第31話 みんなでお買い物に来ましたが、幼女たちの装備品選びは疲れます

 城下町に降り立った俺たちは、さっそく装備品を見て回ることにした。ダンジョンマネーで成り立つ国だけあって、一歩町を出歩くだけでもたくさんの冒険者とすれ違う。

 執事を抜かせばもちろん相手は全員女性だ。

 その波に埋もれないよう気をつけながら大通りのマーケットに赴くと、すぐに目当ての場所にたどり着いた。


 看板にはマゼンタ武具店と書かれている。

 この店のように武具店と表記されている店は内部で武器屋と防具屋が併設されているので、わざわざ二つの店を探す必要はないのだ。

 その分質が高い商品はあまり置かれていないが、持ち合わせの関係上妥協するしかない。


 とりあえず武器の方から決めることにして用入りじゃない俺は入り口で待機する。


「わっ、この口紅剣フランベルージュって剣、振ると先っぽから炎が吹き出すのね」

「あら、こっちの槍はボタンを押すと穂先が回転するみたいですわよ?」

「おい、こんなところにごぼうがあるぞ。ししょくしていいのか?」

「えっ、食べちゃ駄目だよぉスティちゃん。ごぼうじゃなくてそれこんぼうだから!」

「ちょ、あの杖先端にカエルの人形がくっついてる~。かーわーいーいー!」


 店頭に並べられた武器をきゃあきゃあ騒ぎながら試用している彼女たちを眺めているとやはり年相応の子供で、とても天才児には思えない。

 ましてや明日ダンジョンに向かうだなんて他の客は露にも思うまい。


「はいはい、悪いけどあまり予算もないから普通の武器を選んでくれよ?」


 黙っているつもりだったがこのままのペースだと日が暮れてしまうので、口を挟むことにした。幼女といえどやっぱり女の子だな。買い物が長い長い。

 これが俺だったら値段と性能を吟味して今頃もうとっくに買い終えているところだぞ。

 まあ買ったところであまり意味はないのだが。

 男が武器を持ってもほとんど使用する場面なんて限られているし。


「まずは決めやすいように武器の種類をいくつかに絞れ。そんで絞ったら俺の所に来い」


 入り口横から指示を出すと、再び引っ込む。

 腕を組みつつ待っていると一番最初にやって来たのはスティングベルだった。


「お、早いな。もう決めたのか」

「たべることいがいにはきょうみがない。めんどうだからぶきはおまえがえらべ」


 無表情のまま俺に命令してくる。

 

 おい表情筋、きちんと仕事しろ。

 というか食べること以外に興味がないって、よくそんなんで冒険者を志したな。

 しかもそれで飛び級するとか、こういうところが天才のそれなのかもしれない。

 とはいえスティングベルなりにこの俺を頼って(と思いたい)くれているわけだし、ちゃんと応えないとな。


「えーと、スティングベルは盗賊だったな。なにか得意な武器とかあるか?」

「べつにない。どれもふつうにあつかえるからな」

「そっか、なら俺の方で決めちゃってもいいか?」

「さっきおまえがえらべっていっただろ。もうボケはじめてるのか、ハゲ」

「……俺はハゲじゃない」


 ちゃんと否定はしておく。受け入れてしまったら終わりだからな。


 閑話休題。

 盗賊とは前中後どのポジションでも戦えるオールラウンダーで、使用する武器(主に近接用の短剣、中距離の鞭、後方の短弓などがこれに該当する)によって立ち位置が変動する。

 ただし位置取りを意識しすぎて器用貧乏に陥ってしまうケースもあり、実際にはよくて二箇所までのポジション変動に限定する者が大半を占める。


 肝心の戦闘スタイルだが、その身軽さを生かしての一撃離脱がもっともポピュラーだろう。

 また戦況に合わせて味方のサポートに回ったり、各種アイテムを駆使しての陽動も立派な役割の一つだ。

 うちには既に前衛が二人、後衛も二人いるので、スティングベルには是非とも空いている中衛の席を埋めてもらいたい。

 そのため武器は中距離用の装備にするべきだが、いくらなんでも集団戦闘の練習なしで鞭を使わせるのは少々心許ない。よってそれよりはいくぶん扱いが簡単な投げナイフ数本と、近接用の曲短刀ククリが無難だろう。

 

 短剣コーナーを物色するとちょうど手頃な値段でそこそこ品質の良さそうな物があった。

 本人に確認を取るとそれで構わないと了承したので、この二点を買い上げることにした。


「あ、あの……」


 次にやって来たのはアーリアだ。

 声をかけるのも恐る恐るといった感じだったので、なるべく彼女を刺激しないように柔らかい口調を心がけて「どうしたんだい、もう決まった?」と声をかけると、


「ひうっ」


 なぜか全力で後ずさりされた。

 おかしい、これなら大丈夫だと思ったんだけどなあ。


「そこまで怖がらなくてもいいのに。俺ってそんなに怖い?」

「は、はい、あっ、い、いいえっ」


 アーリアはしまったという顔をして、すぐに言い直す。

 口が滑ったことを気にしてくれるだけありがたいが、作り笑いがぎこちないのがまたなんとも……。


「あー、気を遣わなくてもいいんだよ?」

「あうっ、え、えーと、わ、わたしはこれにしますっ」


 アーリアは話をそらそうとしたのか、細長い樫の杖をおずおずと差し出してきた。


 無手でも魔法は使えるが、だからといってあって困る物ではない。なぜならば杖は魔法の増幅装置であるとともに最低限の護身具にもなるからだ。先端には小さな石がついているが、この石はヒーリングストーンといって精神を落ち着かせる効果がある。

 他者を治療することが目的の僧侶には欠かせない代物だ。値段も手頃で無難なチョイスだろう。


 しかしあえてここは攻撃に比重を置いた杖であるメイスを選び、いざという時のために殴りヒーラーにするという選択肢もあるが、今回は控えるか。

 

 別に樫の杖でも殴れるし、パーティーの回復役がアーリアしかいない以上、ひとまず余計なリスクは避けるべきだろう。

 市販の回復薬でもある程度は代用することができるが、即効性の魔法とは違って完治するまで時間がかかる、さらに出費もかさむ、しかも残った空瓶がかさばるの、かかか三重苦だ。 


 とくれば薬代節約のためにも彼女には回復に専念してもらうしかない。

 そんなわけで彼女の得物はこの杖に決定した。


「レイちーレイちー」


 と、今度はパストからお呼び出しがかかる。早く早くーと急かされるが、別に急がなくても武器は逃げないだろうと思っていると、我が目を疑った。

 

 なんと、パストの周囲を縫うようにして棒が逃げ回っていたのだ。

 あっけに取られていると「そっち行ったよ、捕まえてレイちー」とお願いされたので、ちょうど俺の足下にそれが来たところで上から押さえ込む。

 じたばたと暴れるかと思いきや、意外とすんなり手のひらに包まれている。いや当たり前のことなんだけど。


「さんきゅー」

「おう。……で、これはなんだ?」

「えとね、商品説明には敵前逃亡する魔法の棒って書いてあったよ。名前は『敵前逃棒』ってゆーんだって。親父ギャグとかマジウケるっしょ」


 くだらな。完全に名前ありきのただの出オチネタ武器じゃねーか。しかも逃げ惑う武器とか誰が使いたがるんだよ……。 


「ちっとも面白くないって。いいから遊んでないで、お前も普通の武器を探してこいよ」


 促すとパストはりょうかーいと軽い返事を残して再び商品をあさり始める。その間に『敵前逃棒』とやらを代わりに元の所に戻しておく。


「えーと、あっちの棚だな」

 

 にしてもよくこんなユニークな武器を店に置いているな。持ってくる方も持ってくる方だが、まじめに買う奴いるのか?


「レイちー、あーしこれがいい!」


 振り返ると、満面の笑みを浮かべたパストが木杖を携えて立っていた。ともすれば鼻歌まで歌い始めそうな様子である。

 変哲のない、強いて言えばデザインが多少こっているこの杖のいったいなにがいいのかと訝しんだ時——それに気付いた。


「……おいちょっと待て、もしかしてその木杖ってリフモニカか?」

「そうだけど?」


 なにか問題でも? と言いたげな表情だ。


「なにか問題でも?」実際に言いやがった。

「いや、問題大ありだっての」


 リフモニカとは有名武具ブランドの一つで、創設者であるリフモニカがデザイン・制作をしている。

 銘柄には彼女の愛称であるリフの文字が刻まれているのが特徴でおしゃれな女性たちの間で広く愛用されているのだが、性能よりも見た目の華やかさがモットーらしくえらく値段が張る割には安物のそれと遜色ない性能だ。

 つまりブルジョアな人間が見栄えを気にして使う武器であって間違っても一般の幼女が扱うべき代物じゃあない。


「そんな実用性より外見を重視した武器は買えん。他のにしなさい」

「えー、ケチ。これぐらいいーじゃん。レイちーのパーティー就任祝いってことでさ」

「なんで明らかに祝われる側の人間が金払うんだよ。第一そんなお金はありません」

「ぶー、しょうがないなぁ。じゃあレイちーにお金が入ったら買ってよねー」

「だからなんで俺が」

「レイちーが買ってくれたらあーしすっげー頑張っちゃうよ! 元気百倍くらいで!」


 元気百倍がどのくらいなのが図りかねるが、まあ頑張ってくれるのなら、……いいのか?


「……王国探検隊の加入試験に無事合格できたら考えておくよ」

「にしし、約束だかんね!」


 なんだかうまいこと乗せられたような気がしないでもないが、それはさておく。

 しかしこの歳でこんな交換条件を出してくるとはいやはや将来が末恐ろしいな。


「んじゃ、これでいーよ」


 パストが選んだのは三度目の正直にして今度こそまともな短棒だった。

 形状が指揮棒に似ていることからそのままタクトと呼ばれるその短棒は、魔術師が魔法を中空に描くのに最適な大きさだ。

 単純に武器として使えない弱点があるが、これで三人目の武器が決まった。


「パストさん、まだ武器選びにかかずらっておられるのかしら?」

「んー、たった今決まったとこ。レイちーのおごりで」


 ちょうどいいな、パストの件が片づいたので次はエヴァンジールの番だ。


「エヴァンジールはもう選び終えたのか?」


 と気さくな感じで話しかけたのは失敗だったと、すぐに思い知らされることになる。


「わたくしの名前を呼び捨てにしていいと許可した覚えはありませんが、まあいいでしょう。男性でも一応あなたの方が年上ですし、少しはその粗野な顔を立ててさし上げますわ。ですから寛大なわたくしの心に日毎、毎朝毎昼毎夜、頭を三度垂らして感謝なさい平民」


 ああもう、持って回った言い方をしないで普通に答えろよ、普通に!


「それでわたくしへの先ほどの問いですが、答えはもちろんですわ。これに対する平民の模範回答は『ぶひー。私みたいな豚野郎がエヴァ様のご心配をするだなんて豚だけにとんだおこがましいまねをしてしまいました、まことにもうしわけございません。直前の言葉に牛が入っておりましたので、これから私は牛野郎になります!』……などがよろしいですわね」


 よろしくねーよ。

 模範解答の例がおかしすぎるだろ。


「さて、笑えない冗談はここまでにしておきましょうか。それでわたくしはあちらの片手槍を所望いたしますので、代金の支払いは任せましたわよ平民」


 めんどくせーなこの幼女! 

 

 ともあれこれで四人分。あと最後まで残っているのは、


「えい! えーい!」


 声がする方に視線をやると、店の奥でぶんぶん剣を素振りしているセイの姿があった。

 傍目から見てもパワフルで思い切りのいい見事なスイングだ。

 うん、やっぱり子供はあんな感じのこれぞ若さ、みたいな元気がないとな。

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