第21話 ある騎士の最期(※閲覧注意)

「ひゃあ、やめて! 痛くしないで!」


 諦観と惰性が入り交じった複雑な感情のまま、声のした方に視線をやる。

 すると元リーダーの女性が毛むくじゃらの獣人コボルトたちによって防具をはぎ取られ、下の服までもがひん剥かれていた。ここまでくると新手の登場にも驚くまい。

 一度ひとたび鎧で着飾れば勇猛果敢に敵の攻撃を防いで回る彼女も、その衣を剥がしてしまえばなんら他の職業と変わらないか弱さだ。

 そこには泥塗れは名誉、傷跡は勲章と喧伝する誠の騎士の姿は見る影もない。


「は、離して、見逃して、お願い! その代わりなんでもするから!」


 遮二無二こうべを垂れて命乞いをするもその意味がてんで通じていないのか、コボルトたちは互いに顔を見合わせて小首を傾げるばかりだ。


「ナンデモ?」


 だから彼女の言葉に反応したのは人語を解することのできる猿だった。

 口元を人間の血と脳漿とで濡らしたそいつは、いやらしい笑みを浮かべながら元リーダーの女性に問いかける。


「本当にナンデモするノカ?」

「ーっ! え、ええ、なんでもする! 私、結構男を喜ばせるテクはあるのよ!? 雄猿だってきっと満足させられると思うから私だけは助けて!」


 人外相手に交渉をしてどうするというのか。

 いくら言葉が通じるとはいえ魔物は魔物、約束したところで律儀に守る道理はないというのに。

 しかしせっかく見つけた一条の光を見逃すわけにはいかないのだろう、彼女は必死だった。 


「ジャア——」


 だが元リーダーに突きつけられたのは、やはりどこまでも残酷な現実だった。


「コレを喰エ」


 ゴトリと彼女の前に投げられたのは、ボス猿の食べ残しである狩人女性の頭だった。

 いつの間にか首から下は切断されており、切り口からまだ新鮮な血を垂れ流しにしている

 苦悶の表情を浮かべたまま絶命し、光を失っておりのように濁った双眸そうぼうは俺たちを恨みがましそうにいつまでも見つめていた。


「え……?」


 当然きょとんとする元リーダーの女性。

 自分は今なにを言われたのか、これからなにをしなければならないのか理解できてないといった様子だ。


「げっげっげっ、ナンデモすると言ったヨナ? だったラ仲間を喰エ、その血をススレ。オレサマは生きるタメならなんでもスル醜い冒険者の姿が見たいンダ」


 にもかかわらずボス猿によってこの後取るべき行動を言語化され、残念ながら言い逃れすることは叶わなくなる。

 人は生きるために動物の肉を食らう。

 もしもその肉が同じ人の物だった場合、そして仲間の肉だとしたら、果たして自分が助かるために食らうことができるだろうか。


「げっげっげっ、ほらどうシタ? 助かりたいんじゃないノカ、なら簡単な話だろう、サァ仲間を喰エ! 喰メ! 喰ラエ! げっげっげっげっ」


 当然躊躇している元リーダーに対し、ボス猿はなおも追い詰めるように語りかける。

 が、


「そ、それはできない……! この子も私の大切な仲間なんだから、遺体まで弄ぶことはしない」


 たとえ直前まで罵り合いをしたり自分が助かるためだとしても、やはり理性ある限り元リーダーがその選択肢を取ることはありえない。

 もしありえるとしたらそれは文字通り人間性を捨て去り、身も心も獣と成り果てた時だけだ。

 つまり彼女は正しくまだ人間で、そしてそれが彼女の取れる唯一の抵抗でもあった。


「……ツマラン。オマエにはガッカリ」


 ボス猿はそれまでのハイテンションから一転、熱の冷めたような口調でそう吐き捨てると冷徹な眼差しを元リーダーに浴びせる。


「なら死ネ」


 などと酷くあっさりとした命令で、コボルトは人の倍ほどはある手を元リーダーの女性に向けて突き出す。


「いぎっ⁉」

 

 鋭く尖った指の爪はいともたやすく彼女の体を貫通し、肉を引き裂きながら突き入れた手で彼女の心臓を乱暴に抉り取る。

 噴水のように血を撒き散らしながら「んっ!」と短い悲鳴を上げ、ビクッと大きく体を震わせた次の瞬間にはもう彼女は絶命していた。


 こうしてかつて籍を置いていた元パーティーとそこにいた人間はこの世から永遠に失われた。


 後に残るのは——俺だけ。


 一応きょろきょろと目線だけで周囲を見回す。

 

 ……よかった、この機に乗じて無事ミュリエルは逃げおおせてくれたようだ。

 

 途中から全員での生還は不可能と判断した俺はなんとか彼女一人だけでも逃がすべく、なんとか周囲の敵に気づかれないよう全体の流れを誘導しわずかな突破口を見出すことに終始していた。

 

 その際情報伝達はどのようにして行うかという問題もあったが、見込んだ通りミュリエルは俺の意図を察し、自力でこの場からの脱出に成功してくれたようだ。

 彼女を生かすためとはいえかつての仲間とその信頼を形にはなるが、お詫びも兼ねて俺のこの老い先短い命で責任を取るつもりだ。

 せめてみんなが敵から受けた受けた痛みと絶望を自分も体感しないとあの世で会わす顔がない。

 

 もちろん死ぬことに恐怖を覚えなくもないが、せめてあの子だけでも生き延びてくれれば少しは俺も報われるというもの。

 心残り一つがあるとすれば彼女の告白に対してきちんとした返事をしなかったことくらいだが、こうなってしまってはかえってなにも返答しないでよかったと思う。

 俺なんかのせいで今後も引きずってしまっては可哀想だからな。


「うン? いつの間にカ一人いなくナッテるガ、まあイイ。オマエで最後ダ」


 俺の冒険者人生に引導を渡す存在がひたひたと近づいてくる。

 本当なら無下に散っていったみんなのためにもなにかしらの反撃はしてやりたがったが、魔物にかっちりと動きを制限されているため動けない。


「男はマズい。それにオレサマもうお腹イッパイだから——ただ殺ス」


 絞首台に向かう罪人の心境とはこのようなものだろうか。

 目の前に死が差し迫っているというのになにもできない歯がゆさ。

 ちょっとした歯車の噛み合わせでその後の運命が大きく変わるであろう現状の不条理さ。

 そして結局はなにを期待するだけ無駄だという諦めから、自身の終わりを甘んじて受け入れようとして——。

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