第2話   川辺と再会

それから二十年が経った。

駅から下りて道を歩いているとププーとクラクションを鳴らされた。

振り向いてみると高級スポーツカーに乗った男が手を振っていた。

「ひょっとして川辺さん?」

「やはり思った通り、山ちゃんだ。久しぶり。あはは。山ちゃんは、老けたなぁ」

「髪が無くなっちゃったからなぁ。でも川辺さんはどうしてそんなに若いの?」

「それはね、俺はね、今、灼熱のような恋をしているからさ」

「灼熱・・の恋?」

僕たちは、久々に逢ったのは、全くの偶然だったが、それからコーヒーショップに入ると川辺さんは、直ぐに昔のように女の話しを始めた。

「俺は、六十歳を過ぎても衰えず、更に磨きがかかり、ある日、自分の人生の集大成は、この世で最も美しい最高の女を手に入れる事だと悟ったんだよ。そんな折、たまたまその最高の女に出会い、その女に心の底から恋をしてしまったわけさ。生まれて初めての恋は、俺のこれまでの人生を狂わせたみたいだ。その女にプレゼントをするがそっぽを向かれる。それも嬉しかった。どんどんハマり、最終的に全部を捨てて女の為に奉仕することが女を振り向かせる唯一の方法だと俺は思ったのだ」

「しかし、それは、随分危険な賭けですね。もし失敗したら・・」

「たとえ彼女に振られて、財産をなくしても後悔はしないぜ」

「今までどのくらい貢いだの」

「三億ぐらい。後は、この車とマンションしか残っていない」

「そんなに?」

因果応報とか自業自得と言う言葉が頭を過ぎり、その後は、何を聞かれても僕は答えなかった。


その後ひと月を待たずに、川辺さんから連絡が入った。

会いたいのだと言う。

指定した待ち合わせ場所は、例のコーヒーショップだった。

「山ちゃん、わざわざ来てくれて悪いね」

「突然どうしたんです?川辺さん」

「実はね、とんだどんでん返しがあってね。つまりそのなんだな・・・」

「・・・」

「ママは、俺の彼女になるのは絶対できないと言うのだ。その代わり受け取った金品は全部返すし、そうでなければ、これから老人になってゆく俺を一生面倒見ると言うのだ」

「川辺さん。それじゃぁ、話のスジが全く分かりませんよ。ママって言うのは、先月聞いた川辺さんの最高の女の方のこと?」

「ああ~そうだね。彼女は、俺の名前を聞いた時から、俺の事を知っていたらしく、素性を隠して俺と言う人間を観察していたのだと」

「素性ですか?ますます持って分かりませんが・・・」

「どうして俺と一緒になれないのか、その理由を問い詰めた時、彼女は自分の名前を明かしたのだよ。谷本美代と・・・谷本一家の組長の娘である谷本君子の子供だとね」

「その美代さんとは・・・川辺さんの昔に関わっているかたですか?ひょっとして・・・」

「そうだよ。俺が若い時分、地元のヤクザの谷本一家組長の娘の君子にチョッカイを出したせいで大変な目に遭ってここまで逃げてきたが、その時既に君子に俺の子が宿っていた。その後君子は、親もとを離れ、一人で子を産み、貧乏をしながら娘を食わせ、やっとの思いで俺を見つけて、ある日二人で会いに来たらしい。生憎その時、俺は留守でね。その代わり、別の女が俺の家に住んでいたと言う訳さ。その後君子は、重大な病気になったらしい。君子の娘の名は、美代、俺の実の娘だ」

「なんと・・。では、娘さんはそのことを?」

「ああ。君子は今際(いまわ)の際(きわ)に全部俺たちの事を娘の美代に話したそうだ」

「では、美代さんは、川辺さんを憎んでいるのでは有りませんか?」

「俺もそう思ったが、どんどんプレゼントを持ってくるので暫くは、正体を明かさず黙っていようと決めたらしい」

「で、三億も使っちゃったの?」

「いやそれは話の盛り過ぎで、実のところ一億ぐらい」

「それでも凄いな」

「ところが、それには全く手を付けてなく、俺にそっくり返すと言うのだよ」

「どうして?」

「自分は、お父さんと呼べる人をずっと欲しかったんだって」

「それって、泣ける話じゃないですか?」

「俺はその時、びっくり、いや、ジ~ンと胸に熱いものが来たよー。こころが涙でびしょびしょだよ。お父さん、そう呼ばれたんじゃ・・・」

「じゃぁ、川辺さんは、どっちを選んだの?」

「ああ、そのことね。俺は、人に世話になる柄じゃないから、娘からの面倒見てくれる話はご辞退したよ」

「じゃお金は、返して貰えるのだね」

「それもご辞退申し上げた」

「どうして?」

「実は、山ちゃんに頼みたいことがあるんだ」

僕はその時、やっぱりここらでキナ臭い話になるぞと覚悟していたが、それからの頼みと言うのは全く想像外のものだった。

「この秋に、娘の美代が結婚することになったらしい。ま、だから、俺は今まで何もしてやれなかった美代と貧乏を重ねて死んでしまった君子の供養のためにも、すべてを辞退したわけだが、その結婚式に出席してくれるよう頼まれたのだ」

「いやぁ、それはおめでとうございます。急に父親。間もなく娘の結婚。幸せのラッシュじゃないですか」

「結婚式と言うより、身内のパーティみたいなものらしいのだが、スピーチなんか頼まれると何を言えばいいか・・・それに娘の結婚相手に俺の職業何ですか?なんて聞かれたら

ヒモですなんて言われないし・・・」

「それで何か良い知恵はないかと僕を呼んだのですか?」

「それもあるが、美代が言うには、お父さんのご友人の方も一人はお連れ下さいと言われたんだ。山ちゃん頼むよ。俺を助けてくれ」

「なんだ。そんな事か。いいよ。日取りは決まっているの?川辺さんの友人代表として、あるいは川辺さんの代理としてスピーチも喜んでやりますよ。伊達にサラリーマン生活四十年もやっていませんからね」

「ありがとう。持つべきものは、友だ。助かったー」


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