41 編集者を雇ってみた④

「もしかして、魔族ですか?」


 目の前で倒れる女の子を見てリリアが言った。


「そうみたいだね」


 リリアの問いにメイスイが答える。

 魔族とはコレスティア王国の隣にある魔国に住む人々のことである。人間と似てはいるが角や羽が生えていたり、そもそも獣に近い風貌をしていたりと様々な姿かたちをした者がいる。

 そして、何より人間と違う部分は、高い魔力を持つ者が多く、また、好戦的な者も多いといった点である。それゆえにコレスティア王国とは昔から争っている。

 だけどおかしいな、と思いリリアは女の子を再び見る。

 聖女の結界があるから魔族が王国内に入ってくることは基本的にないのだ。

 聖女の結界内では魔族はその力が制限されてしまう。そのため、争っているとはいえ近年は実質上の休戦状態となっているのである。

 国境に近いクラケスは確かに魔国とも近いが、魔族がここにいることはおかしいのである。


「それでどうする、この子?」


 メイスイが聞いてくる。

 普通の人であれば殺してしまえと言うだろう。争っている相手なのだからその考えも当然である。

しかし、リリアは魔族全体に対して恨みや差別のようなものを感じているわけではないのだ。確かに聖女として魔族の進行を阻む結界を張ってはいたが、それは攻めてくるものから国民を守るためであって、魔族を恨んでいるからでは決してない。

だから、別に殺そうとは思わない。しかし、何か問題を起こされてしまってもいけないし、何より楽しいご飯の時間を邪魔されたのだ。このまま逃がしてしまうのもいけないだろう。


「とりあえずそこの木に縛り付けておきましょうか」


 リリアはそう言うとメイスイに手伝ってもらい、女の子をロープを使って近くに木に縛り付けた。

 さっき透明魔法を使っていたから、起きたらこんな拘束なんて魔法で簡単に抜けてしまうかもしれない。しかし、そんな気配があればメイスイが気づいて対処できるであろう。

相当雷の衝撃が強かったのか、女の子は動かしても起きる気配は全くなかった。


「さて、これで一段落がついたことですし、晩御飯に戻りましょうか」


「そうだね」


 リリアとメイスイはそう言うと、中断されていた夕食へと戻るのであった。





「んんっ…」


 夕食の片づけをしていると、何やら声が聞こえていた。

 リリアが声の方を向くと、縛り付けられたままの女の子が意識を取り戻していた。

 女の子は周りを見回すとこちらに気付き、慌てて逃げようとした。しかし、縛り付けられていて逃げられないことにすぐ気付き、どうにかして抜け出そうともがき始める


「どうやら目覚めたようだね」


 もがく女の子に近づきながらメイスイが言う。


「さて、どうしてくれようかなあ」


 女の子の目の前に来たメイスイが威圧するように顔を近づけた。体からは魔力が漏れ出ている。

 魔法を打ったことである程度すっきりしたと思っていたが、夕食を邪魔されたことは許していなかったらしい。食べ物の恨みは恐ろしいものである。

 威圧された女の子は口をあわあわさせながら何も言えずにいる。


「メイスイさん、そんなに威圧したらだめですよ」


「だって僕のごはんを盗ったんだよ」


「それでもです。怖がってしゃべれていないじゃないですか」


 リリアがけん制するとメイスイはしぶしぶ威圧を解いた。


「す、すまなかった!許してほしい!」


 威圧が解かれた途端、女の子が縛られたまま頭を下げてくる。

 女の子の前まで来たリリアはしゃがんで目線を合わせる。


「まず、あなたの名前を聞いてもいいですか」


「…カルミアだ」


 カルミアと名乗った女の子は頭をあげてそう答えた。


「カルミアさんというんですね。私はリリアと言います。こっちはメイスイさんです。ではカルミアさん。そもそもどうして私たちのごはんをとったのか聞いてもいいですか?」


「それは――」


 突如、ぐぅ、という音が鳴った。

 みるみるうちにカルミアの顔が赤くなっていく。


「…もしかして、お腹が空いていたのですか?」


 尋ねると、俯きながらカルミアが小さくうなづく。

 リリアは少し考えると立ち上がり、拘束を手が自由に動かせるようになる程度に緩める。


「ちょっとリリア」


「きっと大丈夫ですよ」


 心配するメイスイにリリアがそう返す。

 予想通りカルミアは逃げるそぶりを見せずにおとなしくしている。

 続いてリリアは鞄の中に手を入れると、パンを一つ取り出した。それをカルミアに向かって差し出す。


「…いいのか」


「もちろんです。お腹が空いているのはつらいことですから。ですが食べたらちゃんと色々話してもらいますよ」


「わかった。ありがとう」


そう言うとカルミアはパンを受け取り食べ始めたのであった。

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