第12話 女の子は年上好きも多いと聞いたことはあるけどもまさか〇〇されるとは

 パチパチと焚き火の爆ぜる音を聞いていると、不思議と心が落ち着く。

 あれから数時間ほどが経ったが俺たちはいまだダンジョンの中にいた。

 一度例の入り口まで偵察に出てみると予想よりも多くの魔物の群れがいたからだ。


 問答無用で切り抜けようにも、敵の数が数だ、これを強引に切り抜けるのは蛮勇ではなく無謀と言う。

 なので仕方なく今日でダンジョン脱出は諦めることにし、戻った先で一晩を明かすことにした。


 獣道といえど幸いなことにこの辺りまで魔物が近寄ることもなく、ひとまずここで野営の準備を整えたのは日が傾きだした頃。

 周辺は薄ぼんやりとした夕闇に包まれており、時折木々が風に揺られて立てる葉擦れの音以外はひっそりと静まりかえっている。


 夜の森の空気を吸い込むと無味だと思っていたそれにも甘い味があることが分かった。

 なんの役に立つのか分からないが、とりあえず覚えておこう。


 さて。

 その後の顛末だが、俺が口にしたあの宣言以降なぜか態度が百八十度変わったミュリエルの希望で元パーティーメンバーたちと交代で寝ずの番をすることになった。


 ちなみに今は俺たちの番。

 一晩中火を絶やさないように注意を払いつつ、隣で一緒になって役目についてくれている彼女を見る。


「そういえば昼間は驚いた。まさかミュリエルがあんなに激高するとは思ってもみなかったよ」 

「だって元お仲間のレイドさんには悪いですけど本当にあの人たちに腹が立ったので。だからこうガツン! って言ってやりたくて、気がついたらあんな感じになっちゃってました」


 ぷくぅと頬を膨らませる姿は本人には申しわけないがまるでリスみたいだった。


「でも君が俺のために怒ってくれて嬉しかった。思わず男泣きしてしまいそうになったよ」

とーぜんです、レイドさんの主は私なんですから。だから従者が馬鹿にされたら、こちらも黙っちゃいられません! 時と場合にもよりますが相手が泣いて謝るまで許しませんよ、私」


 泣いたのはミュリエルの方だったが、そのことは黙っておく。


「それは……怖いな」

「はい、なのでレイドさんも私を怒らせないようにしてくださいね? 他のパーティーに浮気とか絶対許しませんから」

「ははは、こんなくたびれたおっさんなんかにゃそんな度胸も機会もないさ」

「さあどうでしょう。レイドさんって年の割には精悍な顔立ちだし頼りがいだってあるし、本当はモテると思いますよ」

「買いかぶりすぎだって。第一そんな風に思ってくれる女性もいないよ」

「じゃあ私が立候補しちゃいます」


 そう言ってトンと俺の左肩に頭を預けてくる。ネコのように甘えてくる様はこそばゆく、年甲斐もなく照れてしまう。

 恐らく赤くなっているであろう顔をなんとなく見られたくなくて、ぶっきらぼうにごまかす。


「……おいおい、そんなところに顔を乗せたら俺の加齢臭が移るだろ?」

「平気ですよ。それにこの枯れ葉みたいな臭いをかいでいるとなんだか安心できるんです」


 褒められているのか、これは?


「なんだか俺の加齢臭が香水みたいな扱いだな」

「かもしれませんね。レイドさん臭は私にとって素敵なお香と同じです。だからもっとかいじゃいますね」


 すんすんと臭いをかいでは「んーっ」と悶えるような声をもらすので、無理に剥がそうとはせずに彼女の好きにさせることにした。

 しばらくそうしていると、やおら神妙な面持ちでミュリエルはこう切り出した。


「ねえレイドさん、さっきのことなんですけど」

「ん、さっきのこと?」


 分からない振りをしてオウム返ししているが、が指し示す内容にはもう気がついている。


「その――私のことをどう思ってますか? って質問です。まだ答えてもらっていなかったので」

「どうって、もちろん大切な仲間だよ」


 こんな答えを求めているつもりではないことはもちろん見当がつく。

 しかし俺の口を突いて出たのはそんな逃げともとれる返答だった。

 だがやはり彼女が満足するはずもなく。


「そうじゃなくて。異性として、……一人の女の子として、どう思ってますか?」


 しばしの沈黙が訪れる。

 からかい目的や俺の勘違いでもなければこれはつまりそういうことなんだろうか。

 黙考しながらこの場にそぐう言葉を探していると、やがて意を決したかのようにミュリエルが口を開いた。


「私はレイドさんのことが好きです。ただの仲間としてではなく、一人の男性として貴方のことが大好きです。恋人になりたいと思うほどに」


 どうやら俺は今、親子ほど年の離れた少女から告白をされたらしい。

 冗談、ではなさそうだ。その証拠に、彼女の瞳にはどこまでも真摯な色が秘められていた。


「それとも、やっぱり私みたいな小娘なんかじゃそういう対象には見られませんか」


 愛の告白に気を取られていると、確かめるようにミュリエルは尋ねてきた。

 違う、そんなことはない! と、声高に言ってやりたかった。

 だけど安易には口に出すことはできなかった。


 確かに彼女は綺麗だ。これはお世辞じゃなく、心の底からそう思う。

 華奢な体躯に小ぶりの顔立ちはそれこそ冒険者には似つかわしくない容姿だ。


 こんな子が自分に好意を持ってくれていることは素直に嬉しい。だからといってならばそういう関係になりたいのかと聞かれると、すぐに首を縦に振ることはできない。

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