第22話 レイドとミュリエル

「させま……せぇぇえええんっっっ!」


 刹那、敵の死角から流れるような鋭い一閃。

 烈帛れっぱくの気合とともに、虚空を切る白刃が一筋の光を描きながらボス猿を背後から切り払った。


「グゲェエェエエ!」 


 パッと宙空に血潮が舞い、断末魔を上げながらその場に崩れ落ちていくボス猿。

 なにかを掴もうと掲げられた手は結局そのままくたりと折れ、あれだけ俺たちを追い詰めた憎きかたきはたったの一撃で永久の闇に沈んだ。


火逆ヒギャッ⁉」


 それとほぼ同時、俺の周囲にいたホブゴブリンたちにも幾筋もの閃光が走った。

 いきなりの出来事になにが起きたのか頭で理解するよりも先に一匹、また一匹とホブゴブリンが突然の乱入者によって斬り伏せられていく。

 おかげで俺も魔物による拘束からも解放され、ずいぶん久しぶりに我が身が自由になったような錯覚にも陥った。

 

 が奴らを殺した。

 剣の攻性アサルトスキル『流星の太刀スラッシュレール』、現在これを扱える人物と言えば彼女一人しかいない。


「どうして――どうして逃げずに戻ってきたんだミュリエル!」


 こちらに背を向け、敢然と武器を構える少女を咎める。

 助けてもらったこと自体には感謝しているが、別に俺はこんな展開を望んではいない。

 せっかく多くの犠牲者を出しながらもなんとか彼女を逃がすことができたというのに。

 確かに逃げた振りをして不意打ちの機会を伺うのは戦術の一つとしては正しい、だからといって素直にその行動を褒めることはできない。


「なんのために俺は君のことを優先して逃したと思っているんだ⁉ それは今の君にならあとのことを任せられると信じていたからだ!」


 完全なソロ冒険者としても通用するよう十分に鍛錬を積み、単独でダンジョンから無事に生きて出ることができると確信していたからこそ、俺はすべてを彼女に託したのだ。

 なのにその結末がこれでは意味がない。

 そのためつい多少語気が強まってしまったが、激高する俺に対し彼女はあっけらかんとこう言い放つ。

 

「だって約束したじゃないですか、レイドさんのことは私が命に代えても守り抜くって。一度口にした約束は破らないのが私のモットーなんです」


 確かにそのようなことを常日頃からミュリエルは言っていた。

 しかし所詮は口約束で、必ずしも守らなければならない取り決めごとではない。

 むしろいざという時には破る程度の宣言モノでしかないというのに。


「ちゃんと敵の残り数を見ろ、あまりにも多勢に無勢だ! いいからこんなおっさんなんか放っておいて逃げてくれ、統率者を失ったことで魔物は混乱している! この状況で君一人ならまだ逃走の余地があるから、な?」


 なんとか諭そうとするも彼女はふるふると顔を左右に振って、


「いいえ逃げません。結果的に人たちの分まで残って闘います。それが私なりの犠牲になったレイドさんの元パーティーメンバーに対する贖罪の仕方ですから」


 なんてことを言うんだこの少女は!

 ここにきてようやくユニークを倒したところで敵が退くわけでも数が減るわけでもない。

 以前として変わらない圧倒的な物量差。

 つまりここに戻って来るということは自ら死にに来たのとほぼ同義なのだ。


「頼むから! 俺は君まで死ぬところを見たくないんだ! もうこれ以上、目の前で若者が命を散らす様をただ黙って眺めていることに耐えられない! ましてそれがミュリエル、他ならぬ君だとしたら余計に!」


 だから素直に言うことを聞いてほしい――。

 いつもだったらこう言う風に言えばミュリエルもすぐに聞き分けてくれる。

 だが今回に限っては彼女もまた一歩も引かず。


「私だって同じです。大切な恩人でもあるレイドさんが死ぬところは見たくないから、貴方を守るために戦うんです! たとえ一人で生きのびても私の隣にレイドさんがいないんじゃ意味がないんですから! それにレイドさんから私がした告白の返事をまだ聞いていないのに、その前に勝手にいなくなろうとするのも許せませんし! 乙女が勇気を振り絞ってまで告白したんですから振るにせよ告白を受け入れるにせよ、大人の男性としてその責任はきちんと取ってもらわないとこちらも困ります! きっとこのことを後悔して、ずっと引きずっちゃいますもん!」


 愚直、あるいは頑固というべきか。

 けれどもミュリエルらしいといえばらしい。

 素敵な恋愛も心わき踊る冒険もどちらもしたいと豪語した彼女だからこその理由。

 それゆえに俺みたいな冴えない中年おっさんのためにこのような死地に舞い戻ったというのか。


 だが、その背中はカタカタと震えていた。

 彼女とて決して怖くないわけではないのだ。

 辺りに酸鼻極まる死を遂げた人間の死体が散乱し、一歩間違えれば自分もそうなるかもしれないという恐ろしさ。

 俺を後ろ手に庇いながら、敵と対峙しなければならない難しさ。

 これらの要素が重圧となって彼女の華奢な背中にのしかかるのだ、平静でいられるはずもない。

 ただ、それでも。

 冒険者としての意地と覚悟が彼女を突き動かす原動力となる。

 

「――愛する人を守るためならここで限界突破リミットブレイクをしてみせますよ私!」


 ……いや違うな、少々面映おもはゆいが認めよう。

 たとえこんなおっさんが相手だとはいえ好きな異性が隣にいるからこそ、ミュリエルもまた自らを奮い起こせるのだと。

 ならばここで返す言葉は彼女の言動を否定するものじゃない。

 

「……分かった、俺の命はいつだって君に預けてある。だから一緒に生き残ろう」


 その覚悟と決意を尊重し、裏方サポート役の執事として主の愚かな行動ですら肯定する、ただそれだけ。


「はいっ、二人でこの森を生きて出るんです!」


 ――ああ、願わくばこの花の咲いたような笑顔が消えて無くなりませんように。

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