第222話 召還の儀
マミちゃんが小さく悲鳴を上げた。
「や、やめてください!」
マミちゃんは青ざめた顔をしてオロオロしている。井伊さんは胸ぐらを掴まれても平然としてる。松井は何だか楽しんでいるような様子だ。
俺は自分の掌を見た。掌を石で切ってしまったようだ。血は出ているが損なに深い傷ではないと思う。
「‥‥これなら、傷口を洗って抑えておけば直ぐに血は止まると思うよ。」
マミちゃんが俺の方を振り向いて、「でも‥‥。」と小さい声で言った。
武井さんは俺の掌を見て「うん。そうだね。」と頷いた。
「早く傷口を洗って布でも捲いておいた方が良いよ。洗っておいでよ。」
武井さんに促されて俺は井戸の方に向かった。何とかその場はそれで治まった。
俺の怪我を治療したせいで、「聖女」の力を使ってしまって、儀式が成功しなかったなどと言われる事は避けたい。
井戸水で手を洗い、布で押さえた。布に血が少し付いたが、暫くしたら出血は止まったようだった。
「どう?」
武井さんが井戸端まで様子を見にきてくれた。
手に布を巻きつけるまでは自分で出来るけど、縛るというのが旨く行かなかったので武井さんの手を借りて、手の甲の所でギュッと縛ってもらった。
「まあ、大丈夫かな。だが、あの本木って奴、何考えてるんだろうな。気をつけた方が良いよ。」
武井さんの言葉に俺は、先程の事を思い出した。
「本木は、俺と松井と距離が近いと気に食わないみたいです。松井は松井で考えなしに絡んでくるし‥‥。」
「エルちゃんだっけ?自分が絡んだら揉めそうだと判っていてやってるよね。」
「‥‥そうかもしれません。」
「もしかして、他人を揉めさせてストレス発散してるのかな。わからないけどさ。」
「‥‥気をつけます。」
「うんうん。気をつけてねー。日本の法律が通用しない世界だからね。」
武井さんは、そう言って俺の背中をポンポンと叩いた。
日本の法律が通用しない、確かにそうだ。
だからといって、この国の法律も良く知らないのだが。少なくとも、王女に逆らえば全て罪になる、という理不尽な世界なのは判っている。
本木と松井には近付かない方が良い。早く召還儀式が終わって、どこかに行って欲しい。
「逃げ出したい」と考えると呪具のせいで身体から力が抜けるから、なるべく「彼奴らが去れば良い」と考えるようにした。
苛立ちや不安のような気持ちもあって、朝食に貰って来たパンに手をつける気にもならなくなった。
かろうじて体力を維持する分くらいしか与えられていないのだから、食べられる時に食べておかないと身体が保たないとは思うのだが
食欲がすっかりなくなっていた。
召還儀式の時間が近付き、神殿の魔法陣の周りに整列しようとしていたとき、松井がまた近付いて来た。小声で俺に話しかけてくる。
「ねえねえ。傷大丈夫だったぁ?」
何で話しかけてくるんだよ。松井の肩越しに、本木が凄い目で睨んでいるのが見える。こんな所でまた揉めさせる気なのか?
「そこ、早く配置につきなさい。」
儀式を取り仕切っている魔導士の中でも上の立場の人が松井に注意すると、松井は頷いて移動していった。何が愉快なのか口角が上がっていた。
何考えているんだ全く。
儀式が始まった。魔導士が呪文を呟きながら杖を振るう。グワン、グワンと強い波動のようなものを感じ、波が寄せて返すように波動の次の瞬間には力が抜かれていくような感覚があった。
「勇者」達が参加しているからだろうか。今迄で一番きつい。
力が抜かれる感覚を受ける度に、中央の魔法陣が光りを帯びていく。
「我らに希望の光をもたらせ賜え!」
魔法陣が眩しい程輝いたとき、魔導士が最後にそう言って杖を高く掲げた。次の瞬間、魔法陣から光りの柱が空に向かって伸びた。
グン!と引っぱられるような感触。一瞬気を失いそうになった。目の前がちかちかし、足下がぐらついた。ここで倒れたりしてはいけないから、必死で倒れないようになんとかバランスォ保ち踏みとどまった。
スーッっと光の柱が消えて行く。
何事もなかったように魔法陣から光が消えて、辺りは静寂に包まれた。
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