紫陽花は美しく

うり北 うりこ

第1話


 黒い服を着た人の列に並ぶ。

 

 彼の死を悲しむかのように雨粒が落ちてくる。大多数は手に黒やグレー、透明な傘を持っていた。


 彼を思い出す。とても優しい人だった。人の心に寄り添って、涙を流すような人だった。

 そんな彼がこの世を去ったのは、人の悲しみを吸いすぎてしまったせいだろう。



「まるで紫陽花みたいだね」


 小学生の頃、学校の窓から見下ろして彼は言った。私にはただの傘にしか見えなかったが、彼はとてもとても嬉しそうだった。

 けれど、大人になった彼はたくさんの傘を駅ビルから見下ろしてこう言った。


「黒にグレー、透明な傘。あんなに綺麗だった紫陽花も今では色のない世界になってしまった」


 今にして思えば、彼のSOSだったのだろう。なのに、気付かなかった。いや、心のどこかで気が付いていたのに、面倒だと気付かないふりをした。

 そして、私がしたのは仕事に慣れてきたことで出てきた不満を彼に吐き出すことだった。


 きっと私たちの関係は対等ではなかった。私は、私たちは彼を利用し、彼の心を酷使し続けた。その結果、彼にこの世を捨てさせたのだ。


 それなのに、心にぽっかりと穴が空いたように感じる。何て自分勝手で汚ない。けれど、それは私だけではない。ここにいる彼の友人たちもだ。

 私は知っている。彼を、彼の心をいいように使い続けてきたのは私だけではないと。


「償わないと……」


 この日から償いのために生きた。夏は新幹線に乗って休みの度に近畿地方へと行き、果実酒を作った。

 秋になり冬が来る前に果実酒が完成すると、今度は彼の両親に頼んで葬儀に出席した彼の友人たちを教えてもらった。「もう一度きれいな紫陽花を見てもらいたい」と生前の彼との会話をすれば、泣きながら教えてくれた。

 彼を殺した私に礼など必要ないのに。



 そして、この日がきた。


 彼の一周忌。私は葬儀に参列した彼の友人たちと墓参りにきた。梅雨なのに快晴だったが、皆は私の望みを叶えてくれた。

 一斉に色とりどりの傘を開く。小学生の頃に紫陽花のようだと笑った彼の好きな景色だ。


 見てくれているだろうか。笑ってくれているだろうか。


 さぁ、最後の仕上げだ。私は特製の果実酒を配る。そのために車で来ないで欲しいと伝えていた。彼が生前に好きだったお酒を彼と飲みたい、と。


 乾杯をし、皆で杯を仰げば一人、また一人と地に伏した。


 あぁ、これで贖罪は完了した。私は地に伏していく皆を見つめ、自身もまたドクウツギで作った果実酒を煽った。



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