第6話冒険者ギルドの初依頼

 八穂やほとリクの異世界生活がはじまった。

 食料と消耗品が勝手に補充されるので、自宅にいる限りでは不自由はしなかったが、いつまでも引きこもりしているわけにもいかない。

 ここで暮らして行くためには、生活に慣れなければならないし、当面の生活費としてもらったお金はたっぷりあったが、使えば無くなってしまう。


 冒険者登録してから数日後、八穂はトワの冒険者ギルドの掲示板前で、彼女にでききそうな依頼を探していた。リクは大型犬ほどの大きさで、彼女の横にひかえていた。


 最低年に三回は依頼を受けないと降格してしまうという。Fランクの八穂が降格したら資格剥奪だったので、まずEランクへのランクアップを目指すつもりだった。

 ランクアップの条件は、十回以上の依頼達成だというが、非力な八穂にとっては少し敷居が高い。


 買い物代理、商品の配達、お店の売り子……下水の清掃、建設現場の雑用は、腕力のある人募集か、無理だな。お店の売り子なら何とかなるだろうか、何のお店なんだろう、などと思い巡らしていた。


「おはよう、ヤホさん」

 迷っていると背後から声がかかった。


「ミュレさん、おはよう」

「あ、ミュレって呼んで。今日は依頼受けるのね」

 ミュレはおっとりした人好きのする笑顔で、うんうんとうなずいた。


「それじゃ、私のことはヤホで。私にできそうな依頼を探しているところ」

 八穂は答えて、ちょっと困ったように眉を下げた。


「はじめての依頼は迷うわよね、ああ、そうだ、ヤホ」

「なあに、ミュレ」

「薬草摘みの依頼受けない? 良い子たちを紹介するわ」


「薬草摘みか、そうね」

 八穂は、冒険者の第一歩としては、薬草摘みはいいかもしれないなと思った。


 ミュレはうふふと笑って、入り口のスイングドアの方を見た。

「そろそろ来る時間よ、彼ら」

 

「彼らって?」

「ふふ、今にわかる」


 ミュレが言うや否や、バタンと勢いよくスイングドアが開いた。はずみでドアが二、三度バタバタと開閉を繰り返した。


「こら、ダン、乱暴に開けちゃダメって言ってるでしょう」

 ミュレが、入って来た少年を叱った。


 背丈は百三十センチくらいか、スイングドアから頭が出ないくらいの少年が,、悪気のない丸い目をミュレに向けていた。

 

「ミュレさん、おはよう」

「ミュレさんじゃないわよ、いつもは生意気に呼び捨てるくせに」

「へへ、今日もいつもの依頼頼むぜ」

 ダンと呼ばれた少年は、掲示板から依頼の紙をはがしてミュレに差し出した。


「わかったわ、他の子たちは?」

「今来る」


 ダンの言葉を待っていたように、ガヤガヤと賑やかな声がして、三人の子供が入って来た。

「おはようございまーす」

 「おはよう、ヨハン、ジル、ミルワ、今日も元気ね」

 ミュレはひとりひとりの顔を確認しながら、声をかけた。


 ヨハンは男の子、ジルとミルワは女の子だ。どの子も似たような質素な服を着ていて、先ほどのダンだけが、腰のベルトにナイフを下げていた。


「今日は、Eランクパーティ【トワの未来】のみんなにお願いがあるのよ」

 ミュレは、八穂の背を軽く押して前に出し、子どもたちに紹介した。


「この人はヤホ。遠くからトワに来たばかりなの。依頼を受けるのも初めてだから、一緒に行って薬草摘みのこと教えてあげてほしいのよ」

 八穂は事情を理解して、頭を下げた。

「ヤホって言います。よろしくね」


「この子たちは、【トワの未来】の四人。東大通りの先にある孤児院の子供たちなの」

「この年で冒険者なんてすごいね」

 八穂が感心したように言うと、ダンが得意そうに胸を叩いた。

「十歳になったら登録できるからな、俺たちはもう一人前に働けるさ」


 頑張ってねと、ミュレに送り出された八穂と【トワの未来】の四人は、街の入口の石門から出て森へ向かった。森の入口付近の草原くさはらだった。ところどころに低木が生えていて、子供たちの膝丈はどの草が茂っていた。

 

「ここのイルアの森には危険なけものはいないから、私たちでも安心して薬草摘みができるの」

 ジルは斜めがけしているポーチから、小さいナイフを取り出して説明した。


 いつの間にか、他の子の手にもナイフが握られていた。おしゃべりしながらも視線は下生えの草に向いていて、すでに仕事モードに入っているようだ。


「ポーションになる薬草は、アルテモ草と言って、森の入り口付近でもたくさん生えてる。あ、これだよ。木の根元にあることが多い」

 ヨハンが草を分けて指し示したところには、八穂も知っているヨモギに似た草が生えていた。八穂の記憶にあるヨモギは、地面に張りつくように生えていたが、アルテモ草は三十センチほどの丈があって葉も大きい。葉先が波打つようにいくつかに分かれていた。


「根から堀ってしまうと、もう生えなくなってしまうから。こうして茎を二センチくらい残して切る。根が残っていれば、また何度でも生えてくるんだ」

 ダンは説明して、薬草をナイフで切り、八穂に見せた。


「なるほど、わかった」

 八穂がうなずくと、ダンは持っていた小型ナイフを差し出した。

「ヤホはナイフ持ってるか、なかったらこれ貸すよ」

 「ありがとう、ダン。持って来てる」

 

 八穂が腰につけているポーチでは、とてもナイフが入っているとは思えなかったのだろう。八穂が魔法ポーチからエリーネ神に渡されたナイフを出すと、ダンは目を丸くした。


「すごいの持ってるね」

 と、ヨハン。

「そう?」

 八穂がとぼけると、ダンが近づいてきて、興味深そうにポーチをながめた。

「オレ見たことある。高ランク冒険者は持ってる人いるよ。オレもいつかは手に入れる」

 ダンが決意を込めてこぶしをあげると、ジルも大きくうなずいた。

「そうね、あたしも手に入れる」

 

「それじゃ、ミルワも!」

 ミルワは一番年下のせいか、意味がよくわかっていないようだったが、みんなにつられて手を上げた。

 「あはは、わかってるのかよ、ミルワ」

 ヨハンがからかった。

 

「わかってるもん。ミルワもがんばるもん」

 にぎやかにお喋りしながらも、四人は手慣れたように、草をかき分けてアルテモ草を摘んでいった。

 

 『ヤホ、ここにあるのだ』

 草原を飛びまわって遊んでいるリクは、時々念話でアルテモ草がまとまって生えている場所を教えてくれた。

 『ありがとう、リク』

 

 アルテモ草はかなりたくさん生えていて、二時間もすると子供たちの持っているポーチに入りきれないほどになった。

 彼らが身につけているのは、厚い布で作られた巾着袋だった。女の子は体に斜めがけし、男の子はベルトで腰に止めている。縫い目があらかったり、形が少しゆがんでいるのは手縫いなのだろう。大事に使っているようで、ところどころつくろわれたあとも見えた。


 しばらくして、もうじゅうぶんだと思ったダンが声をかけると、みんなが集まってきた。

「けっこうたくさん摘めたな」

 ダンが他の子たちのポーチを確認していた。


 いつもより多く摘めたような気がする」

「うん依頼は五十本だから、じゅうぶんありそう」

「午前中だけで五百ギット以上か、まあまあだな」

 ダンはうなずいて、八穂を見た。


「ヤホはどうだった?」

「うん。みんなより少ないけど、依頼は達成できたと思う」

「おー それは良かったな。それじゃ戻るか」

 ダンは言って、持っていたナイフを腰に戻した。


「みんな、ありがとう」

 ヤホは持っていたナイフをしまうと、持って来ていたキャンデーを出して一粒ずつ配った。

 この世界でビニールの包装紙は良くないかと思い、あらかじめ紙袋に入れ替えておいたのだ。


 「どうぞ、フルーツキャンデーだよ」

「なんだこれ?」

 ダンは受け取ると、指でキャンデーをつまんだ。

 「果物の味の、キャンデーっていうお菓子。口に入れて噛まないで、なめてると溶けるよ」


「へえ、甘い! 甘いぞ、みんな食べてみろよ」

 ダンが叫んだ。

 

 「ほんとだ、あまい。あまくて酸っぱい」

「なにこれ、初めて食べる」

「あまいー すっぱーい!」

 八穂は大騒ぎしている子供たちと、笑いながら冒険者ギルドに戻った。


「どうだった?」

 受付カウンターごしに、声をかけようとしていると、気がついたミュレが話しかけてきた。

「おかげで無事に。依頼分は採取できたよ」


 八穂がアルテモ草の束を差し出すと、ミュレは受け取って確認した。

「確かに。初依頼達成おめでとう」

「ありがとう」


「これを持って行って、向こうの会計で報酬を受け取ってね」

 ミュレは嬉しそうに、八穂の肩を手でポンポンしてほほえんだ。

 「自分で稼いだお金って嬉しい。ありがとう」


 無事に初めての依頼が達成できて、八穂はホッとしていた。この世界へ来て初めて稼いだお金だ。金額はわずかだったが、この世界に一歩踏み出したようで嬉しかったのだ。

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