王都にて②

王宮内の廊下をドカドカと激しい音を立てて歩いていく影があった。

教会の枢機卿が一人、イルビッヒである。

イルビッヒは相当イライラしていた。

最近色々な所からの苦情が多いのだ。

特にイルビッヒをイラつかせている苦情は二つあった。

一つ目は魔物の活動が活発になっているという苦情である。

しかし、そんなはずはないのだ。なぜなら、魔物や魔族から王都を守るための結界生成器はつい数週間前に聖力を補充しており、まだ一ヶ月は経っていないのだ。

通常結界生成器の聖力補充は一ヶ月に一度行われる。つい一ヶ月ほど前に当時聖女だったリリアが補充したが、平民の聖力により国が守られていると思うと反吐が出ると思ったイルビッヒはまだ十分に残っている聖力をすべて放出して、新しい聖女であるシンシアに補充しなおしてもらったのだ。

だから、まだ切れるということはないはずである。

ということは魔物の活動が活発になっている原因が結界生成器のせいであるという考えは間違いなのである。

そして、二つ目の苦情。それは騎士団の治療が間に合っていないというものである。

度々シンシアが治療に行っているのだが、魔物の活動が活発になっているということもあってそれでも間に合わないらしい。

それどころか、前の聖女であるリリアはもっとちゃんと治してくれたぞ、もっとたくさんを治していたぞ、との苦情まで来ている。

自分たちが訓練不足で怪我を負ったのにそれを棚に上げてことらを非難してくるのは甚だ腹立たしい。

そして、なぜこういった苦情がイルビッヒに来ているのかというと、シンシアを聖女に選んだのがイルビッヒであるからだ。

他の枢機卿に手柄をとられてたまるかと自分一人でシンシアに関することをやっていたものだから、苦情が自分にすべて集中するのだ。こんなことになるなら少しは他の人も巻き込んでおいたほうがよかったと後悔している。


「シンシア嬢はおられますか!?」


 王宮のシンシアの部屋を少し強めにノックする。

 リリアは王宮の外の屋敷に住んでいたのだが、シンシアは王宮内に住んでいる。どうやらできるだけ婚約者のケイリーと近くにいたいとの理由からであるらしい。

 ガチャリと扉が開き、中から侍女が顔を出す。


「すみません、シンシア様は現在出かけております」


 聖女のお務めは終えてしまったと聞いていたからここに帰ってきていると思っていたのだが、見当はずれだったようだ。

 イルビッヒはまたイライラしながら侍女に尋ねる。


「では、どこにいる?」


「はい、先程第一王子殿下と連れ添って出ていかれましたから、おそらく中庭かと」


 それを聞きイルビッヒは中庭を目指し足早に歩き始める。

 ただでさえ苦情の処理で忙しいのにこんな無駄足を踏むことになるなど本当にイライラする。

 侍女に教えられたように中庭に行くと、丁寧に整えられた花々の中にイスとテーブルを用意し優雅にお茶をしているシンシアとケイリーがいた。


「シンシア嬢、こんなところにおりましたか」


 イルビッヒが声をかける。


「あら、イルビッヒ様。どうなさいましたの?」


 シンシアがそう言い、紅茶を飲む。

 イルビッヒの眉間にしわが寄った。

 自分がこんなに忙しくしているのに、この娘はこんなところで優雅に何をやっているんだ。


「どうしたもこうしたもありません。聖女のお務めはどうしたのです」


「聖女のお務めはもう終わりましたわ」


「終わったと言われましても、まだ昼過ぎですぞ。それにまだやることは残っております」


 騎士たちの治療に念のための結界生成器の再補充とまだまだ早急にやらなければならないことはたくさん残っている。

 ここで油を売っている暇はこれっぽっちもないのだ。


「そうは言いましても、もう聖力が残っておりませんし…」


 イルビッヒの眉間のしわがさらに深くなる。

 この娘は何を言っているのだ。

 あの元平民のリリアでさえも問題なくやっていたのだ。

 シンシアはそのリリアよりも聖力が多いという結果が出ている。これだけで聖力が空になるはずなどないのだ。

 だから、嘘をついているに違いない。

 そう思ったイルビッヒはシンシアに近づき、その腕をつかむと無理やり立たせようとする。


「そうはいっていられないのです。さあ!お務めに行きますよ!」


「きゃあ!」


 シンシアが悲鳴を上げて拒否をする。


「何をする!」


 ケイリーが椅子から立ち上がり二人の間に割って入る。

 その顔には怒りの表情が浮かんでいた。


「私の婚約者に許可もなく触れていいと思っているのか!」


「ですが、聖女としての務めは果たしてもらわなければならないのです」


「それならもう聖力がないとシンシアも言っているだろう」


「ですが――」


「これ以上何か言うつもりなら王家として教会に抗議を入れさせてもらうことになるぞ」


 それを聞きイルビッヒは引き下がる。

 抗議を入れられるのはまずい。自分の信用が落ちかねないのだ。

 シンシアを見ると頬を赤らめながらケイリーを見ていた。


「きょ、今日のところはこれで失礼させていただきます」


 イルビッヒは振り返り逃げるように元来た道を戻りだした。

 全くもって話にならない。

 シンシアがいくら聖女で第一王子の婚約者といえど、枢機卿である自分がわざわざ足を運んだのだ。ただ追い返すなど到底許されることではない。

 自分が選んだ聖女とはいえ、あんな怠惰で色ボケの聖女ではなくもっと勤勉な奴を探せばよかったと今更ながら思う。

 むしろリリアを残したままシンシアを聖女にしてしまえばよかった。それならば問題は何も起こらなかっただろう。

 しかし、それも後の祭りである。

 とにかく今はどうにかして目下の問題と向き合わなければならない。

 さもなければせっかく作り上げた自分の地盤が崩れ落ちてしまう。

 そう思ったイルビッヒは来た時よりも大きな足音を立てながら教会へと戻るのであった。

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