分岐点ノ世界 とある青年の追想~繋ぐ未来~

第25話 今でこそ幼女パーティーの保護者役ですが、こう見えても元エリートなんですよ?

 ある時は食事の準備をしている最中。


「おい、スティははらがへったぞ。めしはまだか、ハゲ」

「あと少しでできるから良い子にして待ってろ。それと繰り返すが俺はハゲじゃない」


 ある時は地図の確認をしている最中。


「お兄ちゃん、わたしにお本読んで?」

「これが終わったら読むから良い子にして待ってろ。今日はこの間の続きからだな」


 ある時は道具の整理をしている最中。


「ねーレイちー、ヒマならさぁ、あーしの髪をとかしてー」

「もうちょっとかかるから良い子にして待ってろ。つーか今の俺が暇に見えるか?」


 ある時は衣服の洗濯をしている最中。


「そこの平民。おもらしをしてしまったからわたくしの下着を別の物に召し替えなさい」

「全部洗ったばっかだから乾くまで良い子にして待ってろ。けど下着くらい自分ではけ」


 ある時は野営の用意をしている最中。


「レイド、あたしの武器を置いとくから明日までにピカピカの新品にしといてよね」

「なら良い子にして待ってろ。けどいくら俺だって新品にするのは無理だからな」


 これらは、ここ数日の間に彼女たちと交わした会話内容を、その時自分がおかれていた状況とともに抜粋したものである。

 こうも事細かに覚えているのは、なにも俺の記憶力が優秀すぎるからではない。

 単に日々の出来事を愛用の日記帳に記していたので、それらを読み返しただけだ。


 しかしこうして振り返ってみると、良い子にして待ってろという台詞が常に入っているのが見て取れる。

 別にねっからの口癖ではないのだが、この台詞を用いることで彼女たちは聞き分けがよくなるのだ。


 普段は生意気だが、そこだけは素直だなと思う。後はなんとなく人情味にあふれた保護者っぽいフレーズなので、多様しているだけにすぎなかった。


 そう、保護者。

 現在の俺は執事バトラー兼保護者として、とある幼女の面倒をみていた。

 それも一人ではない。五人だ。

 五人もの生意気盛り、育ち盛りな幼女たちの世話係を一身に受け持っていた。


 とはいっても俺は児童養護施設の教員でもなければ人攫いでもない。

 まして若い時分で父子家庭などでは断じてない。結婚どころか恋人すらいないこの俺がまさか子持ちであるはずがなく、世話をしているのはまったくの他人だ。


 それは彼女たちとて同じこと。

 五人の幼女はお互いに姉妹でも、親類でもなかった。今でこそかけがえのない仲間だが、それこそ出会った当初は赤の他人といっても差し支えない間柄だったはずだ。


 ならどうしてこんなことになっているのか。

 それを説明するには少し過去をさかのぼる必要がある。

 記憶を戻すのは、今からちょうど一ヶ月前。

 俺が新米執事として、とある冒険者集団パーティーに配属されたことがそもそもの始まりだった。


 ◆


 聖アークリル王国王立冒険者育成学校ディ・アークズに執事科が特設されて今年で早十年になる。

 そんな記念すべき十期生の締めくくり行事として本日午後、卒業式が厳かに執り行われていた。


 天気は正に快晴。

 予報では朝から雨が降るとのことだったが雲一つない。空まで前途有望な若人たちの門出を祝福してくれているかのようだ。 


 壇上では、志をともにした学友たちが次々と卒業証書を受け取ってゆく。いずれの背中にも執事としての誇りが掲げられ、新たな一歩を刻むための糧になっているようだった。


 競争激しいここを無事に卒業できたとあって、彼らの顔はみな一様にほころんでいる。中には感極まって泣いている者もいたが、事情が事情なので誰も咎めることはしない。


「次、レイド・クォーズウィル!」


 俺の名前が呼ばれる。いつの間にかもうそこまで順番が回ってきたらしい。

 一つ手前の出席番号だった奴が降りてくるのと入れ違いに壇上へと昇り、今までの学友たちがそうであったように白髭を蓄えた老人校長から一言ありがたいお言葉(要約するとこれから頑張れという内容だ)と一緒に羊皮紙でできた卒業証書を受け取る。


「卒業証書授与に続けて、次の者を今期の名誉生徒に任命する」


 ついでにもう一つ、今度は俺にだけある物が授与された。

 

 それは金色に輝く方位磁針。

 表面の蓋には、王国のシンボルである槍を持った戦乙女が刺繍されている。

 この方位磁針は代々その年の主席卒業者に送られる大変誉れ高い代物である。

 

 つまりこれは今後執事として働くにあたって実益を兼ねた贈り物であると同時に、俺の執事としての実力を多分に証明してくれる優れ物なのだ。


 自慢だが、俺はかなり優秀な人材なのである。

 主席で卒業しておいて謙遜する方が嫌みったらしいから、遠慮なくそう自負しておく。


 まあ人並み以上に努力はしてきたし、他の奴らが人目を忍んで別学科の女子と逢い引きしていた間にずっと己を磨いてきたのだから、当然と言えば当然だ。

 おかげで仲むつまじい異性にはついぞ恵まれなかったが、積んできた苦労がこうして最上級の形で報われたのだから本望だ。


「卒業生代表、レイド」


 全員に卒業証書が手渡されたところでもう一度俺の名前が呼ばれた。卒業生代表として全校生徒の前で答辞を読み上げさせるためだ。

 ここでの最後の大役、失敗は許されない。まあ内容は頭の中に全て叩き込んでいるので、問題はないけどな。


 そして実際に俺の脳内シュミレーション通り完璧にこなした。感動と興奮を過分に含んだ実に素晴らしい答辞だったとは俺の談(しかし自画自賛ではない、客観的な評価だ)。


「これにてディ・アークズ執事科の卒業式を閉幕とする」


 校長のその一言を持ってつつがなく俺たちの学生生活は終了と相成った。


「さてと」


 本来ならこの後で卒業記念パーティーがあるのだが、俺はそれに参加しない。

 別に出席したくないわけではないのだが、あいにくこれからすぐにでも向かわなければならないところがあるからだ。補足しておくが、友達がいないからでは決してない。


「レイドくん」


 と、後方から渋みのある声がかけられたので振り返る。


 目の先には俺の恩師であるムールガンド先生が背筋を正して立っていた。

 白髪交じりのオールバックが特徴的なナイスミドルである。

 執事科の先生の一人で、学生時代俺もよく目をかけてもらったものだ。

 一般的に自分より年上の人間には畏敬の念を抱くものだが、その中でも彼はことさら尊敬せずにはいられない人徳の持ち主だ。


 なんでも昔は王城に本物の執事として仕えていたらしいのだが歳を重ねたこともあって現役を退き、ここで後進の育成に精を注いでいるのだとか。


 おかげで温和そうな顔立ちとは裏腹に授業態度は厳しく、妥協を許さない性格もあって仲間内からの評価は芳しくはなかったが俺は苦ではなかった。


 むしろあのぐらいスパルタな方がかえって俺をやる気にさせてくれたので、こちらとしては文句の付けようがない。有能な執事を育成するのにこれ以上ない人物であると断言できるほどだ。


「卒業おめでとう」

「ありがとうございます、これも先生がご指導くださったおかげです」


 卒業証書を片手に頭を下げる。


「君は教え甲斐のある実に優秀な生徒だった。そんな君も明日からここに来ることがないと思うと寂しくなるね」

「たまにでよければ顔を見せに来ますよ」

「おお、是非そうしてくれたまえ」


 先生は目尻の深皺を緩ませながら笑う。まるで初孫とのご対面を楽しみにしているかのような表情に、祖父のいない俺は一抹の照れくささを感じた。


「それでレイドくん、もう配属先は決まったのかね?」


 モンスター住まうダンジョンにて他の冒険者を影ながらサポートする職業、執事。


 そんな執事だが、基本的には指名制だ。

 なので卒業シーズンともなれば執事同士の熾烈なアピール合戦が始まり、冒険者から声をかけられるのを待つわけだ。

 そうして大多数の男は卒業と同時に執事として働き始めるのだが、もしも在学中に己の所属するパーティーが決まらなかった場合、残念ながらそいつは求人募集に奔走しなければならない。


 だが俺には関係のない話でもあった。

 なぜならばディ・アークズで優秀な成績を収めた人間を誰も放っておくわけがなく、当然俺は卒業後の内定をもらっていた。

 しかしそこは執事科の主席卒業者だ、普通のパーティーから指名を受けることはなかった。


「実は王国探検隊ロイヤルパーティーからご指名をいただきました」

「ほほう、それはすごい!」


 そう、俺は誰もが一度はあこがれるあの場所から声をかけられていたのだった。


王国探検隊とは、王族であるアークリル家直々に認可された民間冒険者のことである。


 本来冒険者は国に属さない自由な存在なのだが(多少の制限・制約はある)、王国探検隊は国に属する代わりに様々な恩恵が受けられる。

 定期的な物資の配給や各種重要資料の閲覧許可などは序の口で、他にも宿の料金が五割引になったり、少額ながら月毎に給料も支給される。

 

 これだけでも十分に魅力的だが、その中でも新発見のダンジョンを優先的に探索させてもらえるなんてのは、冒険者にとって一番嬉しい特典ではないだろうか。


 俺がこの申し出を受けたのもそんな諸々の豪華特典につられてのことだ。

 といっても、それがすべてではないけどな。


 王国探検隊には『まつろわぬ槍ゲイレルル』と呼ばれる有名なパーティーがある。

 そのパーティーの現リーダーであるヴィオレット・イデアは、国内に数人しかいないとされる聖重騎士パラディンだ。

 その類いまれなる槍と盾さばきから、現代に復活した戦乙女として恐れられている彼女に俺は心の底から憧れていた。


 大きくなったら自分も王国探検隊のメンバーになるんだと意気込み、他人から引かれるほど努力して、こうして実際にその夢が叶う寸前のところまできた。


「ふむ、君の能力なら王国探検隊からスカウトがくるのは当然と思っていたが、いざその時がくると自分のことのように嬉しくなるね。君が入学当初からあそこに所属することを目標としていたのを知っていたからかな」


 過去を懐かしむ先生の双眸には涙が溜まっていた。これには卒業式ですら泣かなかった俺の目頭も思わず熱くなる。しかし泣く時は王国探検隊に所属できた時と決めている。 


「ということはこれから王城に出向くのだろう? ならこんなところでいつまでも年寄りの相手をしていないで早く行きなさい」

「ええ、慌ただしくてすみませんが……」


 申しわけなさげに伝えると、如才ない笑みを浮かべた先生が俺の両肩をポンと叩いた。


「影ながらいつでも君の応援をしているよ。頑張りなさい」

「……はい! それでは失礼します」


 俺は尊敬する恩師に今一度感謝し、次にしばらく訪れることはないであろう学舎に心の内で別れを告げ、足早にこの場を後にした。

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