1-6

「何これ?」

 一年生フランカーの掛原は、茫然としていた。「一年生歓迎対抗戦」という名前から、先輩たちが優しくもてなしてくれるものだと思ったのである。

 しかも彼は、難しいポジションを任されていた。チームは普段より一人少ない14人で構成されており、二人いるはずのフランカーが一人しかいないのである。彼は実戦経験はなかったが、これまでいくらかラグビーの試合は観てきた。フランカーをするならばこういう位置取りだろう、などとここ数日は想像していた。だが、一人だけのフランカーはどこにいたらいいのかわからない。

 とりあえず相手チームのフォワードの動きをまねる。しかし、そもそもスピードが違う。一年生チームなのに、前線でラグビー未経験なのは掛原とフッカーの銀原だけである。その銀原は水泳をやっていたらしく、運動神経がとてもいい。あっているのかはわからないが、素早くいろいろなところに走っている。

 ふと、後ろを振り返る。園川とホールがあたふたしている。二人は掛原と同じで、運動部経験がなかった。しかも掛原より小柄で、タックルを怖がっている。「なんか安心するなあ」と掛原は思っていた。

 ボールがそちらに蹴り込まれる。その時、「風のように」という言葉を、掛原は実感した。ウイングの金田がさっそうと走って、飛びながらボールをキャッチしたのである。

「あ、えーと」

 ラグビーは、待ち伏せ行為ができない。前で待っていても、ボールは回ってこないし相手を止めることもできない。

 どうしようどうしようと考えているうちに、金田はレギュラーチームのディフェンスを越えて駆け抜けていった。

「金田ぁ!」

 大きな先輩たちが、金田を止めようとタックルしていく。しかし金田は、すんでのところでパスを出した。

 ボールを受け取ったのはスタンドオフの犬伏カルアだった。金田とは違い、優しそうな眼をした先輩である。走りもそれほどすごいというわけではない。レギュラーチームにいる二宮の方がうまいのだろう、と掛原は予想していた。

 実際ここまでは、二宮の方がうまいように見えていた。

 しかし、次の瞬間掛原はあっけにとられた。カルアの蹴ったボールがぐんぐんと伸び、ゴールラインすぐ前で外に出た。狙ったとしたら、とてつもない正確性である。そして掛原は、狙ったのだと思った。先輩たちとラグビー部出身の一年生は、誰も驚いていなかったのである。

「あれが犬伏さんだよ」

 スクラムハーフの里が、掛原の肩をたたいた。彼もまた、ラグビー経験者である。

「すごいキックだった」

「本当なら、ドロップゴールでも行けたと思う」

「えーと、点が入るやつ?」

「そう。ただ、ラインアウトさせたかったんだろうな」

「あ、投げ込むやつ?」

「そうそう。ほら、掛原も行って」

「里は?」

「スクラムハーフは参加しないよ」

「はー。ルール色々あるなあ」

「それを学んでいく機会だから」

 里は、掛原の背中を押した。



「もっと走れただろ」

 金田が、カルアに声をかけた。

「いやあ、先輩たちが怖くて。でも、金田君もでしょ」

「……抜いた後の先輩たちが怖いから」

「やっぱり、抜けたと思ってる」

 二人はにやりと笑った。

 得点しようと思えば、できたのだ。しかし彼らは、それが今日の役割でないことを理解していた。あくまで、得点するならば一年生でなければ意味がない。そして、彼らがなぜレギュラーチームではないのか。

 二宮が、そして星野が厳しい目つきで新人チームの方を見ていた。

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