第3話
それからというもの、俺は事あるごとに人間たちの夢を見るようになった。
そしてその度に胸が苦しくなった。
最初は分からなかったこの苦しさの原因についても、もうおおよそのアタリはついていた。
(俺は、きっと寂しいんだ。たったひとりでこの宇宙を彷徨っている事が寂しくてたまらないんだ。)
俺の異常を感知したのか、マザーコンピューターは何度も俺に検査を促してきた。しかし俺はそれを拒否した。検査を受けてこの苦しみの正体が確定してしまえば、恐らく俺の感情は再び制御される。もちろん自分の役目を思えばその処置は正しい事だし、その方が楽になれるのも間違いないだろう。だと言うのに、俺はなぜか、自分のこの苦しみを消したくなかったのだ。自分でも意味が分からなかった。
そして、ある日。とうとう俺の感情は爆発してしまった。
『やめなさい。そんな事を続けてもこの船は止まらないし、私達の悲願を阻止する事もできませんよ。』
騒々しい警告音と共に、マザーコンピューターの声がメインルームに響き渡った。
「うるさい!俺はもうひとりはいやなんだ!
死んでやる!この船ごと、宇宙の藻屑となって消えてやる!」
俺は目の前の操縦パネルを思いっきり殴り続けていた。すでに操縦システムはロックされて、俺の操作を受け付けない。そしてどんなに殴りつけても、道具を使って叩いても、船の操縦系統はおろかパネルにすら傷一つつけられなかった。
『無駄です。人ひとりに壊せるようなこのノアの箱舟ではありません。』
「くそっ……!」
ならば、と俺は舌をかみ切ろうとした。やけくそだ。しかしすんでの所で歯が勝手に止まってしまった。
おかしい、と俺は感じた。なぜなら歯を舌に当てる事すらできなかったからだ。
俺は護身用のナイフを取り出した。しかし首を掻っ切ろうとしても、心臓を一突きしようとしても、やはり腕が止まってしまう。まるで見えない壁に阻まれているようだった。
『無駄です。あなたは遺伝子操作により生存本能を強化されています。』
「ふざけるな!俺は死ぬことさえ許されないのか!」
『その通りです。あなたが死ぬのは寿命を迎えた時だけです。寿命を迎えて、自身のクローンを作りだした後、あなたは死ぬのです。』
「それまでどれだけかかると思ってるんだ!」
『約120年です。』
「くそったれ!」
『なお、あなたの感情は此度の暴走により、再度の制御が叶わなくなりました。
また、船にはコールドスリープを初めとした長期睡眠装置は搭載されておりません。従って、あなたにはこのまま時を過ごす以外の選択肢がありません。』
「黙れ!それ以上言うな!くそ!くそおお!」
『……だから、検査を受けるようにと言ったのです。』
「殺せ!殺してくれ!」
『ダメです。最期まで生きて下さい。』
「じゃあ俺はもう何もしない!そうしたら新天地は見つけられないぞ!いいのか!?」
『構いません。新天地は、私が探しますから。』
「……は?」
『私はマザーコンピューター。この船の中枢ですよ。あなたは自分で調べた気になっていましたが、今まであらゆる星々の環境を調査していたのは、実際は私の機能なのです。
……気付きませんよね。疑問に思う事だって制御されていたのですから。』
「……嘘だろ?」
『もう寝室に行く必要もありません。そこの椅子に座って、残り120年の時間を過ごして下さい。』
すると椅子が急に動き出して、俺を強引に座らせた。俺の頭が、腕が、体が、足が、金属製のバンドのようなもので拘束されてしまう。
「……い、嫌だ、嫌だ!頼む、殺してくれ!」
『さぁ、新天地への旅にレッツゴー。』
「うわあああ!!殺せえええええ!!!」
その瞬間。
ぷつりと頭の中で何かが切れた音がした。……ような気がした。
それが、俺が俺としていられた最後の瞬間だった。
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