第29話 人から努力を認めてもらえるのは嬉しいものです

「重ねてすまないね、改めて君に言っておきたいことがあってな」


 廊下の壁にもたれかかるようにして立っているヴィオレットさんになんとなくどきどきしてしまう。こういう場合、俺も彼女の隣で同じ体勢をとるべきだろうか。


「あの子たちは素晴らしい才能を持っているがなにぶんまだ幼い。己の力を過信し、時には道を見誤ることもあるだろう。そんなあの子たちの保護者として手綱を握ってやれるのはパーティーを陰から支える縁の下の力持ち——つまりレイド君、執事である君だけだ」

「でも、彼女たちから快く思われていないみたいですね」

「それは君があの子たちに心を開いていないからだよ。最初にあの子たちの姿を見た時、君は少なからず落胆しただろう。違うか?」

「それはまあ……」


 図星だった。こういっちゃあなんだが、相手が幼女だったというだけで実力も分からぬうちから侮ってしまっていた。そんな心境を憧れの彼女に見抜かれたことが恥ずかしい。


「そういう微妙な雰囲気を彼女たちは鋭敏に感じ取り、心を閉ざした。『ああ、この男は自分たちが幼いというだけで見くびったんだな』——と」


 的確な指摘にぐうの音も出ない。子供というのは、大人から子供扱いされるのが嫌いな生き物だ。たかだか幼いというだけで相手に落胆してしまうのは確かに早計だ。もっとも重要なのは冒険者としての能力だというのに。


「それについて、あれこれ説教するつもりはない。私が君に言いたいのは、相手のことを認め、互いに歩み寄る努力をすれば、必ず心が通じ合えるということだ。少なくとも私はそう信じている。大丈夫、君ならあのパーティーをまとめることができるさ。なんたってこの私が選んだ男なのだからな」


 彼女がそう太鼓判を押してくれるのは素直に嬉しい。だが、 


「……なんでヴィオレットさんはそこまで俺に期待をしてくれるんですか?」


 単純に疑問だった。彼女のように高名が一人歩きしている人間ならいざ知らず、いくら優秀といっても俺は学校の外ではまだ実績を出してはいない。

 なのになぜ彼女はそんな自分に目をかけるのか。まして人となりもろくに知らない若造を買う理由が知りたかった。


「君が有言実行できる者からだよ」

「え?」


 思わぬ返答に面食らう俺を尻目に、彼女は滔々と語り始めた。


「十年前、私は王国探検隊の公務でハーベスト村を訪れたんだ」


 ハーベスト村、俺の故郷。聖アークリル王国の遙か西側に位置する農村だ。


「そこで私はある一人の男の子と出会った」


 彼女のその一言をきっかけに、俺の脳裏からある記憶が掘り起こされる。


 当時、孤児院の視察で王国探検隊が村を訪れていた。まだ冒険者に興味がなかった俺はそれを遠巻きに眺め、歓待する大人たちの輪に交わろうとはしなかった。


 そして王国探検隊が村に滞在する最終日、事件は起こった。


 花の冠をプレゼントしたいから付き合ってとその頃仲がよかった女の子にせがまれて、二人でモンスターが生息する丘まで足を運んだ。


 すると道中モンスターに襲われた。泣きべそをかく女の子を背後に、俺は震える両足を叱咤してそのモンスターに猛然と立ち向かった。いっぱしにヒーローなんぞ気取ってな。 


 だが当然歯が立たなかった。もはやこれまでと覚悟した時、すんでのところで村人からの要請で俺たちを捜し回っていたヴィオレットさんが駆けつけて、あれほど驚異的だったモンスターをたったの一撃で仕留めた。俺はその光景に息をするのも忘れて見入った。

 槍の穂先についた血を払うその姿はまるで本当の戦乙女のようだったし、二つもの命を一瞬にして救って見せた彼女は正に俺の理想とするヒーローそのものだった。だから俺は彼女に憧れを抱いたのだ。


「その男の子は別れ際、私にこう言った。『十年経ったら王都に出て、俺もヴィオレットねーちゃんと同じ王国探検隊に必ずなる!』と。私は笑いながらその男の子に一つ約束をした。『なら、ディ・アークズに入学するといい。そこで君が優秀な成績を収めていたら私がスカウトにしに行くよ』とな。そしてその時約束を交わした男の子が君だ、レイド・クォーズウィル」

「覚えてて、くれたんですか」

「ああ。これまでにも王国探検隊に入団したいと夢を語る子供はたくさんいた。だが君のように具体的な宣言をしてきた子は初めてだった。忘れられるわけがない。そして実際、その時の男子がこうして私の前に立っている。幼い頃の夢を現実のものとするために」


 ……夢になったのはヴィオレットさんのおかげですよ。間近であなたのすごさを知ったから、俺も冒険者になろうと決めたんです。


「王国探検隊の約七割は王都出身者が占める。地方者ではどうしても埋めようのない環境の差というものがあるからな。君がそのハンデをものともせずここまでたどり着くのに、きっと血反吐を吐くような努力をしたはずだ」


 ハーベスト村はお世辞にも教育の水準が高いとは言えない。勉学よりも畜産技術の方が重要視されるところだ。だからこそ王都の人間に追いつくためには死にもの狂いで勉学に勤しむしかなかった。自分の置かれた環境を言いわけにはしたくなかったから。

 辛い時にはヴィオレットさんと同じ舞台に立つ未来を想像して耐え抜いた。本当に彼女の存在こそが俺の原動力だった。だからこそ村の連中には引かれたんだがな。


「私は君のそんな根性を買った。この男にならあの子たちを任せられると、そう思った。だから私の君に対するこの感情は期待じゃない、言うなれば信頼だ。君ならば私の信頼に必ず応えてくれると思ったから君を推挙したんだ。その信頼を裏切ってくれるなよ?」


 感激に打ち震える。

 だってそうだろう、憧れの人物が取るに足らない子どもとの約束事を覚えていてくれただけでなく、こうして激励のメッセージまでくれたのだから。


「——分かりました、不肖このレイド・クォーズウィル、必ずやヴィオレットさんの信頼に応えて見せます!」

「ふふ、言ったな。では私も王国探検隊の席で君たちの吉報を待っているよ」


 片手をさっと上げ、ヴィオレットさんは最後までクールに去っていった。

 薄れていく彼女の背中を静かに見届けると、俺もようやっと自分のパーティーと真摯に向き合う覚悟を決めたのだった。

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