第3話 大どんでんがえし
七月七日の夜七時からその結婚パーティは始まった。身内のパーティと聞いていた割に人数は、ざっと百人は来ている。
夜の商売らしき女性も多く、会場は、花と香水の香りも手伝って華やいでいた。
凄いご馳走が並ぶ立食パーティで、景品も積んでいるからビンゴゲームも用意しているらしい。
その景品の中に川辺さんが娘さんにあげた宝石が入っているかもしれないと僕は邪推な考えを持ってしまった。
タキシードを着た男性の司会で、乾杯が始まった。
シャンパーンや名だたるワインも用意され、集まったお客さんは大いに満足した。
そしてアルコールが身体に程よく回った頃だった。
司会の紹介で現れた美代さんは、真っ白なウエディングドレスをまとっていた。
川辺さんが言う以上に美しい女性に見えた。
しかしその時僕は美代さんを初めて見たとは、どうしても思えなかった。
「・・・・どこかでお会いしたような・・?」
僕は、川辺さんの耳元でそう言うと・・・
「山ちゃん、美代のような娘はそう巷にいるもんじゃないよ。チクショウ、本当に奇麗だな。俺の娘を盗もうとするやつはどこのどいつだ?」
「川辺さん、それ言っちゃダメでしょ。今日は、二人を祝福してあげないと・・」
「しかしなぁ、目の前にご馳走があるのに他人に取られる感じがする。あ~腹が立つ」
「まあ、そこは押さえて、押さえて」
「くそー。美代の旦那は、いい加減な奴だったら、俺は、絶対許さねぇぜ」
僕はその時、川辺さんにいい加減な奴と言われる人はどういう人なのだろうと考えたが、答えが見つからないうち、司会は先に進んだ。
「そろそろ旦那のお出ましだよ。川辺さんも拍手して・・」
美代さんは、司会者からマイクを預かり自分の結婚相手を次のように紹介した。
「わたしの旦那様になる方を紹介します。平原歩さんです。オネスティのマスターです。年齢は、わたしの父と同じくらいですが、とっても優しい人です」
指笛にクラッカーと大きな拍手が轟く中、僕と川辺さんは、身を屈め、顔を隠し、会場から一目散に逃げた。
「川辺さん・・・。これはえらい事になったね」
「あ~。よりによってオネスティのマスターが美代の旦那になるとは・・・俺より二つくらい上だった筈だ・・」
「まあ、今更どうにもなりませんが・・・。川辺さん、最後の落ちがこれじゃ、がっかりだね」
「これが落ちだなんて、不愉快千万。俺の財産なんかやるんじゃなかった。早く離婚してくれないかなぁ~」
「何を言っているのです。あのマスターは、美代さんが言うように優しい方じゃないですか。そんなことを言うとバチが当たりますよ」
「ふん。何れ奴の正体を暴いてやる」
「でも向こうは、川辺さんの正体は既に知っていますよね。オネスティで何度もナンパしたのでしょう」
「だから癪なのだ」
「まあ今回運が無かったと考えて・・」
「運か?俺はこのポケットに美代へのプレゼントとしてダイヤの指輪を入れて来たけれど、やめた。これを質にでも入れてこれから豪華に飯でも食おうぜ、山ちゃん」
「はい。はい。付き合いますよ。どこまでも・・」
そんな会話をしながら行き、勝手に足が着いた先の前は、オネスティの店の前。
ここへ来て思い出したのだが、美代さんをこの店で何度か見かけていたのだった。
今更川辺さんには言えないが・・・。
当然オネスティは今日休みだ。
川辺さんは、足でドアを二、三度蹴り、【本日から三日間臨時休業します】と書かれたお知らせの貼り紙を破いた。
「山ちゃん、何か書くもの持っていない?」
「どうして?」
「ここに落書きをめちゃくちゃ書いてやろうと思って・・。
『私と言う女がありながら、マスターは他の女と結婚してしまうなんて』・・とか・・帰ってきたら奴はびっくりするぜ」
「ダメですよ。そんなことしたら美代さんが悲しむだけじゃないですか」
「分かっているよ。俺だって大人だ。そのくらいの分別は有るつもりだ。だが、どうにも今の気持ちが収まりつかないのだ」
「・・・それは、そうでしょうね」
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