美少女に囁かれてるんだが

「…………」 


隣に座っているアリシアは不満げな表情で俺を見る。俺は目を逸らす。理由はわかっている。先日あんな事を言ったのに、今は違う。何が違うって? それは少し遡って。


「わあ。日向、私は国語の教科書を忘れてしまったみたいなの。見せてくれないかしら」


「わかったよアリシアさん」


たったこれだけ。少しどころかほんの数秒だった。先日呼び捨てで呼ぶようになったのに、学校の中ではこれ。何故かって?


呼び捨てにしたときのクラスメイトの目線が怖いから。しょうがないじゃん! 誰も呼んでない! タメ口まではまだ行けるけど、呼び捨ては無理! そんな意気地なしめ! みたいな顔しないですみません。


授業が終わった。相変わらずアリシアの周りには人が集まる。


「アリシアちゃん。今日の放課後カラオケ行かない? 」


「今日は予定があるの。明日なら空いてるわ」


「なら明日ね! 小山さんもどう?」


「いくいく〜」


まあこんな感じで俺は一言も会話できてない。だけど2週間以上も経つと会話を諦める人も出てくるようで人は前よりは少ない。


「日向と晴もカラオケ行く?」


アリシアがいきなり聞いてくる。その瞬間、女子達が俺を睨んでくる。


くるな。絶対来るな。 お前誰? 何で日向? お前来るなよ? 空気読め。


そんな声が聞こえる気がする。


「え、遠慮しときます」


「金欠気味だしパス」


「え〜ざんねん〜」


「雨宮君これないって〜」


「奢るよ〜」


心にも無い言葉を言わないでくれ傷つくから……イケメンはいいなぁ! 晴! お前の方は本気で残念がってるよ!


正直アリシアが行くなら行きたい。アリシアはいったいどんな歌声なんだろう。俳優って皆声が出るから歌も上手いんだろうな。


俺はそのまま席に座り続ける。アリシアと隣の俺は会話が全て聞こえる。だからこそ、俺は話しかけられないのが悔しく感じる。同時にネガティブになる。


「晴」


「ん?」


「……やっぱいいや。ちょっとした自己嫌悪だから」


「んー」


休み時間はそんな感じに流れる。そして4時間目が終わって昼休み。俺は晴と学食を食べる。


「日向。お前やるな」


「え? 何が?」


「だって、早々にアリシアさんと呼び捨てにする関係になるなんて」


一瞬あれ? と思うが登校時に呼び捨てにしてたな。


「ま、まあね、でも、校内だと皆の視線が怖くて」


「もっと自分に自信を持てば良いのに。トマトよこせ」


「うぅ、はい」


そうこうしているうちに食い終わって晴と別れて図書室へ行く。


「えっと、」


次の本はと、これだ。


映画の撮影に関する本を読み込む。  


【ワイルドエリア】の一次審査にあるビデオアピール。だからこそ、いろんな映画の撮影方法や裏話等が必要になる。どれだけ独創的か、アクションのレベルも。学んで考えなければならない。


ふと肩を叩かれる


横を見るとアリシアが隣に立っていた。


「隣、いい?」  


小声でそう言われたので頷く。


アリシアが隣の席に座る。がらんとした図書室。勉強する人はちらほら見える。念のために目立たない奥のテーブルを選んだ。


「私、実はまだ日本の文化を良くわかって無くて、教えてほしいな」   


「アリシアさんは充分よく分かってると思うけど」


「私もそうだと思ってたけどいざ住んでみると以外にわからない事が多くて……」


アリシアはちょっと情けなく笑う。


「良いよ。アリシアさんは凄いね。折れなんか英語を勉強してもなかなか上達しないよ。将来の夢を考えると喋れるようになりたいのに」


俺は情けない顔をする。俺の場合は笑えない。


「教えましょうか?」

「お願いします」


頭を下げる。これ以上ないチャンスだ。映画業界に精通していて日本語も英語も喋れる先生なんて俺に持っては神みたいなもの。 


二つ返事を超えた即答にアリシアは少し驚いたが少し悪戯な笑みを浮かべる。


「でも条件があるわ」


「?」


どんな条件かと疑問に思うとアリシアは立ち上がり、俺の耳元まで顔を近づけた。


「皆の前でも私の事をアリシアって呼んで」


いきなりの事で驚いて離れて耳を抑えてしまう。


「顔真っ赤」


その様子を見てアリシアはクスクスと笑う。一瞬にしてバクバクとする心音。静かな図書室に響いてるような錯覚を起こすほど大きくなっている。


「座りなよ」


俺は言う通りに座る。落ち着くために胸を抑えて深呼吸。落ち着け……落ち着け。


「それは……きつい」


「呼びたくないの?」


「いや、その、呼びたい………だけど、怖い……」


アリシアはまた不満げな顔になる。


「周りの視線が?」


「うん。さっきだってカラオケに誘われたとき、女子達の視線が怖かったし、もし誘いに乗ったらなんて言われるか……」


「……………ねえ」


アリシアはまた俺に近づく。今度は耳を塞がないようか右手を膝の上にある俺の手に重ねる。そして左手で声が他に聞こえないように自身の口と俺の耳までを繋ぐ道になるようにそえる。


「これなら、周りには聞こえないよ」


……動けない。添えられた手は力が入ってないのにまるで石になったような感覚だった。アリシアの吐息が耳に触れる。体温から発せられる熱が届く僅かな距離。せっかく落ち着きかけた心臓が再度高鳴る。さっきよりも早く、激しく動く。そこに緊張があわさり少し息が荒くなる。


「ここでアリシアって呼んでくれたら良いよ。英語、教えてあげる」


そして口は離される。そこでやっと顔を動かせてアリシアの方を見る。アリシアは机に顔を向けていた。姿勢を正して待っていて、だけど目だけはこっちをちゃんと見ていた。


周りを見る。目立たない端っことはいえ、人は見える。だけど誰一人としてこちらを見ていない。皆下を向いて本と向き合っている。


今しかない。そう思ってしまった。


立ち上がるとあまりの緊張に倒れそうになる。そっと、右手をアリシアの座る椅子の笠木に手をかける。左手を耳に添えて、口を近づける。


「あ………アリシア」


心臓が爆発しそうだ。爆発しないようにそっと離れて椅子に座り直す。あまりの恥ずかしさにアリシアを見れない。 


「I'm waiting for you to escort me.」


「え? なんて?」


いきなり英語で何かを囁かれて訳がわからずアリシアの方をむく。


「さあ、何でしょう? でも、覚えておいてね………もうすぐ昼休みが終わるよ勉強、しそこねちゃったね」


そう言ってアリシアは整理して図書室を出る。


「………」


俺は5時間目を遅刻した



























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