第17話 ユニークモンスター

 声のした方角に向かって走り出す。


 目指す先は一本道だ。雑草を乱暴に踏みつぶしながら、止まらずに駆け抜ける。

 その間にも奥から断続的に響いた三回の悲鳴。


 いよいよもってその悲鳴の人物は危機的状況に見舞われているのだろう。

 早く現場に着かなければ手遅れになってしまうかもしれない。


「あそこです、このまま乗り込みますね!」


 先行していたミュリエルが一足先にその現場に到達した。息が乱れてやや遅れつつこちらも足を踏み入れると、広い場所に出た。


 中央にかけてお椀型に草が狩り払われており、その禿げ上がった内周をぐるりと覆い尽くすように広葉樹が乱立している。


 すぐに悲鳴を上げた人物を探すが人影どころかどうも荒事が起こった気配すらない。

 

「おい、誰かいないのか⁉」

「……変ですね。場所は合っているはずなのに」


 ふと風に混じって漂うのは、強烈な獣臭だ。

 ガサッと視界の上から葉擦れの音がした。

 視線をそちらにやると目の前にある一際大きな樹の枝に乗って俺たち二人を見下ろす猿型の魔物がいた。


「きゃあ、きゃああ!」


 その鳴き声は先ほどまで俺たちが耳にしていた悲鳴と同じだった。

 猿特有の赤ら顔に腹の立つニタニタとした笑みを貼り付けながら、そいつはなおも悲鳴、もとい鳴き声を上げる。


 すると——。


「ここから声が……ってまたおっさん!?」


 またってなんだまたって。人を害虫みたいに。


 脇道から元パーティーの一派が姿を現す。

 多分あっちも猿の鳴き声を人間のものと勘違いしたのだろう、立ち尽くしている俺と視線が合うと『どういうこと?』といった表情を浮かべた。


「……やられたな」


 どうやら俺たち全員敵の罠にはまったらしい。フォレストエイプやレイジーモンキーなどに代表される猿型魔物の中には、『猿真似コピーワンス』という種族固有スキルを持つ輩がいたりはする。


 けれどもまさか声帯模写をやってのけるタイプがいるとは予想だにしなかった。少なくとも俺はこれまでお目にかかったことはない。


「げっげっげっ引っかかっタ、引っかかっタ! 愚かなニンゲン、間抜けなニンゲン!」


 その猿が人語を話したことにまたしても驚く。

というのも人の言葉を操るモンスターはそう多くなく、ましてその数少ないモンスターのほとんどが上級冒険者でもなければまず太刀打ちできない危険度Sランクに属しているからだ。


 だがどう見てもあの猿はその階位に属しているようには見えない。いいとこCランクが妥当だ。

 となるとあまり考えたくはないのだがあの魔物は……。


「ユニーク、か」

「ユニークだって!? あのモンスターが⁉」


 絞り出すようにもらした言葉に、元リーダーの女性が即座に反応した。

 ユニークことユニークモンスターとは、極まれにダンジョンに出現する変異種の魔物のことだ。

 通常の同種型魔物とは異なり、その能力はボスクラスにも匹敵する。


 そして厄介なことにそいつらは、ただの一つの例外もなく加護と対を為す異形の奇跡モンスタースキル——禁呪を持ち合わせている。


 禁呪の種類は千差万別。

 たとえば近くにいるだけで生命力を奪われたり特殊な手順を踏まないと攻撃が通用しなかったりと、とにかく相手をするのに手を焼く。

 下手をすれば、ただ強いだけの迷宮の主ボスモンスターよりも厄介な存在である。


「全員ここは撤退するぞ! ユニークを相手取る必要はない!」


 背を向けること以上にあの魔物との交戦は危険であると判断し、この場にいる人間に通達する。

 逃走を行う際は、体力を消耗する前に即時実行することが成功の秘訣だ。

 なにより注意喚起のためにユニークモンスター出現の情報を、急いでギルドにも知らせなければならないだろう。


「ぐげげ、ニ、ガ、サ、ン!」


 猿のかけ声とともにそこかしこの茂みが一斉にガサガサと揺れる。どうやら広葉樹の影に隠れてらしくいつの間にか四方を囲まれていたようだ。


 複数の魔物が姿を表し、こちらの逃げ道を遮断するようにじわじわとにじり寄ってくる。

 明らかに統率の取れた動き。


 恐らくこれもあのユニークモンスターの禁呪による効力だろう。

 さしづめ『指揮者コンダクター』といったところか。


「くっ、みんなこっちに寄れ!」


 追い立てられる形で俺たちは中央に固まる。

 気分はさながら猟師に狙われる獲物のようだ。


「おいなんだよこれ、俺たちどうなるんだよ!?」


 真っ先に恐慌の声を上げたのは青年だ。

 この絶望的な状況下の中では飄々とした態度もなりを潜め、彼は今後の行く末を想起してか顔を青ざめさせている。


 一方女性陣は肝が座っているようで、多少表情に焦りの色は滲ませているもののだからといっておくした様子はない。

 恐れを抱くより先にやらなければならないことをきちんと自覚している証左である。


「げっげっげっタイリョウタイリョウ! 生きたニンゲンの脳、喰うとウマイ! それにカシコクもなる! ニンゲンを喰って楽々レベルアップ、経験値ウマー! げっげっげっ!」


 おいおい、ゾッとしないな。通りで人語を巧みに操るわけだ。

 こうやって捕まえた人間の脳を摂取することで奴の『猿真似』スキルと迎合し、知恵が身につくという寸法か。

 ま、こんなおっさんを喰ったところで食あたりを起こすだけだとは思うがな。


「……これはお互い協力して切り抜けないと駄目そうだね」

「ええ仕方ないですね。こんなところでお猿さんの餌になんかなりたくないですもん」


 元リーダーとミュリエルが頷き合う。

 まさかこんなところで前の仲間と共闘することになるとはな。

 

 まずは敵の数と種族を確認する。


 ざっと目視する限りでは数十匹はいるようだ。その内訳はホブゴブリンが五匹、トロールが一匹でマッドプラントが三匹、首狩り兎ネックレスラビットが三匹、……といったところか。


 この中で特に驚異なのは森の壊し屋と称されるトロールと、暗殺者の異名を持つ首狩り兔か。

 いずれも攻撃的な魔物に対しこちらは近接職が三で遠距離職が一人。明らかに分が悪い。


 しかし死にたくなければこの人数でもなんとかやるしかないのだ。




__________


 ここから先の展開は残虐描写や不快な表現など一部気分を害する恐れのある展開がございます。

 最終的なハッピーエンド&カタルシスを得るために必要な展開ではありますが、上記の要素が苦手な方はご注意ください。

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