第107話 ついに出国

「‥‥俺は出国する時、国境に立ってた兵士のことは見たけどさ、俺達の同級生らしき人は見なかったよ。」

入国待ちの列が進み、少し落ち着いて来た石倉さんに尾市さんが言った。


確かに、「尾市さん達の同級生」らしき人は見かけなかった。

そう言われて、石倉さんは少し困ったように眉を下げて、俯いた。


「うん‥‥。私も一通り見た‥‥。でも‥‥もしかしてって思って‥‥。」

「まあ、ね。沢山人がいたら、俺達の同級生がいる確率は増えるよ。でも‥‥、俺達が捕まる確率も上がるんだからね。」


諭すように石倉さんにそう言った後、尾市さんはジロリと椎名さんを見やった。


「お前も、ここで騒いでも良い事ないって分かるだろ。止めとけよ、あの場合。」

「ああ‥‥、ごめん。」

急な事だったので、椎名さんは戸惑ってしまったという。


もしかしたら目の前に隣国の国境があるから、強引に連れて行けばいいのではとも考えたのだそうだ。


「いや,無理でしょ。今並んで順番待ちしてるんだよ。」

尾市さんが冷めた口調で言った。


国境の門の間の空間に居た場合、どういう扱いなのか良くわからない。国の力が及ぶのは国境の内側ではあると思うけど。

オスタリコラルの国の兵士がここまで追いかけて来たとしたら、少なくとも目の前のヴェスタリコラルの人達が止めに入る理由はないだろう。


なんとか逃げ仰せても、国境付近で騒ぎを起こしたら入国拒否されるかもしれない。

石倉さんのさっきの行為は、もっと入国門に近い場所でやっていたら危なかったのではないだろうか。


「ねえ、ここで騒いで皆入国出来なくなったら責任取れるの?」

俺と同じような事を考えていたのか尾市さんが少し強めの口調で石倉さんに言った。


「そ、そんな、責任って‥‥。」

「責任取る方法思いつかないならさ。入国するまで貝のように口を閉じていようよ。」

「尾市!言い方!」


苛ついた様子で言う尾市さんの腕を椎名さんが掴んで諌める。尾市さんは憮然とした様子だ。


「今の最優先事項は無事にヴェスタリコラルに入国する、だよ。ここまで頑張ってきただろう?」


尾市さんの言葉に、この世界に来た時の事を思い出す。血まみれな圭の亡骸。皆で埋葬した光景。呪具が解呪されて泣きながら喜びの声を上げた緒方さん達。

あの場所から、なんとかここまで逃げて来たんだ。

台無しにされたくはない。


「俺も尾市さんに賛成。まずは入国してから、でしょ。」


俺が言うと、そうだよなー、と江角さんや柄舟さんが俺達を囲んで言った。

後ろに緒方さんと真希さん。

緒方さんが前の馬車が進んだのを指差して「行こう」と促した。


石倉さんは納得がいったのか分からないけど、とりあえず入国まで騒いだりはせずにいてくれた。

とうとう順番が来て入国だ。前の馬車。ライアンさん達はあっさりと手続きを終えて門を通って行った。


俺達は大丈夫だろうか。

ドキドキしながら門の所にいた騎士に身分証を見せる。


「うん‥‥。低ランクだね。入国目的は?」

「出稼ぎです。」


あらかじめ皆で決めてあった入国理由を言う。

魔獣狩りというには狩猟ギルドのランクが低すぎるので、なんとかもっともらしい理由を考えたのだ。


「なるほど,無理するなよ。」


あっさりと騎士から身分証を受け取った。その後、荷馬車の荷物がチェックされる。


あ、天然酵母のタッパー起きっぱなしじゃないのか?


ひやりとしたけど、タッパーを置いている桶の中は特に注目されなかった。

荷馬車の荷台の上にあるのは、ボロ布、食器、鍋類、保存食、着替え、敷き布。ぱっと見てたいした物がないのは明白だったからか

あっさりとチェックが終了した。

馬の手綱が江角さんの手に渡った。


この瞬間、入国手続きが完了した。そう思うとちょっとガッツポーズを取りたい衝動にかられる。


いけない、冷静にならないと。

まだ、腰を落ち着ける場所も決まってない。

自分に言い聞かせながら国境門を後にした。

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