第13話 これって死亡フラグ?

「……なんて、いきなりこんなことを言われても困っちゃいますよね」

 

 そんな俺の考えが顔に出ていたか、すぐにこうミュリエルは言い繕った。

 明らかに気落ちした様子の彼女に今度はこちらが慌てて否定する。


「いや、迷惑とかじゃないんだがその、俺なんかのどこがいいんだ? 自分で言うのもなんだが俺はミュリエルみたいに顔が整ってもいなければ、甲斐性があるわけでもない。できることと言えばせいぜい執事の仕事に関することぐらいしかないしな」


 人格だってできた人間じゃない。

 いっちょまえに歳食った割に頼れる大人らしいところを彼女に見せたこともない。

 むしろダサくて格好悪い、中年のおっさんとはかくあるべしを地で行っていたように思える。

 少なくとも、年下の美少女に惚れられるような部分はなかったはずだ。


「……最初はただ善人いいひとだなって思うだけでした。こんな私ともパーティーを組んでくれて、一から面倒を見てくれて、人柄のいい男性だなって」

「それが執事である俺の仕事だからな」

「ううん、普通の人はたとえ仕事でもあんな風に丁寧に教えてくれたりなんてしません。……実はレイドさんと知り合う前に一度別の執事の男性とパーティーを組んだことがあるんです。でもその人にはあっさりと逃げられました。私のなけなしのお金とともに」


 これも初めて聞く事柄だ。

 そんなことがあったと、ミュリエルを紹介してくれたギルドの受付嬢も教えてはくれなかったが彼女に配慮してのことだろう。


「すまない、同業者が君には酷いことを。その男に代わって俺に謝らさせてくれ」

「いえ、それはいいんです。あとでその人を一人で探し当ててボコボコにはしておきましたから。なのでレイドさんが頭を下げる必要はないです」


 なんとも綺麗なオチが付いたな。それにしても大人しそうに思えてもやる時はやるんだな。


「だからギルド職員からレイドさんを紹介された時も、内心また同じことをされるんじゃないかと思ってドキドキしてました。だけどあなたは違いました。どこまでも紳士的で優しい人だってすぐ分かりました。本当に女性冒険者のことを、仲間のことを大事にしてくれてるんだって」

「仲間を大切にするのは当たり前のことだ」


 そう、当たり前なんだ。

 これまで共に日々を過ごしてきた仲間がいなくなってしまうのは、本当に身を切られる想いなのだから。

 もう二度と味わいたくないと感じるほどに。


「でもそれができない人たちもいるんですよね。……とにかくそれがレイドさんのことが気になり始めたきっかけですよ。あとは毎日ちょっとずつレイドさんが私を褒めてくれる度に、『また次も頑張ろう』って気持ちになって、たまに怒られた時も嬉しく感じるようになった時に気がついたんです。こんな些細なことでもそう感じられるのはきっと貴方のことが好きだからなんだって」

「……そうだったのか。いきなりで驚いたけど、君が俺を想ってくれていることはよく分かった」

「はい」

「君が俺とどうなりたいのかも分かった」

「……はい」


 分かった上で、結論を出さなければならない。俺の返答次第で今後のパーティーにも影響が出るだろう。

 場合によっては彼女とも離れなければならないかもしれない。


「まず先に伝えておく、そんな風に想ってくれてありがとう。その上で言うよ。俺はミュリエルのことを――」

「ま、待ってください!」


 待たせていた告白の返事をする前にミュリエルが制してきた。


「自分から聞いておいてなんですがもうちょっとだけ時間をいただけませんか? レイドさんに私の気持ちを包み隠さず伝えることが精一杯でまだ返事を伺う心の準備ができてなくて」

「……君がそれでいいのなら」


 俺自身もう少し考える時間がほしかった。彼女の告白を断るにせよ受け入れるにせよすぐこの場で安直な結論を出したくはない。


 ミュリエルだって思いの丈の白状を決意するのにたっぷりと悩んだはずだ。なら俺も彼女と同じだけ悩まなければならない。


 それがなけなしの勇気を振り絞って告白をしてくれた彼女に対する礼儀だろうから。


「さ、明日も早いからミュリエルは一足先に休むといい。俺ももう少ししたら交代を頼むから」


 別に気まずさをごまかすために勧めたわけではなく、そろそろ体の方を休めておかないと明日の行動に差し障るからだ。

 まあ会話に一区切りをつけるタイミングとしてはいささか強引だっただろうが、気にしていても仕方がない。


「分かりました、それじゃあすみませんがお先に失礼しますね。……あのレイドさん、お休みする前にちょっとこっちを向いてもらえませんか?」

「どうしたミュリ」


 ——ちゅっ。


 振り返った俺の頬になにかが軽く当てられる。

 その正体がミュリエルの柔らかい唇であると気がついたのは、一拍おいてからのことだった。

 頬に触れていたのはわずか数秒のこと、まるで判を押すかのような気軽さだった。


「おやすみなさい、レイドさん」


 こちらがなんらかの言葉を口にするより早く、これでもかというくらいに顔を紅潮させた彼女が脱兎の如く走り去って行った。


「最近の女の子って大胆なんだな」


 ミュリエルが走り去った先を見つめながら呆気にとられる。彼女の唇が触れたところはまるで熱を帯びたようにカッカと熱い。


 ……どう考えてもあれはキスだよな。


 たまたま起きた事故とかそんな古典的な間違いではなく、事前に彼女は俺に呼びかけていた。

 だからやはり本気なのだろう。さすがに冗談であんなことまでできるわけがない。


「あー駄目だな、色々ありすぎて今夜は眠れそうにない」 


 照れを隠すためにそう一人ごち、再び焚き火に枝木を投入した。

 今度はパチッと爆ぜる火の粉を見てもまったく心が落ち着くことはなく。

 実際そのまま朝日が昇っても、睡魔はいっこうにやってこなかった。

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