第08話 現在の女と過去の女の邂逅

 ガサガサガサガサ! と、草の根をかき分ける音が近くから聞こえた。

 それはまっすぐこちらに向かって来ているようで、俺たちの間にピリリとした緊張が走る。


「気を付けてくださいレイドさん……」


 肩を揉む手を止めたミュリエルは、抜き放ったまま近くに置いてあった片手剣を拾い上げ、俺を後ろ手にかばうようにして前に立つ。


 こんな状況でなんだが、こういった不測の自体に対する反応がすこぶる早くなったと感じる。

 以前の彼女なら今頃あたふたと慌てめいていたはずだ。


 もう物音はすぐそこまで迫っていた。

 あの草の陰から姿を現すのは果たして魔物か、はたまた人か。

 前者なら問答無用で戦闘になるだろうし、もし後者だとしてもやはり簡単に安心はできない。

 ひょっとすると冒険者専門の強盗かもしれないからだ。


「安心してください。レイドさんのことは私が命にかけても守り抜きますから」


 年下の少女にそんなことを言われると情けなくなるが、かといって俺では荒事はこなせない。

 せめて相手が同じ人間かつ同姓ならばおいそれと負けやしないのだが。


 ガサリと一際大きく草むらが揺れる。

 緊張が最高潮に達した瞬間、俺たち二人の前に姿を現したのは——。


「あー、やっと抜けられた……」


 見覚えのある顔が三つ。

 騎士、剣士、狩人の女性。

 いずれも半年前と同じ顔ぶれの彼女らは、俺が以前在籍していたパーティーの冒険者であった。


「ってあれ、お、おっさん?」


 俺にとって元主にして元リーダーだった女性は久しぶりの人物との邂逅かいこうに目を点にしていた。

 だがそれはこちらも同じだ。

 まさかこんなところで彼女たちと再会するとはてんで予想だにしていなかった。


「……お知り合いですか?」


 俺と元パーティーメンバーの間に挟まれるようにして構えているミュリエルが、妙に険のある声で聞いてくる。 


「あ、ああ、俺が元いたパーティーのみんなだ」


 それだけで通じたのか、「ああ」とミュリエルは頷いた。

 一応彼女には俺が執事として一から出直すことになった顛末を話してある。

 その時の彼女は「酷い……」と憤っていたが、だからなのかもしれない。

 目の前の冒険者たちにあまりいい印象を抱いていない様子がありありと見て取れた。


「も、もぉー遅いのー。いくらイケメンでも愚図なのは嫌いなのー。また折檻おしおきされたいのー?」


 気まずそうな様子で、狩人が今し方自分たちが通ってきた獣道に向かって声を尖らせた。


「は、はひ、たっ、ただいまっ、はぁ、行くっスから、もうちょい待ってもらえるっスか……」


 返ってきたのは途切れ途切れの返事。

 どうにも息をするのがやっとといった感じで、いかにも体力切れだということが伺える。


 俺の物覚えが確かなら、この声は後任の執事のものだったはずだ。

 彼とは数分ほどしか話してはいないが、初めて交わした会話内容が内容だったので忘れがたい。

 もちろんそれには別の意味も含まれているが。


「つ、つーかみなさんマジ歩くの速すぎッすよ、少しは俺のことも考えてくださいってー……」


 ようやっとこの場にたどり着いたのは、やはり予想が違わず例の彼だった。

 軽薄そうな雰囲気は初対面の頃から変わってはいないが、あの時よりもどこかやつれたようにも見える。


 俺と視線が合うと「げっ」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 どうやらあの時の言いつけ通り、楽しくやってくれているようでなによりだ。


「えっとその、おっさんも新しい子とパーティー組んだんだ。か、可愛い娘だね、やるじゃん」


 剣士が珍しく歯切れの悪い様子でそう話を切り出す。

 いつもはもっと明るく、それでいて軽い調子の話し方をする女性だったから、反応に困る。


「まあな、紹介するよ。彼女はミュリエル。戦士でまだ冒険者歴は短いけど、将来有望の娘だよ」

「……初めまして。その節はレイドさんがお世話になったようですね」


 俺の手前というのもあるのだろうか、ブスッとした態度を臆面も隠すこともなく彼女もしぶしぶ挨拶をする。

 だがそれ以上交誼こうぎを結ぶつもりはないようで、挨拶を終わるとすぐにそっぽを向いてしまう。


「よろしくね、ミュリエルちゃん。私たちの自己紹介は……うん、いらないか」


 途中でそう切り上げるくらいミュリエルはガン無視だった。

 傍から見るとかなり失礼な態度を取られたにも関わらず、元パーティーメンバーたちは誰も意に介した風でもなさそうだ。


「そういえば魔術師の彼女が見えないようだけど今日は留守なのか?」


 過去のリザードマンとの交戦以来、あの子は妙に俺を慕ってくれていて、ことあるごとに甘えてきた。

 幼い頃に父親を亡くしたようでたぶん俺に亡き父親の面影を重ねていたのだろう。


 パーティーを追放されてからというものお互いに顔を合わせることがなかったが、あれから元気にしているだろうか。

 そんな必要も資格もないとはいえ、ずっと気にかけていたんだ。


「……残念だけどあの子は、私たちのパーティーにいない」


 明言こそなかったがその含んだような言い回しに察した。

 こういう場合の言葉の濁し方は大抵は方向性の違いなどによる喧嘩別れというよりは、何らかの事情による強制離別と相場が決まっている。


 そしてその事情とはほとんどが永久的に冒険者としての道が絶たれた場合を指す。

 だからきっと彼女は……。


「トラップにかかって、それで両足を失ってね。もしもあの時おっさんがいてくれたら回避できていたかもしれない、って言えた義理じゃないか。だけど生きてはいるよ、今は故郷に帰っちゃったけども」

「そう、か」


 不幸中の幸い、とも言い切れない。

 本人にとって今後も生きていく方がずっと辛い状況にあるかもしれない。

 もしかしたら、死んでいた方がよかったとさえ考えているかもしれない。


 ただ、生きていてくれてよかったと思う。

 自分勝手なエゴだとは思いつつも、それでも。

 お互いに生きてさえいれば、いつかは再会することができるのだから。


「……ところでそっちもこのダンジョンに用事があるようだが攻略目的か? それとも依頼の解決目的なのか?」


 しめやかになりがちな話を無理やり断ち切る。


「ある意味どっちもかな。このダンジョンの奥にある特殊な薬草を採ってきてほしいっていう依頼を受けてね。鍛錬も兼ねて挑むことにしたの」


 元リーダーの女性は後任の執事を流し目で見ると「一人こうして使えない奴がいることだしね」などとこれみよがしにため息を一つ洩らし、


「その、もしよかったら二人もどう? 今回だけでも私たちと一緒にいかない? お互い、人数が多いほうがいいでしょ」


 と誘ってきた。


 ……ううむどうしたものか。

 まさかの申し出に若干面食らってしまう。


 確かに元リーダーの言うとおりではある。この提案を了承すれば、これから先の探索は楽なものになるが――。


「もう間に合ってるのでお断りします」

 

 しかし間髪をおかずにミュリエルがにべもなくきっぱり断ったことで、この話は終わった。

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