第03話 噂のNTR男登場、そして退場
借りている部屋で一人黙々と荷物を分けていると、これまでの出来事がまるで在りし日のように思い起こされる。
脳裏をよぎったのは初めてみんなとパーティーを組んだ時のことや、そのメンバーでダンジョンに挑んだ時のこと。
十歳以上も年の離れた彼女たちとのやり取りに色々苦労したが、同時に執事としての生き甲斐も感じ、楽しくもあった。
特におっかなびっくりながらもダンジョン攻略に成功した時なんか、街に帰ってもまだ興奮覚めやらぬ彼女たちと盛大にお祝いをしたもんだ。
そういえば、俺が丹精込めて作った苺のケーキを美味しいってみんな喜んで食べてくれたっけ。
ああ、あの時はよかったなぁ……。
「でも、そんな日々はもう訪れないんだな」
口に出すことでようやく彼女たちとの関係性が失われてしまったことの実感が湧いてくる。
金輪際俺が彼女たちと関わることは恐らくないだろう。
いつか来るはずの事だと頭で分かっていたが、いざその時が訪れてみるとなかなかどうして受け入れ難い。
が、無理にでも受け入れざるを得ない。
「これからしばらくは俺も独り身に逆戻りだな。もうこんな歳だ、ちゃんと次の加入先パーティーも見つかればいいが」
そんな風に物思いにふけっていると、背後の扉が乱雑に開かれる音がした。
「ちぃース、邪魔するっスよ」
部屋の出入り口の方に体を向ける。
するとその先には髪を逆立てた、今時の若者風に言えばイケメンの男が立っていた。
彼が例の後任執事だろう。
その証拠にだらしなく着崩してはいるものの、執事の象徴である燕尾服を身にまとっている。
確かに顔立ちはとても整っているが、なんとも軽薄そうな雰囲気の青年であった。彼個人に対しなんら含むところはないが、正直信用に足る人物とは思えない。
「ども。前任者のあんたから執事仕事の引き継ぎに来た者っス」
少しだけ待ったが、向こうから名乗り出る気配はなかったので、あえてこちらからも彼の名前を尋ねることはしない。
「俺はレイドだ。今後は君が俺の代わりにみんなの支援をしてくれるんだな。色々と説明するからまずはそこに掛けてくれ」
「うっス、面倒なんで手短に頼むっスよ」
「……善処するよ」
人を外見で判断するのもどうかとは思うが内面も話し言葉も、容姿に倣ってどこか軽い。
こういうのを確か東のオウド皇国ではチャラいと表するのだったか。
まあどうでもいい。本人も望んでいるようだしさっさと引き継ぎの説明を済ませてしまおう。
「えーと、それじゃあまずは……」
今までのおさらいもかねて彼が担当することになる仕事内容をその都度教え込むも、どこか上の空で他人事といった様子で耳を傾けている。
「こら、しっかり俺の話を聞いているのか?」
「あーはいはい、あれがこうで、これがそうっスよね? ちゃあんとマジメに聞いてるんで、続きお願いしゃっス」
さすがに態度が過ぎるので多少語気を強めて彼を咎めるも、飄々とかわされてしまう。
果たして本当にやる気があるのか甚だ疑問だがこちらまで投げやりに答えてしまっては、今後の彼女たちの活動に差し支えるだろう。
一方的に追放された身である以上そこまで気を遣う必要はないかもしれないが、俺にだって立派な執事としてのプライドと、それから曲がりなりにも彼女たちの冒険に関わってきた責任がある。
だから向こうにやる気があろうとなかろうと、きっちり引き継ぎはしておかなければならない。
「――というのですべての説明は終わりだが、今の内に俺に聞いておきたいことはあるかな」
「あ、じゃあ一つだけいいっスか?」
不真面目な態度だしどうせなにもないだろうと思っていたが、以外なことに――こう言えば語弊があるかもしれないが――質問しておきたいことがあるらしい。
「俺に答えられる範囲ならなにを聞いてくれても構わないよ」
「んじゃ遠慮なく聞くっスけど、――おっさん、今あんたどんな気持ちっスか」
「……どういう意味だ?」
「だーかーらー! 信頼しきってたパーティーの連中から裏切られた今の気持ちを教えてくれって言ってるんスよ。せっかく時間かけて育て上げた
仮にも大事な仲間だったんだ、そんなこと思うはずがない。
とりあえずそれはさておき、彼の質問の意図がまるっきり分からない。
「……君はなにが目的なんだ?」
「いや、俺ってばいわゆるダンサー(ダンジョンサークルの略)の王子って奴なんスよ」
なにやら聞いたことがあるな。
もはや
そしてこの現象を引き起こす者を、ダンサーの王子と呼称するのだったか。
「そんで俺は楽に金がほしいし、そんでもって女にもちやほやされてハーレムも築きたいと思ったわけっスよ。そこで考えついたのがあんたみたいな中年執事が手塩にかけて鍛え上げたパーティーを横からかっさらうって方法なんス」
高名な詐欺師がつい口を割りすぎて詐欺の手口を自供するように、彼もまた自ら考案した手段がいかに優れているのか他人に自慢したくて仕方がなかったのだろう。だから俺がなにを言わずとも勝手に事の詳細を話してくれる。
「俺のこの容姿さえあればダっサいおっさんから女を寝取ることくらい簡単なんでね。おかげで楽に理想のパーティーが手に入ったっス。いやー、だからおっさんには割と感謝してるんスよ。俺のためにわざわざ汗水たらしてあの女たちを大切に育ててくれてありがとう! ……ってね」
なるほど、それでみんながあんな急な心変わりをしたというのか。謎は解けた。
「で、実際のところどうなん? おっさんが我が子のように可愛いがってたのに、その恩も忘れて若いイケメンに鞍替えした元仲間にはなにか思うところあるっしょー?」
「理由がどうであれ、あの子らが俺じゃなくて君を選んだことについてとやかく言うつもりもその資格もない。ただ一つだけ後任である君にお願いしたいことがある」
「……つまんねぇ反応。普通キレるところだろ、ここ。はぁー、いいよおっさん、あんたのお願いってのを言ってみろよ。あまりにも可哀想だからそれぐらい聞いてやるよ」
「そうか、助かる。じゃあ悪いがちょっとこっちに来てくれ」
恨み言の一つも言えない情けない中年おっさんの手招きに、素直に応じる青年。
ひょっとすると、彼も性根は割と純粋なのかもしれない。
「それで? 俺になにをお願いしたいって?」
「ああなにも難しいことじゃない。そのまま前に突っ立ったまま大人しく俺に一発殴られてくれ」
「は?」
後輩に対する
「人のパーティーに手を出すんならちゃんと最後まで面倒を見るんだぞこのクソガキがーッ!」
「ぶっふぅぅぅうっ⁉」
長年に渡る執事仕事で鍛え上げられた俺の上腕二頭筋が火を吹いた。腰だめに引いた右拳を目の前の小憎たらしいイキリ顔に向かって思いっきり振り抜く。
本当なら文字通り鼻っ柱をへし折ってやっても構わなかったが、いくらなんでも無抵抗の相手の鼻を殴りつけるのはためらわれたので、代わりに頬で我慢する。
男の頬骨に鋭角ぎみにめり込んだ俺の右拳からゴリッという鈍い感触が伝わってきた。
運が良ければ口内が切れる程度で済んで、運が悪ければ骨にヒビくらいは入っているだろうが、そんなのは知ったことか。
青年ご自慢のイケメンフェイスが崩れれば少しは溜飲も下がるというもの。
「俺が理性的で助かったな。約束は約束だ、今の一発でこの行き場のない怒りを水に流してやる」
家財道具をドガシャンと巻き込みながら大の字姿で床に伏し、そのまま気絶した青年を見下ろしながら、人知れずこの場を後にした。
――以上が、俺にとってかけがえのない仲間と大事な仕事場を同時に失った時の話である。
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