第16話 崩壊と絶望の兆し

「ええと、それって孤児院出身の子たちだったんですか?」

「いや、そっちの養女じゃない。平均年齢が十歳以下、幼い女と書く方の幼女だ。似た言葉に童女というものもある」

「ああやっぱりそっちの意味ですよね……って、ええとそれ冗談、ですよね?」


 ミュリエルの反応はもっともだ。

 俺だってこの目で実際に見るまではそう思っていた。

 だが実際に現場で待ち構えていたのはどこからどう見ても本物の幼女だった。

 それも一人ではなく五人も。


「なんでもその子たちは冒険者として大変優れた才能を持っていたらしくて、特例中の特例として王国探検隊のメンバー候補に選出されたらしい。だけどいくら才能があろうとも精神年齢は普通の子供と同じで、だからこそその子たちの保護者兼指揮官として俺が直々に指名されたんだそうだ」


 一応は自分の執事としての腕を買ってくれての抜擢だったそうだ。それ自体は名誉なことだ。

 だが当時の俺は愚かにもそれを受け入れることができなかった。


「まだ年端もいかない子供だからとその幼女たちのことを侮ったんだ。俺はこんな子供のお守りをするために執事になったんじゃない、馬鹿にするなって食ってかかったよ」


 正に青二才という奴だった。

 自分にはもっとふさわしい相手がいるのだと、人を見る目のなかった若造は信じて疑わなかったのだ。

 結果としてかつて畏敬の念を抱き憧れた女性の野望を見抜くことすらできなかったというのに。


「それは……でも仕方ないと思います。私だってそんな年齢の子が冒険者になるなんていくら理由があっても信じられないと思いますし。ちなみにその子たちはどうなったんですか?」

「……全員死んだそうだ。俺が紹介を断ってからすぐにその子たちだけでダンジョンに挑んで。他の冒険者に発見された時には酷い有様だったそうだ」


 運悪く魔物の巣穴にでも迷い込んで殺されたのだろう、というのが無残にも喰い荒らされた遺体を発見した冒険者の見解だった。


「……そうだったんですか。レイドさんにとって辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」

「いや」


 辛いのは俺じゃなく亡くなったその子たちだ。死の間際にどんな目に遭ったのか、想像するだけで居たたまれなくなる。


「その話を風の噂で聞いた際に後悔したよ。もし自分があの時断らずにその子たちのパーティーの執事になっていれば、もしかしたらそんな未来は回避できていたかもしれないと。だからその一件以来俺は人の選り好みはしなくなった。誰かから執事仕事を頼まれれば断ることなく役目についたよ。でも罰が当たったんだろうなあ、かつては人を見捨てた側が今度は見捨てられる側に回ったんだから」


 もちろんこれであの時のことがチャラになったとは思わない。

 俺が幼女たちを見殺しにしたという事実は一生付いて回るのだ。贖罪のためと言い訳をして後進の養成をしていても消えはしない。


「まあこんなおっさんにも苦い過去があったってわけさ。それがきっかけで人間的に成長したってもんでもないが、人生経験をコツコツ積んで今の俺があるんだな」

「私と知り合う前から色々なことがあったんですね。でも不謹慎かもしれないですけどそのおかげで私はレイドさんと出会えたんですから人生ってどう転がるか分からないものですね。なぁんて、レイドさんの人生の半分も生きていない私なんかが言っても説得力なんてないと思いますけど」

「長く生きたからって、言葉に説得力が生まれるというものでもないけどな。逆も然りだがいくつになっても幼い人間だっているさ。たとえばこれは俺の友人の話なんだが——」


 と、更なる昔話に花を咲かせようとした瞬間、突然通路の向こう側から「きゃあ!」という絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえた。


「今の……、女の人の声でしたよね?」

「ああ、ミュリエルにも聞こえたか」

「確認に行ってみませんか? もしかしたら人たちのものかもしれませんし」

「いいのか?」

「正直気は進みませんけど、でもレイドさんの顔には『心配だ』って書いてありますよ」


 図星である。

 ミュリエルの手前控えたが、もしかしたら悲鳴を上げたのが元パーティーの誰かかもしれないと思ってしまった。

 他に冒険者がいる様子もないし可能性は高い。


「あの一応言っておきますけど、別にあの人たちのためじゃありませんからね? 大好きなレイドさんが困っている姿を見たくないだけですから、勘違いしないでください」


 これもいわゆるツンデレというやつの一種なのだろうか? とはいえ助かる。


「その代わりと言っちゃなんだが後でミュリエルのお願いも一つ聞くよ」

「それじゃあ思いっきりハグしてください」

「分かった、そのぐらいならお安いご用だよ」


 と二つ返事で頷いた俺に、ミュリエルはこうも続けた。


「本当はもっと大胆なことをお願いしたいのに、恥ずかしくて口に出せない複雑な乙女心も少しは慮ってくださいね! さあレッツゴーです!」

「あ、ああ」


 ……ミュリエルの頭の中では、果たしてなにが想像されているのだろう。

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