第02話 今日まで大切に育ててきた仲間は寝取られ、その口からはっきりとおっさんの追放と脳破壊宣言をされる

「——今、なんて言ったんだ?」


 拠点としている宿屋で今後のダンジョン探索について話し合う集まりの中、パーティーの女性陣から出し抜けに聞かされた一言に我が耳を疑う。

 あまりに急な出来事にとうとう耄碌もうろくが始まったのかもしれない。

 だが……。


「は? おっさんって腕っ節だけじゃなく耳まで弱いの?」

「ぷっ、それっていわゆる老化現象ってヤツ? うーわぁ、いよいよマジもんの年寄りじゃん」

「けどそれなら仕方がないのー、もう一回言ってあげるから今度はちゃんと聞くのー」


 などとなにがそんなにおかしいのか、くすくすと笑いながら年下の三人娘は俺を見る。

 その目は昨日までの仲間に向けたものではなく無様に見限られた中年のおっさんに対する、侮蔑の色が透けて見えた。

 それから彼女たちは「せーの」と声を合わせ、呆ける俺にこう告げる。

 

「本日いっぱいで私たちのパーティーから永久に追放します。さようならおっさん、元気でね!」


 やはり、先ほど耳にした内容はなにも間違っていなかったらしい。

 同時に、間違いであってほしかったという俺の淡い希望も打ち砕かれたことになる。

 

「あははははっ、なによおっさんその顔っ!」 

「ちょまっ、アホっぽく口開けててマジウケる」

「捨てられたペットみたいで可哀想なのー」

 

 二の句が継げずに呆然としていると、もうこれ以上堪えきれないとばかりに三人は噴き出した。


「……つまらない嘘じゃ、ないんだな」

「あっ、もしかしてまだ冗談サプライズだと思ってるの? 残念、本当の話でしたーっ!」


 突然の事態に現在進行形で鈍りつつある脳処理が追いつかない。

 なぜだ。なぜいきなり追放されないといけないのか。


 なにか粗相をしたというのならば分かる。

 一回の失敗が致命的な過ちに繋がる執事の仕事に不備があったとするならば、それは立派な追放理由になるからだ。


 だが特にこれといって心当たりはないし、実際先日のダンジョン探索でもミスもしていない。

 なによりからかいも込めておっさんと呼ばれてはいるが、お互いの関係は良好だったはずだ。

 現にこれまで何度か衝突をしたことはあれど、そのせいで険悪なムードになったり、パーティー解散の危機を迎えたことはない。


「……理由を聞かせてもらえないか?」


 とにかく心境の変化はどうであれなんの落ち度もなく一方的にパーティーを追放されるのは納得がいかない。

 せめて、その結論に至った経緯だけでも知っておくべきだ。

 俺に改善できる程度の理由ならばそうするし、もしできなくても努力する。

 我ながら未練がましいとは思うがそれだけこのパーティーには愛着があるのだと思ってほしい。


 なにせもう五年だ。

 まだ未成年で駆け出し冒険者だった頃から件のパーティーの面倒を見てきた。

 このような感情まで抱くべきではないと頭では理解しつつも、彼女たちを実の娘のような気持ちでその成長を見守ってきたのだ。

 そんな俺の父性にも似た愛情が伝わったのか、みんなも俺に懐いてくれていたのは間違いない。

 俺のことに関する新参者ソーサラーの言動をたしなめたりする程度には。


「飯が不味かったか?」

「いや? 美味しかったよ。魚料理とかちゃんと小骨まで取り除いてあって食べやすかった」

「武器の手入れに不備があったか?」

「んーん、むしろ買った時より剣の切れ味がよくなってて驚いたし」

「薬の調合に間違いがあったか?」

「副作用すらなかったのー。店のより効能もいいから裏で売り捌いてお小遣いにしていたのー」


 と聞けば聞くほどますます俺が追放される理由が分からない。

 どう考えても自分の仕事に不手際はないように思える。


「ならどうして」

「おっさんの代わりに若くてイケメンの新米執事を見つけたからです」


 しかし邪気のない笑顔で告げられたのは、残酷な現実だった。


「やっぱり長い間ダンジョンに潜っているとね、年の離れたおっさんより、イケメン執事と一緒にいたいって言うか。治癒魔法は使えないはずなのになんかこう、癒やされるし。……それにほら、夜の方も激しくて体力あるもん。おっさんの夜の事情は知らないけども」

「それに前々から考えていたんだよネ。そろそろアタシらだけでやってけるし、いい加減おっさんに意見を伺うのも面倒になったから今度は一から執事を自分好みにしつけるのもいいかなってさ。あとあの大きいアレを一度体験しちゃったらさ、なんてゆーかもうね戻れない、みたいな? まあおっさんとヤッたことないから知らないけど」

「イケメンは正義なのー。いっぱいボクを気持ちよくもしてくれて大満足なのー。長持ちするし、体感したことないけどおっさん棒にはない魅力がそこにはあるのー」


 要するに大した理由はなく、ただ単に若い男の方を取っただけか。

 そしてプライベートのことまでとやかく口出す訳にはいかないが、三人ともその男に男女の仲の意味合いで手を出された、と。

 頭をガツンと殴られたような衝撃と、それから吐き気にも似た不快感が胃の中を支配する。

 確かに寄る年波のせいでみんなに迷惑をかけた部分もあったかもしれない。

 

 料理の提供の際、肉が食べたいという彼女たちの要望に対し、健康のためだとかもっともらしい弁舌を振るって魚と野菜料理ばかりを出していた時期もあった。

 本当はこの頃の俺が脂っこい物を食べると胃がもたれるからという情けない理由だったりするのだが、これはひとまず置いておくとして。

 とにかく執事として俺はこれまでみんなに貢献して——いや、止めよう。

 

 そもそも何らかの見返りを求めてこれまで奉仕をしてきたわけじゃない。

 仲間が目の前で惨たらしく死ぬところを見たくはなかったから、持てる知識と技術を総動員して彼女たちの冒険を支えてきたのだ。

 だから俺が必要なくなったというのなら寂しくもあるが、喜ぶべきことなのかもしれない。

 

 それにいくら取り縋ったところでもはやみんなが心変わりすることはないだろう。

 ならばここは年長者として立つ鳥跡を濁さず、彼女たちの新たな門出を祝福するべきだ。

 それが陰ながらパーティーの成長を支えてきた俺ができる、最後の支援サポートに違いない。


「というわけで小うるさいおっさんはもう用済みです。なので荷物をまとめてすみやかに私たちのパーティーから出て行くように」


 ただ、それでも。

 最後の別れくらい後腐れなくしたかったというのが本音ではあった。

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