 ぺっ、ぺっ、とつばを吐く。

 スライムの体内に取り込まれた際に奴の体の一部を飲み込んでしまったのだろう。

 確かにスライムは食用には適さないと聞く。

 無味無臭の上、例の粘膜が邪魔をしてとても人が食べられる物ではないのだそうだ。

 しかし真っ先の感想がそれとは、さっきまで死にかけていたというのになんという胆力か。


「ちょっと、もう」

「スティさんらしいですわね」


 かけがえのない仲間のとんちんかんな発言に二人の幼女はすっかり気が抜けて笑った。


「すっごい、すごいよレイちー、ホントになんとかできちゃった!」

「おかげでスティちゃんが助かりました……っ」


 その一方で、瞳の端に涙を浮かべながら魔法使いコンビが俺にしなだれかかってくる。

 緊張の糸が解けてとうとう気力が途切れたか。

 彼女たちを優しく支えながら、戻って来た三人、特にエヴァンジールに向かって声をかけた。


「悪かったな、勝手に口出したりして」

「まったくですわ。平民に言われずともあのぐらい少し冷静になればわたくしたちでも対処できましたのに」


 調子を取り戻した彼女がふんと鼻を鳴らす。


「確かにお前たちなら、時間さえあれば自分らだけでも正解を導き出せていたかもな。スライムは衝撃に弱い。答えを聞いたらあまりに簡単だろ? ……けどな、仲間の危機という時間制限ができたことでお前らは焦ってしまった。その時点でもう終わってたんだよ」

「……どういう意味です?」

「焦りは思考を鈍らせる。ちょうど時間制限付きのなぞなぞの答えがすぐに思い浮かばないようにな。だけどそれがクイズなら? 事前の知識さえあればすぐに解答を叩き出せるじゃないか。もちろん知識だけあってもモンスター相手には通用しない。お前たちの力がなければ意味はない。それでも今回の件で、少しは俺の言っていることを理解してもらえたと思う」

「それはまあ、そうですが……」

「なにもみんなを自分の支配下に置きたいわけじゃない。そうじゃなくて、互いの得意分野を生かして協力しようぜって言ってるんだ。俺はこんなところで死ぬつもりもないし、お前たちを死なせるつもりもない。だからその上で頼むよ。俺にもお前たちの手伝いをさせてくれないか?」


 自分より年下の子たちにだけ戦わせているのは、これはこれで心苦しい。

 魔力がないから敵と戦えないというのはどうにもならないことではあるが、結局は男の身勝手な言いわけだ。 

 ならばせめて戦闘の面倒な作戦を考えるぐらいはさせてほしいというのが俺の切なる願いだった。


「それはそれこれはこれと言いたいところですが、平民の助言で窮地を脱したことも事実です。悔しいですが認めざるを得ませんわ」


 そんな願いが通じたのか特に反発していたセイとエヴァンジール、そして残り三人の幼女は頷いて。

 こうして俺はこのパーティーの指揮系統を任されたのだった。

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