第108話 出国後の宿

「やった、やった、やったよー!」


歩きながら小さい声でワイちゃんが言った。凄い囁き声で騒いでいる感じ。


「ワイちゃん、まだ国境門近いから。ほら、馬車乗ろう。」


ワイちゃんに注意するけど、皆、口元が少しにやけてる気がする。

荷馬車に乗り込んで、ゴトゴトと進み始めた。


馬車が進みだしてから、少し前にライアンさんの家の馬車が道の端に停まっているのが見えた。

近付いていって、後ろに荷馬車を止めるとライアンさんが荷馬車に向かって歩いて来た。

馬車の前で立ち止まって、皆に聞こえるように良く通る声で言った。


「まずは出国おめでとう!ここは往来の邪魔になるから手短かに言うよ。一番近い村までここから30分くらいだ。

もう日が暮れるから、今日はその村で一泊する。馬車に着いて来て欲しい。」


国境を越えた人達が宿泊したり、国境警備の人の拠点になる為の村らしい。この時間に国境を越えた人達は大抵泊まるので宿が取れなかったら、村の広場で野宿だそうだ。


なんとなく、国境を越えたらすぐに宿で休めるようなイメージがあった。

よく考えたら国境自体が山道の途中みたいな所にあるのに、国境の先が栄えた街なはずはなかったんだ。


ちょっと認識甘かったなー、と反省していたら村が見えて来た。

別の国に入ったからなのか、それとも国境近くの拠点となる村だからなのか、今までとちょっと雰囲気が違う。

日が暮れているのに屋台が出ていたり、宿の客引きがいたりする。村自体はそんなに大きくないし、建物も木造が多くて目立った建造物もない。

でも観光地っぽい賑やかさがある。


宿はなんとか確保する事が出来たようだ。少し部屋数が多そうな大きめの宿。各部屋は離れているのでお互いの部屋番号をメモしておいた。部屋番号の数字の文字はがちゃんと読めるのに内心ほっとした。隣国と文字が共通で良かった。

夕食の時間には時間を知らせる鐘がなるという。


夕食時に集合することにして、割り振られた部屋に入った。

部屋はいつもと同じメンバー。尾市さんと椎名さんと俺。尾市さんは最後に入室をして後ろでにドアを閉めたあと両手を振り上げた。


「はーーーー!苦節○年。ついに出国できた!」

「何年もいないじゃん。‥‥半年くらい?」


椎名さんが、上着を脱いでベッドの縁にかけながら笑う。


「半年‥‥充分長いだろ、半年って。」

「そうだよなぁ‥‥。」


毎日一応カレンダーに印をつけている。もう日本では4月半ばだ。


尾市さんは椎名さんに近付き、両手を上げた。椎名さんはそれに応えてハイタッチした。

それから二人が俺の方を向く。俺も二人にハイタッチした。


「とりあえず一段落。まあ、まだ明日すぐ移動だけど。」

「だな。」


ずっと荷馬車に乗っていて身体の節々が痛むような感じはするけど、テンションが上がっているからか落ち着かず、手や顔を洗ったり、下着類等の小物の洗濯をしたりした。

部屋は離れているけど夕食は皆でまとまって食べたいと思い、宿の人に聞いてみるとテーブルの席は早い者勝ちらしい。

鐘が鳴ったらすぐ行けば、確保は可能だろうといわれた。

大抵貴族の従者や、大商人の使用人などが、席の確保に来るのだそうだ。


宿には柱時計があった。この世界の時間も24時間。時計の文字は違うけど、時刻の数え方は一緒だ。夕食の時間と鐘が鳴る時間を教えてもらい、宿の受付から離れてすぐにスマホを出して時刻をチェックした。


鐘が鳴った時間には食堂に入れるというので、鐘がなる前に呼びにいって、鐘と同時にみんなで食堂に入れるようにしたい。


「え、そこまでする?」

「混んでそうだろ。ここ。」


単なる経由地点の村での食事ではあるけど、出国した記念すべき日なんだし集まれた方が良い気がしたんだ。

食堂には元々別の部屋だったのか、奥まった別室のような空間があった。その場所はやはり人気らしい。4テーブル入るようになっているからその場所が確保出来るのが一番落ち着きそうだ。


席の確保とか大げさなといっていた尾市さんと椎名さんも、食堂の広さと半個室を見て、半個室が確保できたほうがいいだろうなと思ったようだ。

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