第26話 美人で仕事の出来る年上女性はお好きですか?

「……うむ、確かに本物だな」


 催し物などで一時的に開放されることがもあるが、基本的にアークリル城への一般人の立ち入りは禁止されている。そのため城に何らかの用事がある場合には事前に入城申請を提出して許可を得なくてはならない。

 そんなわけで俺も城の中には片手で数えられる程度しか来訪したことがない。今回だけ特別に入城許可証が王国探検隊の招待状に同封されていたので、城門前で見張りを行っている衛兵に持参したそれを見せたところだった。


「通ってよし。ただし、くれぐれも粗相がないようにな」


 一応の飾り文句とともに衛兵が脇に控えたので、ようやく城内に足を踏み入れる。


「レイド様ですね? お話は伺っております」 


 すると息つく間もなく入り口で待機していた数人のメイドに挟まれて連行、もとい丁重に案内をしてもらった。

 おかげで、有名芸術家が寄贈した絵画や調度品をゆっくり見て歩くことができなかった。せっかくのチャンスだというのにもったいない。


「ここでしばらくお待ちください」


 連れてこられた先は主に社交界などに用いられる大広間である。

 以前ここを訪れた際は王城らしく厳粛な雰囲気に包まれていたが、今はまるで城下町にでも迷い込んだかのように賑やかだった。

 それもそのはず、同時収容人数百人超の大広間には貴族とは明らかに異なる人物が多数集まっており、和やかに歓談していたからだ。


 そのほとんどは女性で、まばらに点在する男連中はその輪に加わることもできずに女性らの話に聞き耳を立てながら、手持ちぶさたそうに部屋の片隅で待機していた。


 その中に見知った顔もあれば、噂はよく耳にするが実際に見かけるのは初めての者もいる。彼らは互いに無言の圧力をかけ合っており、ピリリと肌を刺すような視線が新たに参入してきた俺にも注がれる。


 探りあいは最初から始まっていた。今この場にいる人間は俺と同じ王国探検隊に選ばれた人間なのだ。つまり同業者であり将来の競争相手ということになる。


「よう、レイドじゃないか」


 連中の一人が俺にそう声をかけてくる。いかにも粗暴な印象を与える偉丈夫だ。

 その上がさつで馴れ馴れしくて、いびきは耳障りなほどうるさくて、しかも料理の味付けは濃くて、身長の割に足が可哀想なくらい短くて、妙にげっぷが臭くて、トイレに行っても手を洗わなそうな——。


「おい、なんか失礼なこと考えてねーだろうな?」

「まさか、そんなわけないだろ」

「ならいいけどよ」

「全部本当のことだからな」

「図星じゃねーか!」

「あーうるせえ大声上げるな俺を含めた周囲の人間に迷惑だろ」


 顔をしかめながらそう言うと目の前の男は押し黙った。こういうところは素直である。


 この男の名はカイリ・ドーン。

 ディ・アークズ出身の執事仲間で、誠に不本意だが一応俺の親友でもある。まあ今のやり取りからも分かるように力関係は完全にこっちが上だ。


「こんなところで会うとは奇跡だな。さては大道芸でも身につけたか?」

「せめて奇遇だなって言えよ! 普通に王国探検隊から招待状が届いたから来たんだ!」


 ほらこれが証拠だ、とカイリは懐から一通の手紙を取り出す。訝しみつつ内容を確認すると、なんとアークリル家の盾を模した判が押されていた。

 つまり紛れもない本物だ、本物なのだが……。


「俺はともかく、よくお前にも届いたな。それこそ奇跡だろ」

 

 普通ならばこのにべもない言葉に憤慨するところだが、神経が図太いこの男はニヤリと笑って、


「届くに決まってんだろ。俺はお前のライバルだぜ?」


 臆面も照れることなくそう言ってのける。 


 そうなのだ、学校でのこいつの成績は俺に次ぐほどで、こう見えても優秀な生徒だったのだ。

 普段はだらだらと気を抜いて間抜けな姿を披露しているが、いざ実習となると人が変わったかのようにきっちりとこなす。

 

 本人曰く「いつも気を張ってると疲れるからオンオフを使い分けているんだよ」とかなんとか。

 実際それでいい成績を残せているのだから器用な奴ではある。

 

 しかしこいつは致命的なまでに運がない。

 というのも、同期に完全上位互換であるこの俺がいるからだ。

 そのせいでせっかくの存在が霞んでしまっていたのは申しわけないと思う。

 謝る気はさらさらないけど。


「執事科時代は万年ナンバーツーと呼ばれていたがこれからは違う! 俺様が配属されたパーティーで数多くの実績を上げ、今度こそお前に勝ってやるのだ!」


 執事科時代の通算対戦成績は秘密裏に行われたのも合わせると五百回は優に超す。

 しかしながらこいつが俺に勝利した回数は皆無で、だからこそ万年ナンバー二と影で呼ばれていたのだが、慈悲深い俺はそこには触れずにこう言い返す。


「やれるもんならやってみろ」


 こういうやり取りは嫌いじゃない。競い合う相手がいてこそ自己研鑽に張り合いが出てくるというもの。そういった意味ではカイリはよきライバルだ。

 

 他の連中が俺との勝負を早々に諦め避ける中で、こいつだけはいつも突っかかってきた。何度叩きのめされてもめげずに敗因を分析し、食らいつく努力をしてきた。

 

 時には自らの欠点を敵であるこの俺に尋ねてきたこともあった。なのでうっとうしい奴だとは思うが、カイリのことはなんだかんだ認めてはいる。

 調子に乗らせるから面と向かっては言わないけどな。


「……それはそうと緊張するぜ」


 普段は繊細さとは無縁のカイリもさすがに落ち着かない様子だ。これからこの国を統治するアンダルシア女王と対面するからだろう。

 聖アークリル王国初代統治者が女性だったこともあり、この国は何百年に渡って女王制が採用されている。

 そして王国探検隊の所有権を女王が有しているため、この集まりに彼女が出席するのは当然という話なのだが。


「その辺でやめとけよ、お前が慣れないことして雨でも降ったらどうする」

「いや降らねーよ!?」

「血の雨は降るかもしれないだろ? ……お前の」

「誰が降らせるんだよ!」


 互いの緊張をほぐすべく軽口を叩いていると、これまで何の音沙汰もなかった向こう側の出入り口が前触れもなく開かれる。

 瞬間、今しがたまで騒がしかった広間内がすっと静まり返った。

 この場を見えない緊迫感が支配する。


「——全員集まっているようだな」


 扉の奥から現れたのは、なんと俺が敬愛してやまないヴィオレットさんその人だった。

 切れ長の赤い瞳にスッと高く通った鼻梁。後ろで結んだ赤銅色の長髪は雄々しく燃える炎をそのまま透過したかのようだ。

 

 女性らしいその凹凸に富んだ上半身を覆うのは荒山を削り出したかのようなぶ厚い鎧である。鎧の腰回りには縦にスリットが入っており、そこから鈍色のロングスカートが放射状に広がっている。

 目を見張るような容貌に反し無骨な鎧姿だが、不思議と彼女に似合っていた。まるで一種の芸術品のような彼女の姿に誰もが息を飲む。それだけ完璧な美を彼女は有していたのだ。

 

 風の噂では、彼女のあまりの美しさに見惚れたとあるお偉いさんが求婚を求めたのだがすげなく断られ、そのことに逆上した相手が腕利きのゴロツキに彼女を襲わせたものの、すべて返り討ちにあったとか。


 またこちらは噂などではなく実際にあった話で、たった一人で地方の農村で悪逆の限りを尽くしていた夜盗を壊滅させた通称『血染めの一夜デスレイン』の事件はあまりにも有名である。

 そんな数々の伝説を持つ、誉れ高き王国探検隊のトップが登場という、まさかのサプライズに大広間内がにわかに沸く。もちろん俺もその中の一人だった。


「私はヴィオレット・イデア。若輩者ながら王国探検隊で『まつろわぬ槍ゲイレルル』という小隊を率いている。お体の優れぬ女王陛下に代わって私が本日の案内を務めさせてもらう」


 澄んだ音色のような美声が大広間内に響き渡る。思わず聞き惚れてしまいそうだ。女王陛下に謁見できなかったのは残念だが、これはこれで嬉しかったりする。不謹慎だけど。


「女王様が弱ってるって噂、本当だったのか」


 隣でやけにかっこつけてカイリがぼそりとつぶやくが、彼女の声が聞こえないから少し黙っていてほしい。なので奴の脇腹を肘で小突いたらおかしなところに決まったらしく、ぐふっと呻いて余計にうるさくなった。しなきゃよかったと反省。


「今日この場にいる者には王国探検隊の案内状が届いたものと思われる。だからといって君たちはまだ王国探検隊の加入を正式に認められたわけではない。現時点で王国探検隊に加入できるだけの素質がある者に声をかけただけに過ぎないのだから。そこで君たちにはまず最初に入団審査を受けてもらう」


 ヴィオレットさんの言葉に周囲の人間から今度はどよめきが起こる。


「これよりこちらで事前申請されたパーティー毎に執事の振り分けを行い、各パーティーに一つ課題を出す。それに見事合格できれば王国探検隊への加入を認めよう」


 要するに実力テストってわけか。


 ダンジョン探索は常に死と隣り合わせだ。

 己の力量を測り損ねて、ダンジョンを生涯の寝床に決めた冒険者の話は枚挙に暇がない。あの場では力の足りない者は淘汰される運命にある。

 それを補うためのパーティー制度だが、確実じゃない。モンスターの攻撃や不測の事態でいつ仲間がいなくなるか分からないからだ。

 ダンジョンにおいて最終的に頼れるのは己の力だけである。だからこそ、こういった実力査定が必要なのだろう。


「私も在籍する王国探検隊は完全実力主義の世界だ。そのため実力なき者は容赦なく切り捨てさせてもらう。だが誤解がないよう言っておくが、なにもこの試験は君たちをふるい落とすのが目的ではない。有能な者はすべて引き入れる所存だ。従って、先着順で合否を判定することはない。もちろん期限は設けさせてもらうが、基本的にここに集まった全員が合格することを前提に話をさせてもらう」


 なるほど、実に合理的だ。こういうのは競争心を煽るあまり必要以上に脱落者が出る危険性がある。

 いくら実力者揃いの冒険者といえど焦りは正常な判断を鈍らせるからな。そのような事態は彼女たちも本意ではないのだろう。だから先着順で合否を判定せずに、ゆとりを持った状態で入団試験に挑めるよう配慮してくれているのか。


 その心遣いはいいのだが、これまで競争の世界に身を置いていた俺個人の見解としてはいささかぬるい気もする。まあ優秀な人間をたくさん引き入れるに越したことはないけども。


「それではさっそく執事の振り分けを開始する。指名された者からすみやかに配属されたパーティーと合流するように」


 ダンジョンに挑む集団のことをパーティーと呼ぶ。パーティーは五人の冒険者と一人の執事から構成される。なのだが、それはあくまで一つのパーティーにおける登録最大人数であり、実際にはそれより少ない人数で行動しているところもある。


 削られるのは主に執事とか執事とか執事である。

 なにせ人数が多ければ多いほど、一人あたりのダンジョン探索で得た報酬の分け前が減る。それでも戦闘能力のある冒険者は一人いるだけで個々の致死率が下がるので、素行に問題でもない限りある程度は妥協せざるを得ない。けれども基本的には戦力にならない執事はその限りではないのだ。


 ある程度ダンジョンにおける知識や経験が身についたのでもう用済み、と半ば強制的に追い出されることがままあるらしい。そのため熟練冒険者たちのパーティーには執事がいないことが多いと聞く。


 ただしそれは、一般的な執事の話だ。

 ディ・アークズにて主席卒業を果たしたこの俺のように、有能な執事にはとんと無縁の話だろう。

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