第32話 腕相撲のコツはえいやっと相手ごとぶっ倒すことです

「——って、なにしてんだあいつは!」


 慌ててセイに詰め寄った。こんなところで素振りなんて危険にもほどがある。


「誰かに当たったらどうするんだ!」

「なによ、あたしだってちゃあんと周りを見てからやってるわよ。商品にだってぶつからないよう気をつけてたし。それになけなしのお金を払うんだからきちんとお試しして武器を選んでもいいでしょ?」

「そりゃそうだけど、頼むから店側に迷惑がかからない範囲にしてくれよ」

「はいはい」

「はいは一回だ」

「……めんどくさっ。アンタは小姑かっての」


 小姑じゃねえ、執事だ。

 パーティーメンバーの不始末はそれすなわち執事である俺の不始末でもあるんだよ。なんて、こいつには関係ないだろうがな。 


「それで武器は決まったのか?」 

「あたしはこれにするわ」


 セイが指したのは、彼女の身の丈ほどあろうかという無骨なフォルムの大剣ツヴァイハンダーだった。

 切るのが目的の片手剣とは違い大剣は叩く、または断ち切ることが主な使用法の重装備だ。どうやら彼女は生粋のパワーファイターらしい。

 確かにそこそこ似合っているが、大剣を振り回す幼女というのはなかなかにシュールではある。


「ちまちました攻撃は好きじゃないから、やっぱり剣はこっちでないと!」

「まあ本人がいいなら止めはしないけど……」


 もうその一本で決定なのか、セイは片手で軽々と大剣を持ち上げた。俺の脇をすり抜けのっしのっしとカウンターに向かっていく。

 あの華奢な体のどこにそんな力があるのかと感心したくなる。これが幼女パワーか。


 さておき、これで全員分の武器は選び終えた。

 他の幼女もカウンターに呼んで、それぞれの代金支払った。

 

 総額一万六千ドニー。

 王国探検隊からひとまず旅支度金として三万ドニーが支給されているから残りは一万四千ドニー、と言いたいところなのだが、既に三千ドニーが宿泊代に消えているので、正しくは一万千ドニーだ。

 これにもしもの時の薬代と食料費を合わせると、——うん、余裕で足りない。


 パーティーで共有する金でやりくりするのも執事の潤沢な仕事の一つだが、足りない金を即座に生み出すことはいくらなんでも無理なわけで。せいぜいできることといえば、どこかの支出を削ってその分を他に割り当てるくらいだろう。

 正直、財政状況は厳しい。 

 しかしこの程度で諦めるようならばそいつは執事失格である。


 とりあえず情報を整理してみよう。

 今の俺たちが、というより数多くの冒険者がもっとも優先すべきは武器と防具だ。必然的に削るのは薬と食費ということになる。


 幸い俺たちが向かうのは森、食料は現地調達でもなんとか賄えるだろう。

 従って次に優先するのは薬になるがこちらもある程度は現地の薬草などで代用がきくし、調合すれば簡単な回復薬くらいは作れるはずだ。

 だからこの二つを削って浮いた分の金も丸々相乗して防具費用に当てることにする。

 ただそれでもこの店で一番安い防具しか買うことはできない。せめてもう一万ドニーがあれば、もう一段階くらい上の防具にできるのだが。しかし無いものねだりをしていても仕方あるまい。


「ちょっとアンタ、あれ」


 資金繰りに悩んでいるとクイクイと服の袖が引っ張られる。セイが俺の袖を掴んだまま店の奥の壁を指さしていた。

 指先を辿ると張り紙があったので近寄って読んでみると、なにやらキャンペーン期間中らしく、あることをすればなんとこの店で使える一万ドニー分のクーポン券がもらえるのだそうだ。


 渡りに船とはこのことだろう。ちょうど一万ドニーがほしかったところにこんなキャンペーンがあるとはついている。

 詳しい内容を確認するため、さらに張り紙を覗き込む。


「……なになに、『当店の店員と行う腕相撲で勝つこと』。たったこれだけでいいのか?」


 あまりに簡単なキャンペーン内容につい拍子抜けしてしまう。


 腕相撲とはオウド皇国発祥の腕っ節を競う遊びのことだ。台の上で互いに肘をつき、相手の腕を先に倒した方が勝ちというシンプルさが受けて、この国でも人気がある。

 ちなみに俺たちが常用している漢字も三百年ほど前にオウド皇国から伝来した文字とされている。

 件の腕相撲といいあの国の独自文化は目を見張るものがある。


 それはそうと、こんなお遊びで一万分のクーポン券がもらえるのならやらない手はない。

 さっそく俺が申し込もうとすると、それを遮る影があった。


「あたしが出るわ」

「セイが?」

「他に誰がいるのよ」


 確かに、あの大剣を軽々と持ち運んだセイならば俺よりも勝率は上がるだろう。元より男では女の力に及ばない。悔しいが、事実だ。

 だけどそれでいいのか。

 自分より遙かに年下の幼女に大事な勝負を任せてしまってもいいのだろうか。


「なんだいお客さん、腕相撲に挑戦するんだって? だったらこのメガストロング・メスゴーリラバナナウッホさんが相手だよ!」


 などと葛藤している間にカウンターの奥からぬぅっと筋骨隆々な女性が現れた。


 あ、これ俺には無理だ、勝てないわ。

 あんな筋肉の塊に脆弱な男なんぞが挑んだら一瞬でミンチにされるわ。

 それはセイも同様だろう。だってこの店員の名前だけでもめっちゃ強そうなんだもん。

 片手で生搾りリンゴジュースとか作れちゃうんだぜ、きっと。


「止めとけ、いくらなんでも無茶だ。怪我する前に戻ってこい」


 一万ドニーは惜しいがセイの体の方がもっと大事だ。

 冒険に出発する前にメインアタッカーである彼女が腕を痛めたら元も子もない。


「は? アンタ、誰に物を言ってんの? いいからそこであたしがさくっと勝つところを眺めてなさいっての」


 なんとも頼もしい発言だが、自分から言い出した手前引っ込みがつかなくなってるのだろう。


「大丈夫だよレイちー、力勝負ならセイぷーは負けないから」


 と言われてもなあ。

 だってあれ体格差がえぐいことになってるぞ。

 まるで獅子と相対する蟻のようだ。

 だが仲間たちにはそう見えていないらしく、既にセイが勝つことを予感しているみたいだ。

 となるとここは俺もみんなに倣ってセイの勝利を信じるべきなのだろうか。 


「辞退する気はないんだね嬢ちゃん。悪いけど子供だからって手加減はできないよ?」

「クーポン券があたしを待ってるのに誰が辞退するもんですか! いいから負けフラグなんか立てないでちゃっちゃとおっ始めるわよ!」

「ひゅう、いいねえその度胸、気に入った! そうだね、戦士の間にもはやこれ以上言葉はいらない。——さあバトルスタートだ!」


 やけにノリノリな店員といざ戦いの火蓋が切って落とされる。そして互いに意地とプライドを賭けた熾烈な戦いが俺たちの前で繰り広げられる……かに思われていたのだが。


「えい」


 どぐしゃあ! 

 今の小気味いい音はどちらかの腕がカウンターの上に叩きつけられたことによって生じたものだ。

 すなわち勝者が決定したということになる。

 はやる気持ちを抑えながら確認すると勝ったのはまさかのセイだった。

 俺の目にはセイが軽く力を込めたようにしか映らなかったが、勝敗を決するのにはそれで十分だったらしい。


「…………」


 一瞬の出来事にメスゴーリラバナナウッホ店員は目を剥いている。なにが起こったのか自分でもよく分かっていないのだろう。


 そりゃあれだけ体格のハンデがあるにも関わらず負けたんだから現実をすぐに受け入れられるわけがない。

 しかし、勝ちは勝ちだ。 


「ね、あーしの言った通りっしょ?」

「ああ、そうだな。でも頑張ったのはセイだからな?」 

 

 なぜかドヤ顔をしているパストに軽い突っ込みを入れる。


「……ふ、負けたよお嬢ちゃん。完敗だ。この通算二十三人目のクーポン券はお嬢ちゃんたちの物だ。煮るなり焼くなり、好きなように使うといい」


 けっこう負けてるなおい。

 なんて無駄な筋肉なのだろうか。

 これじゃあセイが強いのか相手が弱いのか分からない。たぶんどっちもな気がするけども。

 それはそれとしてこれで一万ドニー分を防具代にあてがえるわけだ。正にセイ様々だ。


「よくやったぞセイ。お前のおかげで助かった」

「別にアンタのためじゃない。クーポン券とみんなのためなんだから勘違いしないでくれる? 気持ち悪いから」


 またまた照れ隠しに憎まれ口を叩いて……って、本気で『勘違いしないでくれる?』って表情だな。

 はいはい、うぬぼれてすみませんでしたね。あと気持ち悪くて悪かったですね。

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