第27話 あこがれの人に急に話しかけられるとテンパるよね

「これで決めることができるな」


 自分の名が呼ばれて男集団から抜けていく執事を黙って眺めていると、隣で腕を組んだカイリが話しかけてくる。相手をするのが億劫だったので無視を決め込むと、同じ台詞をさも初めて口にするかの如く繰り返してきやがったので、仕方なく構ってやることにした。


「……なにがだよ」

「俺様とお前、真に優秀な執事がどっちかってことだよ」


 素直に相手して損した。んなもん、とうに分かりきっていることじゃないか。


「そんなもんとっくに学生時代に決着がついてんだろ。主に俺の全戦全勝で」

「あれはあくまで前哨戦だっつーの! 本当の勝負はこれからだっつーの!」 


 あっ、このバカ、いきなり大声を出すなって!


「——そこの二人、仲がいいのは結構だが、私語は慎みたまえ」

「す、すみません!」


 俺たちに向けられた注意に対して慌てて謝罪する。ほらみろ、この状況で大声出したらこうなるに決まってるだろうが。くそ、カイリのアホのせいで俺までヴィオレットさんに目をつけられたじゃないか。変な誤解されたりしたら許さないからな。


「あー、ビビった。やっぱ『まつろわぬ槍』のリーダーは迫力が違うぜ」


 さしものカイリも注意されたばかりなので小声になる。

 そもそもお互いに話さなければいいのだが、おしゃべり好きのこの男はこれぐらいでは口を閉じたりはしない。

 またとばっちりで怒られると困るので、いっそのこと物理的手段で奴の口を潰そうかと画策していると、


「次、ロロナ隊所属——カイリ・ドーン」


 隣でアホ面を衆目にさらしているお喋り男の名が呼ばれた。


「ふ、やっとこの俺様をご氏名のようだな。いやぁ、モテる男は辛いぜ」

「どうでもいいけどさっさと行けよ。後がつっかえてるんだから」 


 先に行ってるぜ、とカイリは片手を上げながら配属されたパーティーと合流する。


 どうやらこの時点で残っている執事は俺一人だけのようだった。従って次に自分の名前が呼ばれるのは確定しているが、なんだかあいつの背中を追いかけるみたいで癪である。まあ残り物には福があるというし、このぐらいは我慢しよう。それに大物ってのは大抵トリを飾るものだしな。この俺が担当するパーティーだ、きっとカイリのとこより優れているに違いない。


「以上で振り分けを終了する」


 たとえばそうだな、前衛職が二、中衛職が一、後衛職が二の理想的なバランスの……、ってヴィオレットさんは今なんて言った? 


 まだもうろくしていない俺の耳が確かなら、彼女はこう言ったはずだよな。


 ——以上で振り分けを終了する、と。


 いやでも、流石にこれは聞き間違いだろう。だって俺が余ってるんだぞ? そんなのはあのカイリに後れを取るくらいありえないことだ。つまりこれは白昼夢、もしくは疲労による幻聴のどちらかだ。


 そうに決まっている。もっとも白昼夢だとしたらそれはそれでマズいので、ここは疲労による幻聴の方を選んでおこう。大して疲れてもいないが、そこは気にしない方向で。でないとこの事態への理由がつかないし。


 超絶ハイパーエリート執事であるこの俺がまさか門前払いだなんてあるわけないだろう? あるわけないよな? あるわけない、よね?


 うん、だからさっきのは聞き間違い。なんだよ俺も歳を取ったかな、ははは……。


「不備はないな? それでは各自、担当の者から試験課題について説明を受けてくれ」


 やっぱり聞き間違えじゃなかった! 

 俺の体はまだ衰えてなかった!

 ちょっと待ってくれ、ということはこの無情な仕打ちは現実の出来事か!?


 こんなの到底認めることができない。『この執事がすごい!』の取材だって受けたことがあるんだぞ。だから今からでも遅くないから、「さっきのは冗談だ」と言ってくれ!


 しかし現実はかくも残酷で周囲に注意を向けると、当惑するこちらをよそに各所で王国探検隊の隊員による説明会が開催されていた。当然、俺一人だけを放置して。


 おかしい、これは罠だ。なぜならカイリのマヌケが選ばれて俺が選ばれないわけがないからだ。おそらくあいつは便宜を図ってもらうために賄賂でも支払ったんだろう。


 いつも金欠を訴えてよく俺に泣きついてきたのは、こっそり裏でへそくりを貯めるためだったのか。なんという伏線だ、腐っても俺のライバルなだけはある。


 ……いや待てよ、もしもこの推理が当たっていたとしたらヴィオレットさんが金に目がくらんだ卑しい女性になってしまうので、やっぱり今のはなし!


 くそっ、すっかり混乱している。どんな時でも冷静沈着がモットーだったはずだろう。


 だから落ち着け、落ち着くんだレイド。お前はやればできる子だ。できる子なんだ!


 ちらりとカイリに視線をやると振り返った奴と目があった。自身に向けられる恨めしげなまなざしに気づいたのだろう、カイリは優越感ここに極まれりといったなんとも小憎たらしい表情を返してくる。


 く、屈辱だ。

 まさかあいつにコケにされるとは……!


 なあ、こんな扱いってあるか? 

 俺はこれでも由緒正しきディ・アークズ執事科を主席で卒業したエリートなんだぞ?

 なのにこんなことってあるかよ。

 きっと人選がどうかしていたに違いない。


 そうだ、そうに決まっている。

 ならば俺がすべきことは一つ、王国探検隊の方々に直談判するしかない。だが誰にすればいいのか。いくら王国探検隊のメンバーとはいえ、末端の人間に直訴しても意味はあるまい。

 もっと上の立場の人物といえば、それはやはり——。


「レイド君だな」

「なんだよ、こっちは今忙しい……って、えっ?」


 声をかけてきた人物を確認し、思わず驚愕した。

 だってそうだろう、眼前に佇んでいたのはなんと先ほどまで向こう側で音頭を取っていたヴィオレットさんなのだから。


 これは夢幻かと疑う前に、「そうか、忙しいか」と当てが外れたような素振りを見せたので慌てて彼女に弁解をした。


「ひゃい、ウソウソ冗談です間違えました全然これっぽっちも暇です!」


 のはいいのだが、あのヴィオレットさんに話しかけられた緊張から盛大にてんぱった。

 これまで生きてきた中でひゃいなんて言葉を口走ったことなんてないのに、なんでこのタイミングで新境地切り開いてんだよ。

 恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい気分だ。というより自ら穴を掘って埋まりたいくらいだ。

 

 とりあえず心の中で呼吸を整えてから、


「それで俺になんの用ですか?」


 照れ隠しのため、やや強引に会話の軌道修正を図る。幸いヴィオレットさんは(素敵で偉大な)大人の女性だったので、さっきの失態は見事にスルーをしてくれた。というわけで俺もその出来事についてはすべてなかったことにし、素知らぬ顔でシリアス風味な表情を形作った。

 

 それが功をせいしたのか、彼女ははっきりとこう口にした。


「君に是非とも紹介したいパーティーがあるんだ。だから私についてきてくれないか?」


 ◆


 華麗なる逆転劇が起こった。

 どうやら俺は入団審査を選外されたのではなく、最初から特別枠での出場が予定されていたらしい。

 そのためどこのパーティーにも配属されなかったのだとヴィオレットさんから聞かされた。


 同時に不安を抱かせてすまなかったと頭を下げられたのだが、こちらは謹んで辞退した。天高き頂に住まうお方が地上の勘違い甚だしい下賤な輩に頭を垂れるなど、あまりにも恐れ多かったからな。


 現在俺たちが向かっているのは、客間にある応接室である。

 そこに俺が担当することになるパーティーメンバーを待たせているのだそうだ。

  

 どうしてそんなところで待機をさせているのかと尋ねると、「説明会は退屈だから出たくないと駄々をこねるから」との返答が。王国探検隊のトップを捕まえておきながらなんてわがままな奴らなんだ。まるで子供のような振る舞いに憤る。


 だがちょっと待てよ。

 ということはその冒険者たちはもしかしてそんな横暴が許される大物なのだろうか。

 多少のわがままには目をつむってやるほど優秀な人材なら、あるいはそのような無礼を見逃してもらえるのではないだろうか。


「ところでそのパーティーのメンバーってどんな人たちなんですか?」


 ああだこうだと一人で考えても埒があかないので、ここは一つ正解を知っている人物に伺うことにする。

 というのは建前で、本当は少しでもヴィオレットさんと話がしたくて適当な話題を探していただけなのだが。

 ああそうだとも、俺は分かりやすく舞い上がっていた。


「それはあってからの楽しみだ」


 肝心の答えはというと、はぐらかされた。

 つまりよくない可能性の方が上であるということだ。もちろん反対の可能性だってあるが。

 ここは彼女の言う通り、とりあえず会ってみれば分かるか。話を聞く限りだと、どうも問題児みたいだが。


「着いたぞ。この部屋だ」


 花刺繍で縁取られた豪奢な扉の横にヴィオレットさんが立つ。

 どうやら先に入室しろとのことらしい。

 俺は彼女に失礼して輪っか状の取っ手を掴んだ。

 軽く後ろに引くと、余計な負荷がかかっていないため音もなくするりと扉が開いた。


 その先から顔を覗かせた部屋の中央にはガラスで出来た巨大な円卓があり、その周りを囲うように黒光りのするソファーが三脚置かれていた。

 また、天井からずり下がる金色のシャンデリアは派手さを醸し出させるのに一役買っている。

 そんな庶民には到底縁のないであろう豪華な部屋にいたのは、ひーふーみー、全部で五人の幼女たちだった。

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