私は何も出来ない。
ジャンパーてっつん
私は何も出来ない。
お前なんか大嫌いだ、おらあ!
五十嵐は丸テーブルの斜め向かいに座る男に勢いよくマグカップを投げつけた。
痛てぇ。何すんだてめえ殺すぞ。
男の反応は予想通り、品のない言葉の言い回しと反抗的な目を五十嵐に向け間髪入れずタバコで黄色く変色した分厚い手のひらをテーブルにたたきつけ立ち上がった。
その瞬間、五十嵐はその場でこの男を殴り倒したい強烈な衝動にかられた。
五十嵐には、小学生の頃に一度いじめっこの子分だったデブの佐藤ともみくちゃの喧嘩になった時以来誰かと殴り合ったことなどない。
大人同士の喧嘩は後にも尾を引くことになり、物理的にもとても危険である。
ところが、先ほどから斜め向かいに座る男の言動にはどうにもこうにも腹がたってしょうがなかった。
にやついた口から見える黄ばんだ並びの悪い前歯、男が喋るたびにいびつな形をしたくちびるはビラビラと動いた。
若作りのヘアーセットで、髭を中途半端に伸ばし、タバコで黄色く変色したぶあつい手には複数のリングをつけている。
そのうえ、黒を基調とした英字の刺繍されたTシャツの上にはネックレスがかけられていた。
五十嵐にはもはや男のすべてが憎たらしくてしょうがなかった。
拳銃らしきものがあれば、今すぐその引き金をこの男めがけて引いてしまいたい。
男は得意げに話を進め、同じテーブルに居合わせた人の良さような女は時たま笑みを見せながら男にうなずいていた。
どう見ても男は反社である。
女は騙されていて、男はだまそうとしている。
こいつは人間の出来損ないであり、人間にとって害であり、この世に紛れ込んだ不純物だ。
欲望をむき出して好き勝手して、高潔たる社会に歯向かうことをクールだと思って生きている。
自分が一人の人間として誇らしき様をしているかの如く舞うその糞虫以下の根性は一体どこからやってきているのだろうか。
五十嵐は直感的にこの男が悪であるということが分かった。
いつだって世間の厳しさを目の前にもがき苦しみながら時に自分自身を見失いそれでもなんとか生き抜いてきた五十嵐にはその男の中途半端な踏み外し加減が癪に障った。
この男がいるから社会がダメになるのである。
この男さえいなければ社会はまだましになっていただろう。
この男が生きていい場所などどこにもない。
なぜ生きているんだ。
よって殺すべきである。
死刑。
五十嵐はコップの柄をぎゅっときつく握りしめ、耐えきれず男に思い切りコップをなげつけた。
男は呻き声を出し一瞬ひるむもすかさず手のひらをテーブルに強く打ち付けこちらをにらんだ。
よし、このままこいつを殴り殺してやる。
つよく握りしめたこぶしでこの男の頬を打ち砕いてやる。
はずだった。
しかし、結局五十嵐には何もできなかった。
コップを握る指の力を緩め、か細いため息をつく。
「僕、そろそろ行かなくてはいけないんです。」
テーブルを囲っていた人たちは大人しくすわっていた青年が珍しく口を開いたものだからの五十嵐の顔を一斉に見た。
五十嵐は再び愛想のいい笑顔をつくった。
「楽しい時間をどうもありがとうございました。」
残された人はとぼけた顔をしている。
五十嵐はその場を消えるようにして立ち去った。
私は何も出来ない。 ジャンパーてっつん @Tomorrow1102
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます