また会う日まで

夏伐

侵略者

 私があれに出会ったのは、大昔のことだ。遥か昔、この街が出来る前――人間たちがまだこの地に現れるよりもはるか昔に、私とあれは出会った。


 冒険者制度というシステムは良くできている。酒場も兼用することで、仕事を探している冒険者たちから金も回収できるし、何よりこのギルドのご飯は美味しい!

 それに加えてギルドの名前『赤竜の息吹』! 縁起が良い! もう五十年も前からの私のお気に入りの場所だ。


 ウェイトレスである看板娘のセリーヌと目があった。近くの客が頼んだ酒を乱暴にテーブルに置きながら、私にさっと注文を聞く。

 セリーヌの栗色のふわふわの毛が揺れて金色の瞳が私を見つめる。


「ノエラは何食べるー?」

「『今日のおすすめ』!」


 私はセリーヌに返事をしつつ、ギルドの壁に乱雑に貼られていた依頼の張り紙を眺めた。小さい文字が見づらいので、≪遠視≫の魔法を使う。私が狙うのは、地形調査の依頼だ。それが私の目的とぴったりで一番楽だ。


 私が探しているような依頼はない――というより私が全てこなしてしまった。


 百年も昔から人間の街で暮らしていると、自然と色々なツテが出来る。この街がほんの小さな集落だった時から見ていた。セリーヌが生まれた時からも知っている、そんな幼子が元気に働いている姿は微笑ましい。


「いつものね!」

「よろしくね、セリーヌ」


 軽い足音を響かせてセリーヌは掲示板へ向かった。

 探している存在にまた出会うために、私はこの街でひっそりと冒険者を続けている。いつ出会えるのかも分からない。私が探しているのはもう何百年も前に出会った朱い竜。


 今はもう色あせつつあるが、あの姿をもう一度見てみたい。そんな気持ちでもうずっと人間の街で暮らしている。


「今日はダンジョンで花を収集する依頼がオススメだよ!」

「セリーヌはおもしろいものを見つけてくるわね」


 セリーヌのおすすめは、比較的求められるレベルが高く、そしてフィールドワークが好きな私向けの者が多い。

 周囲を探索し、もう一度、この地に竜が訪れた時を待ちたいが、先立つものは必要だ。


「ノエラ、今日のおすすめはこれ! エルフのお客さんにも人気なんだよ!」


 テーブルにいくつかの料理が並べられる。どれも美味しそうだ。

 やはりこのギルドのご飯は美味しい。

 ギルドを出てから、野営の準備をしてすぐに出発する。魔法を習得しているとこういう時に便利だ。荷物は少なく、事前準備もさくっと終わる。


 ダンジョンは危険度ランクも低く、既に踏破された場所であるため、めぼしい宝もない。

 ≪浮遊≫の魔法を使用し、ピクニック気分でダンジョンへと向かう。ダンジョンの危険度とは、『スタンピード』が起こる危険性の問題で、生息するモンスターの強さとはまた別だ。

 また別のランクがあり、総合的な危険度と冒険者の技量を見極めるのが受付の役目だ。


 ダンジョンの危険度は低く、依頼の難易度も低い。その分、報酬は安いのだが、この依頼が貼り出された直後、付近で不審な魔物の存在が確認されるようになった。


 ダンジョンの最奥に、依頼主が求めていた花を見つけた。

 ただただ広い花の海の奥に私は探し物を見つけた。ダンジョン内にはどうしてか星空が広がっている、その下に巨大な影があった。


『これは、久しぶりに珍しいものを見た』


 遠くから聞こえるその声は、≪念話≫を使っているのだろう。美しい朱色のウロコに覆われた姿は、私が昔見た時よりもずっと美しく輝いていた。


『ハイエルフたちはみんなこの地を去ったと聞いたのだが』

「私は、あなたを探して残ったんです」


 私の返答に、赤竜はおかしそうに笑った。


『それで侵略者たちと共に暮らしているのか……変わり者もいたものだ。それで、言伝でもあったのか?』

「ただもう一度だけ会いたくて……」


 言伝だとかそういったものは何もない。ただ、幼い頃に見たその姿をもう一度この地を去る前に目にしたかった。それだけだ。


「『竜』ももうこの地からは去ったと聞いていたので、お目にかかれて光栄です」


 純粋な竜種はエルフと同じようにそれぞれ別の世界へ旅立ったと聞いた。

 この地にはもう混じりものしかいない。今はハーフエルフだとか竜人だとか、ドワーフだとかそういう亜人族がこの地を支配している。

 豊穣の女神が生み出した『人間』が生まれ、彼らはたまに生まれる優秀な個体の他は本当に弱いとしか言えなかった。

 ただ彼らは、どんな種であろうと混じることができた。別種族同士で番うことはあれど、子は生まれなかった。それが、神の仕掛けた侵略だと気づいた時には、もう彼らが生まれて文明も出来ていた後だった。


 自分たちの種族が混じり、上位種族として尊敬や畏怖の念を抱く子供たちを始末できなかった。侵略者だと人間を排除しようとするもの、愛すべき隣人だと守ろうとするもの、仲間同士で争うことになった。


『私はこの地に思い入れが深くなってしまった。最後の子がいなくなるまでは見守ることにしているんだ』

「あなたは人間と……」


 祖先が竜だと伝えられる王は少なくはない。そして、そのいくつかがいまも真実であることを私は知っている。

 純粋な種族は変わり者や、彼らと共に残ることを選んだものだけが残っている。そしてあの女神はこの世界で唯一の神になった。


『それで、お嬢さんはこれからどうするのかね』


 竜にそう問われ、私は少し迷った。みんなの元へ行くことはできる。受け入れてもくれるだろう。

 懐かしさがこみ上げた時、ふとセリーヌの顔が浮かんだ。


「もう少し、この地に残ろうと思います」

『お嬢さんは変わりものだな』


 私たちは昔を知る者同士、話に花を咲かせた。

 ダンジョンを出る頃には数日が経過していたらしい。ギルドでセリーヌにとても心配されていた。

 私はもう少し、このギルドでいつもの日常を過ごしていこうと思う。


 竜とは最後に「また会おう」と気長な約束をした。

 人間の恐ろしいところはこれだ。この短命でか弱い生き物は個体にもよるが、愛おしいと思わせてくる。

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