事件解決
十数分後。
ユンファに連絡を入れたふたりは、応援の到着を待っていた。
風が弱いときは、夜の海はひたすらに静かだった。たまに船員たちの声が操縦室から洩れてきたが、それくらいだ。
切定に斬られた船員ふたりは、けして浅い傷ではなかったが、すでに止血には成功しており、あとは間もなく到着する医療班が治してくれるはずだった。
「――悪かった。俺のミスだ」
甲板の手すりに肘を預けて、シンはそう言った。
「もっと気を払うべきだった。まさか自害するとは」
「気にしたってしょうがないわ。あのレベルの人間が本気で自殺しようとしたら、それはだれにも止められるものではないもの。それに、わたしのミスでもある」
発言の内容とは裏腹に、シルヴィの声色は緊迫していた。
浮足立つ思いは、シンのほうにもあった。
シルヴィは振り向くと、船にあった防水ビニールをかぶせた、敷善切定の亡骸を一瞥した。
「本当に、彼が幽霊左近だったのかしら」
「……わからない」
「あなたからみて、どうだった? チューミー。言動とか、受けた印象からして。はじめに質問はしたのでしょう?」
「したが、返事は曖昧だった。剣技は……かなり優れてはいた。やつが幽霊左近のような刀痕を残そうと思えば、じゅうぶん可能だっただろう」
シルヴィが首を振った。
「客観的な部分はいいわ。あなたの主観を教えて」
「俺は、お前ほど勘がよくないぞ」
「それでもいいわ。知りたいの」
シンはたっぷり、数秒も黙った。今いちど自分の胸に聞いてみたが、それはわざわざたしかめずとも、かわらない印象だった。
「――こいつではない気がする」
根拠はなかった。だが、シンの直観はそう告げていた。
「そう」
「信じるのか?」
「ええ、信じるわ。でも信じようと信じまいと、いずれ真相は明かされるかもしれないわね。敷善切定は亡くなったけれど、彼の調査が終わったわけではないもの」
シルヴィの言うとおりだった。
敷善切定は単身で活動する浪人だったが、所定の住居はあったはずだ。名も素顔も割れている以上、もともと時間をかければかならず突き止められるはずの情報だった。
だが、もしそれでも敷善切定が幽霊左近だったという確証がなかったら――
その次は、どうしたらいい?
またお玉に頼んで遊女に扮してもらってもいいが、自分たちに時間は残されておらず、霧の夜はせいぜいあと一夜だけだ。
闇の深まる海の向こうから、数隻の船の明かりが近づいてくるのを、ふたりは黙ってみつめていた。
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